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第十一話

29

金貨の入った袋をルイスは大八車に乗せた、その脳裏には明るい未来が思い描かれている……


『この金があれば、新しい人生を始められる……』


 まともな教育も受けず、コソ泥を繰り返しながら社会の底辺を這ってきた青年にはまともな技術も知識もなければ、まっとうに生きる誠実さもない。だが、金貨を手にすれば未来を変えられるという確信があった。


『……店を買うんだ、そこで商売をやる……』


ルイスはひそかな夢を持っていた、そしてそれが成就されると確信した。


『ミーナと一緒に輸入雑貨の店をやるんだ……』


無い知恵を絞って考え付いた結論だがルイスにはそれが一番だと思えた。


だが、その思いがルイスの警戒心を薄れさせていた。



「……あっ……」



ルイスは背中に鈍い衝撃を感じた、そしてそれと同時にそこから何やら熱いものが流れ出していく。



『なんだ、これ……息ができない』



ルイスがそう思って振り向くと血の滴るナイフを持ったアギーレがいた。



「悪いな、ルイス、お前の金貨は俺がいただくぜ」



アギーレが悪辣な微笑みを見せるとルイスは膝をついた。


『アニキ……俺たち仲間じゃないのか……』


ルイスのその思いは紙が破れるごとく破折していた。



30

アギーレがルイスの背中にナイフを突き立てた瞬間を見たベアーとルナはその眼を大きく見開いた。


『……まさかの展開……』


 だがそう思う一方で、アギーレがルイスを裏切るのはさもありなんと思えた。今までの経験で犯罪者同士が固い信頼関係で結ばれていることがなかったからである。


 犯罪者のつながりは恐怖と制裁により成り立つもので、信頼や義理といったものではないということをベアーたちは認識していた……



『やりやがったな……あの野郎、金貨を独り占めするつもりだ』



 ベアーはそう思ったが、アギーレが人殺しになった事実は尋常ではない。アギーレはもうただの盗賊ではないのである。


『これは、ガチでやばい事件だ』


 ポーションを用いたこん睡強盗が、強盗殺人事件へと変転していた。ベアーとルナは沈黙したまま、その場に凍りついた。


                                   *


だが、その状況で一人だけ別の反応をする人物がいた、


ミーナである――


ミーナは血だらけのルイスに駆け寄ると蘇生させようと試みた。


「死なないで、死なないで、ルイス!!」


 ミーナの絶叫が清掃局の車庫にこだまする。その様相は甚だしい悲壮感が漂っている……だがルイスの出血量はあまりに多く、その目はすでに光を失いかけていた……


「いやよ、いやよ!!」


ミーナが半ば錯乱して叫んだときである、いつの間にか近寄ったアギーレが語りかけた。



「うるせぇ、アマだな……」



その物言いは実にめんどくさそうで、人を殺した緊張感はない。


「おめぇも、ルイスのところに一緒に行くか?」


ルイスを殺めたことでアギーレの精神はすでに殺戮者としての片鱗が生まれていた。


「お前に逃げられて、治安維持官に話されてもいろいろマズイしな……」


アギーレはそういうとミーナに悪辣な微笑みを見せた。


「あの世でルイスと仲良くやれよ」


アギーレはそう言うとミーナにむかってナイフを構えた。



31

木陰でその一部始終を見ていたベアーは想像以上の展開に言葉を失った。ルイスを殺害したアギーレはミーナまでも手にかけようとしているではないか……


『なんてこった……』


そう思ったベアーはルナのほうに視線を移した……ルナの意見を聞きたいと思ったからである。


だが、ベアーの目にルナは映らない、



『……えっ…うそっ……』



なんと隣にいたルナが木陰から飛び出して大声を上げたのである。


思わぬ事態にベアーはたじろいだが、ルナは草むらからその身を乗り出すとアギーレと対峙していた。


『マジかよ……ルナ……』


ベアーはその眼を点にした……状況は再び先の読めない展開へと移った。



32

「あんた、何やってんの!!!」


ナイフを掲げたアギーレに向かってルナは大声を張り上げた。


「全部、見てたんだからね、あんたのやったことを!!!」


ルナはそう言うとアギーレをにらんだ。


「もうすぐ、広域捜査官が来るんだから!!」


 ルナが確信をもって発言するとアギーレがその表情を変えた。そしてその長い耳をピンと立てるとあたりに気を配った。



「俺の耳には土をける蹄鉄の音は聞こえない、お前の言ったことは脅しだ」



アギーレは淡々とそう言うとルナに対して不遜な笑みを見せた。


「この修羅場で俺をかもろうなんていい度胸をしてんじゃねぇか!」


アギーレは殺人者のオーラを放つと実に素早い動きでルナに襲い掛かろうとした。


                                    *


ルナに向かって足を進めるアギーレを見たベアーは絶句した。


『……あちゃ~、マズイ……』


ベアーはミーナをかばって木陰から飛び出したルナの行動が理解できずに苦しんだ。


『自分が殺されちゃうじゃないか……』


だが、その一方で確実な思いもあった。


『このままだと、ルナは死ぬ……なんとかせんと…』


 そう思ったベアーは現実に戻ると、あたりにあった小石を拾ってアギーレに向かって投擲した。現状を好転させようと試みた苦肉の策である。



『あたれ!!』



 だが……無情にも石つぶては当たるどころかかすりもしない。動く対象に当てることは素人にできる芸当ではないのだ。



『ああ、まずい!!!』



ベアーはそう思うと自分も木陰から躍り出て大声を上げた。



「治安維持官が来るぞ!!!」



その声を聴いたアギーレはベアーのほうを見た。そして再び耳を立てるとあたりの様子をうかがった。


「仲間がいたのか……だが、お前以外にはいないようだな」


アギーレは状況を間髪入れずに判断するとベアーにターゲットを変えて、その刃を突きつけた。



32

ベアーは自分にターゲットが変わったことで若干安堵した。だが、状況が一転したことで自分にとっては最悪の状況が生まれていた。


『これ、俺がやばいじゃん……』


 こうした展開になることを考えていなかったベアーは丸腰である、さらには身を守る格闘能力があるわけでもない。貿易商見習いの少年が人を殺めた亜人と対峙するのは極めて分が悪い。


 だが、ベアーにも一つだけ妙手があった。それは今までの経験から一番信じられる合法的かつ安全な手段である。



『俺の逃げ足なめんなよ!』



そう、その場を逃げることである。


                                    *


ベアーは脱兎のごとく走った、それは人生で一番速いと自負して過言でない速さである。



『こういう時は速く走れるもんなんだよ!!』



 太ももを高く上げて地をける、命がかかった修羅場で見せる走行はだれが見ても速い。アドレナリンが出たベアーの走行は実に速かった。


ベアーは思った、



『30を過ぎたおっさんが若者に追いつくはずないだろ!』



だが、ベアーの思いはいとも簡単に断ち切られた。



 30mほどダッシュした地点でアギーレに追い抜かれ……さらには一瞬で回り込まれたのだ。考えられない速さでアギーレは動いていたのである。


ベアーは必死に立ち止まると余裕の表情を見せているアギーレを見て戦慄した。


「スピードで亜人にかなうと思ってんのか?」


 アギーレは呼吸一つとして乱していない……軽い運動さえしていないように見える。発達した大臀筋とヒラメ筋が人とは異なる力を発揮していた。


「クソガキ、まずはお前からだ!」


アギーレはそう言うと勝利の咆哮をあげた。


ルナをかばったベアーはアギーレの気を引くことに成功しますが……


アギーレはベアーの想像を超えるスピードでベアーを追い詰めます。


ベアー、危うし!!!

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