第二話
5
さて、それと同じころ、キャンベル卿の別邸では……
「うまくいったようだな、キャンベル卿よ」
くぐもった声が応接室に響く。
「ブーツキャンプで盗掘した白金をゴルダで手に入れ、それを元手にして先物取引で成功して巨万の富を手に入れた……そしてその富を利用してダリスにある老舗企業の買収を繰り返して傘下に収めた。お前の地元だけでなく、ポルカもキャンベル海運の軍門に下ったようなものだ」
くぐもった声の持ち主はワインの入ったグラスを優雅に転がした。
「気に食わない連中は叩き潰し、彼らの持つ権利を奪う……なかなかに豪胆なやり方だ」
言われたキャンベル卿は何食わぬ顔を見せた。
「おぬしが陰で暗躍してくれたおかげでポルカの組合の連中は簡単に落ちた。あの不愉快なフォーレ商会も廃業に追い込んだしな……ククク……なあ、鉄仮面よ」
キャンベルはそう言うとワインをあおった、その表情は実に快活である。
「ああ、弱みを握って圧力をかければ平民など恐れるに足りんよ、所詮は素人だ」
鉄仮面は手下である強盗団の連中を効果的に使い、暴力的な方法を用いて組合の幹部連中を脅しあげていた。そしてフォーレ商会の持つ倉庫の使用権を延長させないという結末を導き出していた。
「だが、キャンベル卿よ、これから先のことを考えればまだ予算は足りぬぞ。」
鉄仮面はそう言うとキャンベルを見た。
「お前は自分の領地を没収されただけでなく、貴族の位階を奪われた。再び継承権の認められた『伯爵』に返り咲くためにはポルカの老舗業者の買収程度では意味がない。」
言われたキャンベルは歯噛みした。
「もっと大きな金を手に入れろ、そうすれば、お前の願いはかなう」
鉄仮面はそう言うとキャンベルを見た。
「もちろんだ、位階を買い戻すためには金が要る、だがそのためにはお前の力が必要だ。いかなる手段も講じてもらわねばな!」
キャンベルがそういうと鉄仮面がフォッフォッと笑った。
「お前もわかってきたようだな、悪の道が」
キャンベルの背中からは瘴気のようなオーラが滲んでいる、そこには道を踏み外した人間だけが見せる悪意が凝縮していた。
「ターゲットにした業者に悪いうわさを流す、それだけでなく商品を毀損させて信用を落とす。そうすれば株価は下がる。それをさらにあおって、さらに株価を下げる。そしてそこで我々が安値で買いたたく。この論法は鉄仮面の、お前の暗躍により成り立つ策だ。」
キャンベルはそう言うと鉄仮面を見た。
「大きな富を手に入れれば、お前の望みもかなうはずだ。そのためには株の取引を効果的に用いる必要がある」
キャンベルが落ち着いた表情でそう言うと鉄仮面は実に喜ばしい表情を仮面の中で見せた。
『……この男も鬼畜道を歩みだしたようだな……』
鉄仮面はそう思うと次のターゲット定めるべくダリスの商工業者を記したリストを開いた。
6
新会社の設立はすでに計画されていたようで手続きが進んでいた。
「この会社は船会社として再出発する。社長はケセラセラ号の船長、副社長はウィルソンだ。」
ロイドはそう言うと組織図を展開した。
「業務内容はフォーレ商会の時と同じだが、皆の肩書が変わることになる。だが給料や手当は同じだ。」
ロイドがそう言うとベアーが素朴な疑問を呈した。
「あの、ロイドさんはどうなるんですか?」
それに対してウィルソンが答えた。
「ロイドさんは陰のオーナーだ。新会社では名前こそ出ないが、実態を仕切るのはロイドさんだ。倉庫の土地はもともとロイドさんのものだし、使用権が組合からとりあげられても問題ない」
ウィルソンは続けた。
「だが、フォーレが廃業しても、執念深いキャンベルが二の矢、三の矢を撃ってくる可能性があるからな……書類上はロイドさんの名前が上がらないようにしてあるんだ。」
ベアーは『なるほど』とおもった。
「なづけて『死んだフリ大作戦』ってところだな」
ウィルソンがしたり顔で言うとその場にいた連中が『うんうん』とうなずいた。
「まあ、会社の名前と肩書は変わるけど、今までと業務は何も変わりない。お前の仕事も同じだよ。」
言われたベアーは安堵の表情を浮かべた。
「手続き上のことがあるから明後日から、業務開始になる。ここ2,3日の仕事がたまってるから忙しくなるぞ!!」
ウィルソンがそういうとロイドが咳払いした。
「では、今から新会社の名前を発表する。」
ロイドはそう言うとふところから4つに畳んだ厚紙を取り出して広げた。そして皆を見回すとコホンと咳払いしてタイミングを見計らった。
「船会社 ケセラセラ だ!」
ケセラセラ号からその名を取っているためその場の全員が納得した表情を見せた。
「明日からの新しい門出が順風満帆であることを祈願して乾杯しよう!」
ロイドがそう言うとジュリアがワインの入ったグラスを皆に配った。
「乾杯!!」
ロイドが高らかに宣言すると皆が勝鬨を上げた。
≪船会社 ケセラセラ≫の新たな航海が始まった瞬間であった。
7
さて、その翌日……
ベアーは新会社に関する手続きを進めるために役所に向かった、屋号を登録するという作業だ。
『そんなに人もいないな……』
特にこれといったこともなく自分の順番が来ると、ベアーはウィルソンに渡された書類を役人に渡した。
50代半ばの役人はそれを見ると、記入漏れがないことを確認して認可の判を押した。特にこれといったことのない事務作業である。ベアーはハンコをもらった書類を確認すると、それを携えて別の課に行って書類を提出した。
『よし会社の登記は終わりだ!』
ベアーは書類の審査が何事もなく済むと会社の登記を無事に終わらせ。
『うまくいったな……さすがに新会社の登録までキャンベルも邪魔しないみたいだな』
≪死んだ振り大作戦≫は思いのほかうまくいったようで、キャンベルが役所に手をまわして干渉してくる事態は発生しなかった。
『……よかった……』
ベアーがそう思って淡々と帰り支度をすると、その後方から思わぬ人物に声をかけられた。
キャンベル卿は先物取引で成功したようで、かなりの資本があるようです……さらには鉄仮面とタッグを組んで恐喝的な手段を用いて買収を繰り返しているようです……
一方、新会社を登記しに来たベアーですが、そのベアーに声をかける人物が現れます。
さて、この人物は誰でしょうか?




