第一話
1
うららかな気候が続き、空は晴れ渡っていた。旅人が絶賛する季節、晩秋の到来である。
その晩秋、ベアーとルナそしてロバはニルスという小さな村を訪れていた。サングースで起きた背乗り事件を解決したことによる褒美としてロイドから3日間の休暇をもらったためである。
「見えてきた!!!」
暖かな日差しを受けた村の入り口には大きな看板が立てられ数多くの旅人が行き来していた。その表情はあかるく、朗らかであり、たのしげである。
「すごい人だね」
ルナが行き交う人々の様子を見ると驚いた表情を見せた。
「年に一度の祭りだからね、この時期は凄いんだよ」
ニルスはフォーレ商会のあるポルカから半日ほど平坦な道を歩いた草原地帯にある小さな村である。産業に乏しく特にこれといった特徴のない村で、名所旧跡もなく観光地としても魅力はない。正直に言うと旅人は通過するだけの場所と言っていい。
だがこのニルスでは年に一度大きなイベントが開催される。
「ダリス各地から食品が集められてここで審査されるんだ、食のフェスティバル……この時期のニルスはダリスの中で一番熱いんだよ!!!」
『食』は貿易商にとって重要になる。どこに美味いものがあるのか、その原料な何なのか、それはいつが旬なのか、そしてそれがいくらなのか……食べるという行為は根源的であるため商売人にとってその知識は重要になる。
「美味しいものを食べるだけじゃなく、その産地や質を吟味することは貿易商の見習いにとって大事だからね、そうしたところから商売の目が出るんだ……ひいてはそれが売り上げにつながって商いの規模が大きくなる、そうすればフォーレ商会も大きくなっていくわけよ」
ベアーが力説するとルナは適当な相槌を打った。
「そだね~」
ルナはそう言うと目を付けた屋台に向かって小走りに向かった。
『あいつ、俺の話聞いてないじゃん……』
ルナは鼻から責め立てる甘い香りに惹かれると、ベアーの話など歯牙にもかけず焼き菓子を売る店へと走り込んでいた。
『……話より団子か……』
ベアーがそう思って振り向くと先ほどまでいたロバもすでにいない。ベアーは辺りを見回した。
『……アイツ、ナンパしとる……』
ロバは短い脚を器用にクロスさせて斜にかまえると、必殺の流し目を亜人の娘に送っていた。亜人の娘は不細工なロバのアプローチを見てクスクス笑っているが、まんざらでもないようだ……
『……俺の話は誰も聞かないのか……』
貿易商の見習いとして『なかなかいい話をした』と思ったベアーであったが魔女と一頭には無駄だったらしい……
『…グヌヌヌヌ…………』
ベアーは多少イラッとしたが、興奮するルナとロバを見るとその心根を変えた。
『……俺も楽しむべきだな……』
ベアーはそう切り替えるとウィルソンから耳打ちされたことを思い出した。
≪ニルスのフェスティバルはパレードがあるんだ。そのパレードには踊り子が参加するんだよ。亜人もエルフも混じってて、そのスタイルがマジで抜群なんだよ。ダリスで選り抜かれた娘たちが露出度の高いコスチュームで踊るんだ……』
ウィルソンはそう言うと実に好色な笑みを見せた。
≪実はその踊り子たちはただパレードをしに来てるわけじゃないんだ……稼ぎに来てるんだよ……ニルスのフェスには金持ちや貴族連中も来るからそれを目当てに≪夜のダンシング≫を展開するわけだ≫
ベアーはウィルソンの言った≪夜のダンシング≫という単語を思い起こすと鼻息を荒くした。
『ルナが寝たら……俺も夜のダンシングに参加しよう……きっと酒池肉林の営みが展開されているはずだ』
ベアーはそう思うと懐に入った財布を確認した。
『2か月分の給料が入ってる……これならいけるはず!!!』
童貞卒業を胸に秘めたベアーはパレードに集中することを心に決めた。
2
ルナが最初に目を付けたのは蜂蜜をたっぷりとしみ込ませバウンドケーキであった。
「うちの蜂蜜はレンゲを使ってるんだよ、だから口当たりがさわやかな甘さなんだ。」
蜂蜜というのは種類が多く、粘りの強いタイプもあればサラリとして液体に近いタイプもある。レンゲ蜂蜜は後者に属するものだ。
「うちは養蜂場をやってるから新鮮だよ、その辺りの瓶詰とは違うからね」
売り子に言われたルナは試食のバウンドケーキを食べてみたが言葉のとおり実にさっぱりしていた。
『バターの風味もしっかりしてる、いい感じのコクだわ』
ルナはベアーと一緒に各地でスイーツを食しているがバウンドケーキはパサパサとしたものが多く、のどに詰まるような印象がある。
『これはお茶がなくてもパクパク食べられるわ、いい感じのしっとり感ね……さすが食品フェスティバル……』
ダリス各地から集められた食品は想像以上のもので、ルナは思わず呻った。
「年に一度のフェス……これは楽しみね」
ルナはそう思うとポシェットから財布を出してお土産用のバウンドケーキを購入した。
*
『さて次はどうしようかな……』
ルナのスイーツセンサーは目抜き通りに連なった屋台群に向けられた。舗装された石畳の上にある屋台は30軒を超える……そのすべての屋台が自慢の品を並べて客の目を楽しませていた。
『色々あるな……目移りしちゃう……』
ルナがそう思った時である、鉄板で焼かれた品を出す屋台から何とも言えない香りが流れてきた。
『今度はあれにするか!』
ルナの視野には惣菜系の商品を売る店が入った。そこは人だかりができている。そして屋台の横にあるのぼりには『前年度チャンピオンの変わり焼き』と記されているではないか。
『何だ、変わり焼きって……』
ルナは素朴な疑問を持ったが嗅覚から刺激してくる匂いはルナの気持ちをがっちりと掴んでいる……ルナは看板をねめつけるとその列に並んだ。
*
列に並んだルナは変わり焼きを鉄板で焼く一部始終をその眼にした。
『小麦粉にキャベツを混ぜて……それを鉄板に拡げる………それから豚の三枚肉とエビとイカをその上に乗せる、惣菜型のクレープみたいなやつかな……』
ルナがそんな風に思うと半面が焼ける頃合いを見計らった店の親父が金属製のへらをその手に持って円形になった生地をひっくり返した。美しく宙を舞った変わり焼きはクルリと一回転し、具材を乗せた面が鉄板へと着地した。
『鮮やかなお手並み……』
豚の三枚肉の焦げるにおいが食欲をそそる、並んでいる客は舌なめずりした。屋台の親父はそれを見てしたり顔を見せると声をかけた。
「今から、蒸らしに入ります。後5分ほどで出来上がります」
店の親父はそう言うと金属製の蓋で生地全体を覆った。
ルナは想像と異なるものが出来上がっていくことにその眼を点にした。
3
一方、ベアーは……
「ああ……パレード……おねぇさんたち……」
町の中心を練り歩く踊り子たちのアクションは実に整然としていた。この日のために訓練してきたことが一目でわかる動きであった。楽団の伴奏に合わせて練り歩く彼女たちの姿は即座に観衆の心をひきつけた。
キレのあるステップと上半身の艶めかしい動作、これらが音楽に合わせて展開する。ベアーは熱い視線をそそいだ。
『……しゅごい……』
だがベアーの眼をとらえて離さないのはその動きではなく体の一部分であった。
『揺れてる、揺れてるよ、胸が……』
ベアーは口を半開きにするとその視線を今度は下半身へと移した。
『ああ、おしり、おしり……』
さほど尻には興味がなかったベアーだが、小股の切れ上がった亜人やハーフエルフたちの動きは別格であった。
『ケツ……ケツいいぞ……ケツいいぞ!!!』
ベアーは興奮のるつぼに飲まれると巨乳とケツの魔力に翻弄された。
『亜人のケツと腰……しゅごい』
年頃の少年にはあまりに強い刺激である。
ベアーはさらに目を凝らして、激しく踊る亜人を観察しようとした。
と、その時である――その視野に考えられないものが映った。
『えっ……あれ……アイツじゃないか』
ベアーの眼に移っているのは雄々しく仁王立ちしながらもかろやかにステップを踏むロバであった。妙にキレのある動きと音楽に合わせた動作はユーモラスでありながらもツボを押さえている。ダンサーたちの動きと呼応したロバのステップは周りの客の視線をひきつけていた。
『……踊ってるぞ、うちのロバ……』
ブサイクなロバは短い脚を器用に使いながら、隣で踊る亜人娘に熱い視線を送っていた。
『あいつ、何をするつもりなんだ……』
ベアーがそう思うとハイレグのようなコスチュームで踊っていた亜人の娘が小刻みに腰を振りながらロバの前を通った。
ロバはその動きに合わせて亜人の臀部を自然な動きで追うと、顔を寄せて娘の尻をさりげなくクンクンしたのである。そして今度はすばやくターンすると隣にいたハーフエルフの脇をぺろりと舐めた。
『……あいつ、セクハラしとるやんけ……』
ダンスに興じる娘たちの動きを読んだロバは実に巧妙なセクシャルハラスメントを見せると今度はさりげなく亜人の娘に股に顔を突っ込んだ。
それを見たベアーは鼻息を荒くした。
『どさくさに紛れた合法的なセクハラ……めっさ、うらやましい……』
ベアーが羨ましさと怒りに打ち震えるとロバがベアーにチラリと視線をやった。そして不敵な笑みをこぼすと再び華麗なセクハラを展開した。
『……グヌヌヌヌぬ……』
ベアーは怒りに打ち震えた、
と、そんな時である――思わぬ事態がおこった。
ベアーたちの物語はニルスという町のフェスティバルから始まります。はたしてここではどんなことが待ち受けているのでしょうか?




