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第四話

10

新会社設立の書類を出し終えたベアーは倉庫に戻ると、ウィルソンや船長たちが新しい屋号を記した看板を倉庫の入り口に打ち付けていた。


「戻ったか、ベアー!」


ウィルソンが声をかけるとベアーは先ほどのラッツとの会話を報告することにした。


「ああ、キャンベルが至る所で手を伸ばしているのはこっちの耳にも入ってる」


ウィルソンはそう言うとベアーに向き直った。


「ポルカはすでに制覇したらしく、今はミズーリに手を伸ばしている。あそこにいる豪商の一人も株取引で買収されてキャンベルの傘下に陥ったそうだ……」


ウィルソンの物言いは明るいものではない。


「先物取引で成功して大きな資本を手にいれたキャンベルは飛ぶ鳥を落とす勢いだ。普通の業者じゃ太刀打ちできない。うちみたいに廃業したあと目くらましをして誤魔化すほかは手段がないだろうな……」


ウィルソンがそう言うとベアーがそれに答えた。


「キャンベルはゴロツキを使って狙った業者の評価を落とすようなやり方をしているそうです。」


ベアーがそう言うとウィルソンが『うん、うん』と頷いた。


「わかってる、ポルカでも倉庫の使用権を巡って組合の奴らに圧力をかけてたからな……その時のやり方はあくどいもんだった。治安維持間の奴らも札束でたたかれて、キャンベルの横暴にだれも手をださねぇ……」


 ウィルソンの話を耳にしたベアーはため息をついた。そこには中小の貿易商では太刀打ちできない現実があること認識せざるを得ない……


「どのくらい先物取引で儲けたんですかね、キャンベルは?」


ベアーが尋ねるとウィルソンが怪訝な表情を浮かべた。


「かなりだよ。正直……今のキャンベルの資本力に勝てる業者はどこにもないだろう。先物取引はレバレッジ(てこの原理)を用いて投下した原資を20倍、30倍にする取引だ。うまくいった時の利益は半端じゃない」


ウィルソンは暗い表情を見せた、そこにはキャンベルを恐れていくほかないという諦観が滲んでいる。


それを認識したベアーは再びため息をついた。



そんなときである、どこからともなく現れたルナが素朴な疑問を呈した。



「キャンベルの原資って、どこから出たんだろうね。ベアーとラッツの話じゃ、キャンベルは領地を没収されてまともな資産なんてないんでしょ。それなら先物取引で最初に突っ込んだ金はどっやって用立てたんだろ?」


ルナが鼻の穴に人差し指を入れてほじりながらそう言うと、その場の人間すべてが沈黙した。


『……たしかに…大きな富を手に入れるには先物取引で大きな原資を投入しなければならない……キャンベルはその資金をどこから手に入れたんだろ……』


素朴な疑問には答えがないことが多いのだが、キャンベルの原資も明らかではない。


だが、現状でそれがわかるわけではなく、ベアーは首をかしげたままうなだれるほかなかった。



11

さて、その頃……


キャンベルは邸宅の応接間で地図を広げていた……その表情はイキイキとしている。


「ミズーリ、ポルカはおさえた。あとは学園都市をおとす。あそこの不動産事業を傘下に入れれば安定した家賃収入が得られる。この金を株式市場でつかえば買収は簡単だ!」


キャンベルはそう言うと鉄仮面に微笑みかけた。


「お前の組織する連中のおかげで安値で安定した資産を手に入れることができた。現在のキャンベル海運はかなりの力を手にしている。」


キャンベルは忍び笑いを見せた、


「株取引に疎い連中をしり目に買収を繰り返した結果、私の資産は今までで最大のものになっている。貴族の連中も再び私に注目して資金援助を請うようになってきた。潮目は完ぺきに変わったのだよ!!!」


 キャンベルはうれしくてたまらないのだろう、嬉々とした表情を見せた。そこにはノブレスオブリージュとしての人間性や倫理観はみじんもない。いやしい人間の本質がはっきりと浮き出ている。


「あとは枢密院の連中と話をつけねばならん……領地を取り戻し、そしてふたたび伯爵の地位を取り返す!!」


キャンベルが自信を見せると鉄仮面は冷ややかな声色で反応した。


「お前の持つ力はあくまで書類上の力だ。買収した組織を十分に使いこなせるようになってからでなければ、買収した連中から寝首をかかれることにもなるぞ!」


鉄仮面は勝利に酔いしれるキャンベルにくぎを刺した。


「調子に乗った商売人の末路がどうなるかお前もわかっているだろう。私の手下を用いて業者を恐喝する方法は長くは続かない。いずれは司直の手が回る……そうすればお前の計画も藻屑となるはずだ」


 買収という行為はうまくいっている時は書類上では高い評価を受ける。だが、経営実態をきちんと把握していなければ将来的には帳簿の数字も悪くなる。経営者としてのきちんとしたノウハウがなければ永続的な商売はできないのである。ましてゴロツキを使って敵対する業者をに圧力をかけているとなれば……


そうした点を鉄仮面は冷徹に指摘した。


「確かにお前の言う点も配慮するべきだろうな……」


キャンベルはそう言うと鉄仮面を見た。


「心配するな、無理に版図を広げるようなことはせんよ」


キャンベルはそう言うと鉄仮面に向けて用意していた金貨袋を差し出した。


「これはポルカの組合の『懐柔』に成功した時の報酬だ。」


 キャンベルが客間のドアを開けると机の上に大きな袋が用意されていた。それを見た鉄仮面は袋の中身を確認した。



「今度はチョンボしていないようだな」



 鉄仮面はかつてゴルダで白金を運び出した時のことを嫌味な口調で言うと金貨の入った袋を軽々とかついだ。


                                  *


 キャンベルの邸宅を出た鉄仮面は控えていた手下(ゴルダで配下に置いた盗賊団の首領)に金貨袋を渡した。


「キャンベルはどうでしたか、お頭?」


盗賊団を率いていた男が恐る恐る鉄仮面に尋ねると鉄仮面は達観した見解を見せた。


「あと何度かあの男はつかえるな、だがそのあとは定かでない……」


そう言った鉄仮面の雰囲気には黒いオーラが滲んでいる……


手下の男はそれを感じると小さくうなずいた。


「撤退はいつでもできようにしておけ、風向きはいつ変わるかわからんからな」


鉄仮面はそう言うと無味乾燥な物言いで続けた。


「キャンベルは先物取引の成功でかなりの金を懐にしている。その一部は我々にも隠しているはずだ。其のありかを探知しておけ」


鉄仮面はそう命じると馬上の人となった。


その後ろ姿を見送った男は何とも言えない表情を見せた。



『あの人の先読みはエルフよりも優れている……恐ろしい人だ』



まるで魔法を用いているかのような鉄仮面の知見には常に驚かされる……



『敵には絶対にできない……』



かつて盗賊団を率いていた男は改めてそう思った。




キャンベルは株取引に成功し、さらに大きな力を手に入れたようです。


一方、ビジネスパートナーとなっている鉄仮面はキャンベルのおごりを見逃しません。はたしてこれからキャンベルと鉄仮面の関係はどうなるのでしょう……

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