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第十二話

33

ベアーが死の淵に立たされ、アギーレは勝利を確信した。


「死ね、クソガキ!!」


 アギーレは余裕をもってナイフを振り上げた、ナイフはベアーの胸に向けて最短距離で到達する軌跡を描く。


想像を超える速さにベアーは動くことができなかった



『……南無三……』



ベアーは死を覚悟した。



と、そのときである……思わぬ事態が生じた。


                                  *


 なんとナイフを持ったアギーレが自分の腕をおさえたのである。よく見れば筋肉隆々の二の腕に矢が刺さっているではないか……


『なんだ!!』


アギーレがそう思って振り返ると一人の女が矢をつがえて弦を引き絞っていた。



「動いた瞬間に射抜くわよ!」



 そう言ったのは広域捜査官の制服に身を包んだスターリングであった。その美貌は相変わらずだがその瞳は絶対零度の冷たさを放っている。


「ナイフを捨てなさい!」


スターリングは緊張感のほとばしる表情をさらに引き締めた。



「私にはあなたと同じ亜人の血が流れている、この意味わかるわね!」



 スターリングは自分の運動神経がアギーレと同じく優れた能力があることを暗に示唆した――すなわち逃げようとすれば確実に仕留めるということを、


「カルロス、縄を!!」


遅れてやってきたカルロスが薄くなった頭皮を陽光にきらめかせてアギーレの前に立つ。



「神妙に縛につけ!!」



 カルロスが自信を見せてそう言うとアギーレは観念した表情を見せた。それを見たカルロスはフッと一息はくと、縄を打とうとアギーレの後方にまわった。


誰もがこれですべてが終わると確信した。



 だがそう思った時である、アギーレは縄をかけようとしたカルロスの動きを読むと実に柔軟な動きを見せて縄をすり抜けた。それどころかカルロスと体を入れ替える時にその手の縄を奪い、カルロスの首にかけたのである。



目にもとまらぬ早業を見せたアギーレはカルロスの生殺与奪の選択肢を手に入れていた。


「悪いが、こっちの言うとおりにしねぇと、この禿は死ぬことになるぜ」


 金貨を目の前にしたアギーレはカルロスの首を締め上げた。腕を負傷しているにもかかわらずその言葉に嘘はない、アドレナリンが異常に分泌されて痛みを忘れたアギーレの力は常人よりもはるかに強い……


 状況は一転してベアーたちに不利になった。カルロスが人質になったことですべてが水泡に帰してしまった……



34

『超やばい……』


ベアーはそうおもった、金貨を前にしたアギーレの力が想像をはるかに超えていたためである。


『このままだと、カルロスさんもやられる……』


だが、そんなベアーの眼にノーマークの存在が移った。


その存在は木陰にかくれていたが、事態の推移をみて神妙な表情を見せているではないか。



『……あいつ、いけるかな……』



不細工なロバは荒めの息を吐きながら耳をぴんと立てて状況の推移を確認している……


『ロバと同時にあいつに飛び掛かればなんとかなるかもしれない……だけどどのタイミングで……動けば』



35

ベアーがそう思ったときである、思わぬ存在が声を上げた。



「よくもルイスを!!!」



 そう言ったのはミーナである、ルイスを殺害されて逆上したミーナは夜叉のような表情をうかべてアギーレに向かって走り出した。


思わぬ行動にその場のすべての人間がその眼を点にする……


『ミーナじゃ、かないっこない……』


ルナはそう思ったがミーナは突進をやめない、むしろ速度を上げてアギーレに向うではないか。



『……マジでやばい、あの子、返り討ちにされるわ……それはマズイ……』



そう思ったルナは何とか現状を変えるべく、ミーナを止めようと同じく走った。



36

アギーレはカルロスの首を絞めながら次のアクションを熟考していた。だが二人の少女が自分に向かってくるのは想定外であった。


『どうなってんだ、これ……』


アギーレがそう思ったときである……その視界に草むらから突進してくる不細工な生き物が映った。



『なんだ……あのロバは……』



 不細工なロバは短い脚を回転数で稼ぐという走り方(ピッチ走法の変化型)で思わぬスピードを見せた。さらにはミーナとルナの走る調子に合わせて距離を詰めている。



『なんだ、あのロバ……同時に攻めてくるつもりか』



 アギーレがそう思った瞬間である、その眼に走りこむ少年の姿が映った――ベアーである。ロバの動向に活路を見出したベアーはアギーレに向かってダッシュしていた。



『あいつ……』



機転を利かせたベアーの特攻にさしものアギーレも絶句した。



37

そのときである、首を絞められていたカルロスがニヤリと笑った。


「お前はもう終わりだよ!」


 いくら亜人といえども腕を負傷した状態で3人と一頭を同時に相手に立ち回るのは不可能である、そのあたりを鑑みたカルロスが自信を見せた。


だが、その一言はアギーレの精神を必要以上にかき乱した。


『ルイスを殺して金貨を独り占めにする計画が……失敗……この後、逮捕されれば俺はどうなる……ただの強盗じゃない……』


アギーレの脳裏に≪死刑≫という単語が浮かぶ……



『……なんでこうなった……』



 ポーションを使ったこん睡強盗だけなら、アギーレの計画は成功していただろう。だが大量の金貨を見たアギーレはルイスを殺して独り占めしようとしたために必要以上の時間がかかり、広域捜査官と対峙する羽目になっていた……



『こんなはずじゃ……』



 アギーレがそう思った刹那である、カルロスの首を絞めていた縄が一瞬、緩む――カルロスはその瞬間を逃さなかった。



「てぃっ!!!」



 輝く頭頂部がアギーレの顎に吸い込まれる……嫌な音がすると同時にアギーレは卒倒した。陽光にきらめく頭皮をさらしたカルロスの頭突きはアギーレを一撃で昏倒させていた。



「禿をなめるな!!!」



雄々しく発言したカルロスは素早くアギーレに縄をうった。



38

この後、アギーレを捕縛したカルロスとスターリングはほっと息をついた。


「君たちのおかげで、何とかなった……賊のほうに犠牲者は出たけどね」


カルロスがそう言うとベアーが先ほど耳にした会話を報告した。


「ミーナは計画をやめさせようとしていました……結果はこんな風になりましたけど……」


ベアーがそう言うとスターリングがそれに答えた。


「それが事実なら罪が軽くなる理由にはなるわね……」


スターリングはそう言うとカルロスのほうを見た。


「それに、彼女が逆上してアギーレに襲い掛かろうとしなければ、カルロスはチャンスを得られなかった。あの行動で彼は命をつないだわ……その点は情状酌量するに十分な理由になるでしょう」


 スターリングはそう言うとベアーとルナにウインクした。そこには『ミーナのことを配慮する』という意識が垣間見られる。


ベアーとルナはとりあえずホッとした表情を見せた。



「あとは地元の治安維持官に任せましょう!」



スターリングが乾いた口調でそういうと連行されようとしているアギーレが悪辣な表情を見せた。



「このくそ野郎のせいで俺の人生は終わりだ!!」



アギーレはそう言うとルイスの遺体に唾を吐きかけた。



「ゴミ野郎が!!!」



 倫理観のかけらもない冒涜行為である、死者に鞭打つことは悪人でさえ許されない。だが、アギーレにはそんな考えはみじんもないようだ……『死体蹴り』という恥ずべき行為を平然とやってのけた。


それを見たベアーの怒りのボルテージは一瞬でMAXを振り切った。



「同じ亜人の仲間を殺しておいて、その死体にまで唾を吐く……お前はいったいなんなんだ!!」



ベアーが怒髪天の表情でそう言うとアギーレはそれをせせら笑った。



「人を殺した者に道徳や倫理があると思うのか、このクソガキ!! 一線超えたやつらはみんな、ど畜生なんだよ!!」



 そう言ったアギーレの表情は妙に達観していた、過ちを犯しものだけが見せるゆがんだ真実が浮き出ている……


「……なんて奴だ……」


さしものベアーも言葉をうしなった……居直った人間には説法など微塵の効果もないのである。


ベアーの脳裏に祖父の言ったことが浮かぶ、



≪道を違えて畜生道に落ちた者はその精神が二度と更生されることはない……畜生として欺瞞と暴力を繰り返すだけだ……彼らはもう『人』ではないのだよ≫



ベアーは祖父の言葉の意味をを理解すると発言した。



「どうやら、お前はほんとうに畜生道に堕ちたようだな……更生することのない常世の闇に」



ベアーが力なくそう言うと……再び……思わぬ事態が生じた……




何とかアギーレを捕縛できましたが……再び思わぬ事態が生じたようです。


一体、何が起こったのでしょうか?(次回がクライマックスになります)

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