第六話
今日は少し短めです
15
キャンベルの買収劇は鮮やかであった。
鉄仮面の率いるゴロツキを使って風説を流すとターゲットである業者の経営状況を意図的に貶めることに成功していた。特にターゲットが資金繰りに活用する両替商の行員たちに芳しくない噂を流したことは学園都市の不動産業者を買収するうえで実に効果的であった。
「うまくいっている」
キャンベルは逐一入ってくる情報を精査したが、その結果はキャンベルにとって芳しいものであった。
「さすがだな、鉄仮面……地元のゴロツキを手なずけて、こちら側になびかせるとは」
キャンベルがそう言うと鉄仮面は無愛想に答えた。
「チンピラややくざは金で寝返るのが道理だ。いままで世話になっていた人間でも利に疎くなるようであれば容赦なく裏切る。」
鉄仮面はそう言うと学園都市の不動産業者にすくう地元のチンピラをいかに籠絡したか淡々と話した。
「家賃の取り立てをする回収業者に小銭をつかませて、学園都市の状況をつぶさに調べただけだ。末端と取り立て屋は品性の低い人間が多い。奴らをたきつけることは簡単だ。小遣いを渡せば不動産業者の内情など簡単に暴露する」
鉄仮面の物言いは無味乾燥なものだが、実直に仕事を遂行する役人のような確実さがある。
「さすがだな……おぬしは剣の腕だけでなく、人心を把握するすべを心得ている」
キャンベルがそう言うと鉄仮面は沈黙したままの状態を見せた。
「あまりに調子に乗って買収を繰り返せば敵が増えるぞ……急ぎすぎではないのか?」
尋ねられたキャンベルはフフフと笑った。
「いけるときに、とことんいかねば意味がない。ツキというのそう簡単にまわって来るものではない。」
キャンベルは自信をにじませた。
「今がチャンスだ!!」
キャンベルはそう言うとあくどい笑みを見せた。
*
そのときである、集まってきた資料を分析していた秘書と思しき女性スタッフがキャンベルのもとにやってきた。
「ポルカの港で水死体ががったそうです」
それを耳にしたキャンベルはワイングラスを傾けた、その表情は嬉々としている。
「朗報じゃないか」
キャンベルはそう言うと鉄仮面を見た。
「私のことを嗅ぎまわっていたかわら版の記者がいたんだがな……お前の手下を使って処理させた。」
それに対して鉄仮面は冷え冷えとした声で反応した。
「私の断りなしに部下を使ったのか?」
その物言いにはくぎを刺すような鋭さとは異なる異様な厳しさがある。キャンベルはその雰囲気に気圧された。
「キャンベル、荒事を用いるのは簡単なことではない。綿密な計画と確実性を同時に担保する必要がある。元盗賊団のチンピラが私の指示なしに暗殺ミッションをこなすだけの器量があると思っているのか?」
鉄仮面はキャンベルに詰め寄った。
「人を殺める行為は簡単に行うものではない。それが足がかりとなりこちらの足元をすくわれる可能性も否定できないのだぞ。」
鉄仮面は殺人というリスクを鑑みているようでかわら版の記者を殺害したことを『良し』としていなかった。
「二度と同じ真似はせぬことだ。荒事を行うときは私を通せ。さもなければ未来が閉ざされることになる」
鉄仮面はさらにダメを押した。
「ポルカの業者に圧力をかけてコントロールするのは簡単だが、それが続くとは限らん。潤沢な資金を投入して懐柔し続けなければ、奴らもいずれはお前を裏切る。商売人のしたたかさを甘く見んほうがいい。都合の悪い人間を消すという行為は、奴らの行動に変化をもたらす。」
鉄仮面はかわら版の記者を殺害した事実を糾弾すると不快なオーラを放ってからその場を離れた。
その背中を見たキャンベルは唇をかみしめた、
『あの殺人鬼め、私に説教するとは……』
鉄仮面の物言いに腹立たしいものを感じたキャンベルは持っていたワイングラスを床にたたきつけた。
『誰の金で……飯を食っていると思っている!!』
キャンベルは怒りに任せて机の上にあった資料をまき散らした。
『ふざけるな、あのくそが!!』
冷徹な見解を鉄仮面に述べられたキャンベルは逆上したが……その手元に一枚の資料がはらりと舞い落ちた。
その資料の表紙には『船会社 ケセラセラ』と記されていた。買収した役所の登記係が寄越したものである……
「フォーレ商会がつぶれた後の新会社か……」
資本金も小さく弱小零細企業と思しき内容は現在のキャンベルには歯牙にもかけぬ存在である。
「目くそにもならんな」
キャンベルは一人ごちるとせせら笑った。だが、資料の中にある社員名簿を見たキャンベルは気になる単語を見つけた。
≪顧問:フォーレ パトリック≫
『これは、別邸で……私の計画を邪魔した小僧の名ではないか……顧問とはどういうことだ』
ロイドの名前が消え、屋号からフォーレという名が消えていたためキャンベルはフォーレ商会を完ぺきにつぶしたと思っていた……だが、その社員の中にパトリックの名が存在している……
『確か、このガキは私の別邸で二ノ妃とチークを踊っていた……』
キャンベルの脳裏にそら美しい士官学校の学徒の顔が浮かぶ。
『あのガキだ……あの舞踏会の晩に私の計画を邪魔したヤツだ……』
キャンベルは二ノ妃とそのメイドとともに抵抗した士官候補生をはっきりと思いだした。
『なるほど……この新会社はまだ、フォーレの息がかかっているということだな……』
キャンベルはそう認識すると当時の記憶……お茶会での失態がその脳裏に浮かんだ。
『あのような事態になったのも、舞踏会での『奴の行動』がその発端だ……』
キャンベルはパトリックを逆恨みすると実に不遜な笑みを見せた。
『遊ぶにはちょうどいい案件になりそうだ』
キャンベルはそう思うと口角を上げた。そこには人の持ついやしさと復讐心のあいまった歪みがくっきりと浮かんでいた。
キャンベルは船会社ケセラセラの資料の中から『パトリック』という名を見つけてしまいます。さらにその表情は復讐心に彩られています……
はたしてこの後、キャンベルはいかなる行動に出るのでしょうか?




