第三話
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「よう、ベアー!!」
声をかけてきたのは、かつて偽札を偽造していたブルーの伯爵の別邸で九死に一生の状況を互いに支えあった存在であった。
『バイロンのおしりをクンカ、クンカしたいです!!』という名言を発した無二の親友である。
「ラッツじゃないか!!」
ベアーはそう言うとラッツをまじまじと見た。
「あれ……恰好が……」
ラッツは劇団員という道を歩んでいたため、その容姿は堅気に見えない雰囲気があったのだが、ベアーが目の前にしているラッツの風体は今までと異なるものがあった。
「……実は今バイト中なんだ……」
ラッツはハンチング帽を取った。
「かわら版の記者の見習いなんだよ」
そう言ったラッツの様子は売れない役者には見えない年ごろの青年に近しいものがある。
「なんで、そんな仕事を?」
ベアーがそう言うとラッツが声をかけた。
「まあ、取材に来たんだけど……とりあえず飯でも食おうぜ!」
言われたベアーはうなずくとかつてベアーがバイトしていた店(現在はルナがバイトしている)ロゼッタに向かうことにした。
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ロゼッタはランチタイムをすぎていたため、人が少なく話をするには絶好の場所であった。二人が入ってくるとルナが気を利かせてテーブル席を空けてくれた。
「劇団なんだけど……バイロンが抜けた後さっぱりでね……看板役者がいないと運営が厳しくて……」
ラッツは籍を置いているコルレオーネ劇団の経営状況が芳しくないことに触れた。
「……それでまともに食えないからバイトをすることになったんだけどさ……」
ラッツは運ばれてきた魚貝とトマトのパスタを頬張った。
「俺たち、ブルーノ伯爵の一件でいろいろあっただろ……その話をかわら版の記者にしてたら……取材するほうに興味がわいてきてさ…そしたら向こうのほうが声をかけてきてくれて……それで記者の見習いになったんだ。」
ラッツは小回りが利くだけでなく勘がいい。さらには状況に応じて臨機応変に対応する柔軟性がある。ベアーはかつてのことを思い出すと記者という職業に適性があるのではないかと感じた。
「ラッツ、ちょっと質問があるんだけど……」
ベアーがそう言うとラッツが答えた。
「なんだ?」
「いま、キャンベル海運ってどんなふうになってんの、ここ最近でものすごく大きな力をつけたみたいだけど?」
尋ねられたラッツはパスタをのどに詰まらせた、その様子は尋常ではない……
「ベアー、今のキャンベルはやばいんだよ……」
言われたベアーは首をかしげた。
「先物取引で大もうけしたらしくてな……その金を使って、いたるところの老舗企業を買収しているんだ。株の取引にも乗り出してさらに大きくなろうとしている」
ラッツの物言いは奥歯に物が挟まったような感がある、それを感じたベアーは勘定を手に取るとラッツにランチをおごる姿勢を見せた。
「……しょうがねぇな……」
ラッツはそう言うとキャンベル卿の買収の仕方をかいつまんで説明した。
*
ラッツの話を聞いたベアーは絶句した。
「金に物を言わせて買収するだけなら、だれも文句は言わない……だけどキャンベル卿はゴロツキを使って狙った会社の価値を毀損するんだ。あくどいやり方だよ……商品にケチをつけたり、従業員の態度に理不尽なクレームをつけたり、時には嘘を織り交ぜた情報をマーケットに流して混乱させたり……買収する会社の評判を落として時価評価を下げるんだ。」
ラッツはそう言うとベアーを見た、その眼は劇団員ではなく記者のオーラが滲んでいる。
「フォーレ商会も乗っ取るつもりだったんだぜ、キャンベルは。キャンベルは倉庫の使用権を奪った後、真綿で占めるようにしてフォーレをつぶすつもりだったんだ。」
ラッツはそう言うと、核心に触れた。
「俺の先輩が言ってたんだけど……キャンベルは貴族の会合で大きなヘマをやって領地を没収されたんだ。それを取り戻すために躍起になってる。それで手段を択ばない方法をとってるって……」
ラッツがそう言うとベアーが腕を組んだ。
「最近、ダリスの金融の仕組みがかわってトネリアの手法を取り入れただろ。株の売買のことだけど、キャンベルはあれを使って買収を繰り返しているんだ。マーケットで資金を調達しようとした業者はキャンベルに買いたたかれてフラフラになってる……」
ベアーは新会社設立の書類を役所に提出した時に『株の非公開』という文言が入っていたことを思い出した。
『ロイドさんはキャンベルに買いたたかれないように株の取引がマーケットでできないようにしたのか』
ベアーはロイドの策に『なるほど』と思った。
「うちは株を非公開にして新会社を設立したからキャンベルに買いたたかれることはないと思う。それにフォーレ商会の屋号をおろして役員も変わってるからキャンベルからは逃げられると思うよ」
ベアーが自信を持ってそう言うとラッツがそれに答えた。
「お前のところはそうかもしれないけど、ほかの業者はそうじゃない。まだ株の取引に関するリスクをわかってないところもあるし……金融取引の変化についていけないところが出るのは間違いない」
ラッツはこのたび、解禁された『株の取引き』という行為に懐疑的らしく、じつに複雑な表情を見せた。
「知識のある連中はいいだろうけど、知識のない経営陣だとコロッとやられるぜ。そこにキャンベルみたいなやり口の奴が出てくると……やばいぜ」
「そうだね……たしかに……」
ラッツの読みに対してベアーは同意した。
「キャンベル卿の横暴と、株取引の解禁……これは侮れるものじゃないね……」
ベアーが深刻な表情を見せるとラッツがうなずいた。
「世の中が大きく変わっていく……それがいいのか、悪いのか見当がつかない……」
ラッツが妙に大人びた表情を見せるとベアーが発言した。
「ラッツ、これからもキャンベルの動向を教えてくれないか?」
ベアーがそう言うとラッツはいつもの表情に戻った。
「べつにいいぜ、俺の先輩がキャンベルを取材してるから、その情報を流してやるよ」
ラッツは嬉々とした表情をみせた。
「俺の先輩は上級学校を出てるから、その時の人脈があって、いろんなところから情報が入ってくるんだ。キャンベルにつぶされた被害者たちからも話を聞いているから、なかなか有益なものも手に入る!」
ラッツはそう言うと思い出したようにベアーに発言した。
「そうそう、フォーレ商会で思い出したんだけど……パトリックっていうロイドさんの孫がいるだろ……そのパトリックがキャンベル卿のひらいた仮面舞踏会に参加したらしいんだけど……そこでなにかあったらしいぞ。俺の先輩が言うには結構な事件が起きたらしいんだけど……どうもそれがキャンベルの領地没収のきっかけらしいんだ。」
ラッツがそう言うとベアーはジロリとラッツを見た。
「その話、気になるんだけど!」
それに対してラッツはかわら版の記者らしい表情をみせた。
「もらうものはもらうけどな!」
ラッツは右手を出してベアーに微笑んだ……その表情は劇団員でなくまぎれもない記者の顔であった。
ラッツというベアーの無二の親友は瓦版の記者の見習となりベアーに有益な情報をもたらしました。どうやらキャンベルはかなりの力を行使できるようです。(かなりヤバイ)
ベアーのいる船会社ケセラセラ(もとフォーレ商会)は株を非公開にしているため、キャンベルに買収されないでしょうが、ほかの業者はそうではありません……
さて、この後どうなっていくのでしょうか?




