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第五話

12

新会社 ケセラセラはかつてフォーレ商会が使っていた倉庫の使用権を手にいれることに成功していた。ロイドが経営の一線を退いてフォーレ商会という名が消えたことと、ウィルソンがポルカの組合員たちの間を立ち回り、キャンベルに『ひれ伏す』という姿勢を見せたからである。


羊皮紙に書かれた倉庫の使用権を記した証書を手にしたウィルソンはベアーたちに声をかけた。


「明日からは忙しくなる、今までの付き合いのある業者に挨拶をして再び取引を開始せにゃならん。」


ウィルソンはそう言うと倉庫に積みあがった在庫の山を見て息を吐いた。


「書類は全部作り直しだ……社名変更した新しいものに差し替えないといけないからな……」


事務的な作業も手間かかるため、忙殺されるのは間違いない。


「まあ、今月の末には以前と同じようになるだろう」


ウィルソンは楽観的にそう述べるとベアーに指示を出した。


「小口の取引がいくつかあるから、商品の引き取りに行ってくれ。」


言われたベアーはうなずくとウィルソンから社名を変えた書類を受け取った。



13

ベアーはポルカ港の近くにある網本の経営する店に向かった。魚介を加工して売っている商店だが釣具や網といったものもあれば、船の部品や帆布といったものも扱っている。フォーレ商会とも付き合いの長いところだ。


 ベアーがロバとともに海辺にある道に沿ってあるくと、30分ほどで目的の建物が見えてきた。漁師小屋を改築した作りだがしっかりとした骨組みで建てられている。ちょっとやそっとの暴風ではびくともしなさそうだ。


「すみません『船会社 ケセラセラ』から来たものですが……」


ベアーが声をかけると奥のほうから人の声が聞こえた。


「裏にまわってくれ!」


 すでに向こうはフォーレ商会が新会社になったことを知っているようでかつて注文していた乾物を契約通りに引き渡そうとしてくれた。


「ウィルソンから話はとおってるよ、商品を回収してくれ」


初老の網本はそう言うとベアーを裏にある倉庫に案内しようとした。


「災難だったな、今回は……キャンベルに目をつけられて……いたぶられるとは」


網本はロイドのことも知っているらしく、ベアーに気の毒そうな口調で話しかけた。


「組合の連中がキャンベルに首根っこを押さえられて意図的にフォーレ商会に対する倉庫の使用権を取り上げたのは驚いた。あそこまでやるとは正直思わなかった。」


初老の網本はキャンベルのやり口に対して厳しい表情を見せた。


「株取引に疎い組合の連中がキャンベルに株を買いたたかれて経営権まで取られてな…その結果、合法的にキャンベルは組合を抑え込んだんだ……こっちのほうも株を上場していたら、やられていただろうな……」


キャンベルのやり方に反吐が出そうな表情を見せた網本だが……急に体制を崩した


「どうかされたんですか?」


 ベアーがそう言うと網本の奥方と思しき女性が現れた。50を過ぎているのだろうが妙に艶っぽく、豊満な体をしている。



「ぎっくり腰よ」



 役立たずといわんばかりの口調で女将がそう言うと、初老の網本は情けない顔を見せた。そこには≪夜の営み≫が成就できない悲哀が込められている……


ベアーはそれを悟ると網本に近寄った。


「回復魔法がつかえるんで」


ベアーは気を利かせて回復魔法初級(打撲、切り傷、ねんざに効果あり)を用いることにした。


                                  *


 久方ぶりに魔法を行使したため、2度ほど失敗したが……最終的には成功して網本のぎっくり腰は若干ながらも緩和した。


「これなら、何とか歩けるぞ……」


まだ痛みはあるのだろうが、ゆっくりながらもしっかりとした足取りで網本は歩み始めた。


「いやあ、助かった!!」


 網本はそう言うと表情をほころばせた。そこには芳しくない体調を気遣ったベアーに対する信頼感が滲んでいる。


「俺たち漁師の世界にも漁業権があってな、実はキャンベルはそれまで取り上げようとしているんだ。」


ベアーはその話を耳にすると勘を働かせた。


「まさか、そのぎっくり腰は…キャンベルがゴロツキを使って……」


ベアーが貿易商らしいひらめきを口にすると網本は破顔した。


「いい勘してるじゃねぇか……あの野郎、俺に闇討ちを仕掛けてきたんだ。今回はうまくかわすことができたが……キャンベルは自分に服従しない存在に容赦のない仕打ちをかましてきやがる」



網本がそう言った時である、二人がいる倉庫のほうに若い漁師が血相を変えて走りこんできた。


                                     *


「大将、やばい奴です!!」


 その物言いは芳しいものではない。初老の網本はそれを認識するとなんとか立ち上がって目で合図した、どうやら『連れて行け』という意味らしい。


ベアーはその場に緊張感が走るのを感じると、何事が起ったのかと思った。



『なんだろう、気になるな……』



そう思ったベアーはまだ歩くのに難儀している網本にたいしてロバの背に乗るように示唆した。


「どうぞ背中に乗ってください、浜までは距離があります」


「悪いな……ちょっと世話になるぜ』


網本がそう言うとロバは特に嫌がることもなく網本を乗せてトコトコと歩き出した。



『おっ……今日は嫌がらない……』



 通常、年配の人間や中年のおっさんを乗せることはないのだが、いつになく素直なロバの行動にベアーは驚いた。



『あいつも、いいところがあるじゃやないか!』



だが、ロバの表情を見たベアーはその考えを改めた。



『あいつ……網本の奥さんに……ウインクしとる……』



 ロバの背中に乗った網本からはロバの表情は認識できない……それを逆算してロバは網本の奥方に対して色目を使っていた。



『あいつ、計算してやってんな……』



 ロバは網本にうまく気づかれないようにしてその奥方に対して横恋慕するという高等テクニックをみせたのである。


ベアーはそれに気付くと何とも言えない気持ちになった。



『……見境がないな……だが……何も言うまい……』



注意して何とかなるわけではないのでベアーはそのまま黙っておくことにした。



14

網本と漁師が向かったのは砂浜であった。青い空と心地より潮風が海面をなぐその一角では人だかりができていた。


 ロバの背から降りた網本がその人の輪の中に押し入ると、その中心に2人の人物がいることに気付かされた。


ベアーは砂浜に倒れてずぶぬれになった男を見ると絶句した。



『……死んでんジャン……』



俗にいうドザエモンだが、皮膚が海水を吸っているためその表情は認識しずらい。


『ひどいな……』


だが、それよりも驚いたのはドザエモンのそばで膝をついて肩を震わせている人物であった。



「……ラ…ラッツじゃないか」



その眼に涙をためて呆然としているのはかわら版の記者の見習いをしている友人であった。


                                   *


「どうしたんだ、ラッツ!」


ベアーが声をかけるとラッツが反応した。



「先輩が……先輩が……」



ラッツは衝撃を受けているようで、その表情は青ざめている。


「おとといの夜から取材で帰ってこなくて……それで編集長から先輩の家に行って、記事を取って来いって言われて……」


 水死体となった先輩の家は海辺にある集合住宅の一角にあるらしく、ラッツはその先輩の書いた原稿を取りに行くためにこのあたりに来たことを述べた。


「家にいなくて……それで……あきらめて帰ろうとしたんだ……そしたら浜辺で人が集まってて……俺さあ、記事になるかもしれないって……その輪の中にはいったんだ……」


ラッツが青ざめた表情で言うとベアーは最悪の結果が展開したことに気付かされた。


「そしたら……先輩の水死体が……」


ラッツが声を震わせるとベアーはラッツの肩に手を置いた。


「……大変だったな……」


衝撃的な展開を目の当たりにして呆然自失となるラッツの姿は胸に迫るものがある。


「先輩はキャンベルことを調べていたんだ……それでネタをつかんで……」


ラッツは実に沈痛な面持ちを見せた、そこには純朴な少年の一面が浮き出ている。


ベアーは大きなため息をついた。


「死んだ人間は生き返らない……厳しい現実だけど……どうにもならない……」


言われたラッツは沈思した、そこには亡くなった先輩に対する尊崇の念が滲んでいる。


「……なんで、こんなことに……」


ラッツがそう漏らすと、通報で駆け付けた治安維持官たちが現れた。


「事情聴取が終わったら、飯でも食おう!」


 ベアーが状況を鑑みてそう言うとラッツはうなずいてから、治安維持官の事情聴取を受けるために詰所に向かった。



『……とんでもないことがおこっているな……』



ベアーは危機的状況が展開していることに言葉を亡くした。




ベアーはウィルソンに言われた通り商品の回収のために網本のところに向かいます。


ですが、彼がその途中で目にしたのは……ラッツとその先輩である水死体となった記者でした……


水死体となったラッツ先輩はキャンベルのことを調べていたらしいのですが……


はたしてこの後どうなるのでしょう。

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