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その8

震災や台風で被災された方々、大変ご苦労されていると思います。どうかお体にはお気を付けください!

19

ライドルの陳述を読んで疲労困憊したマークが書庫で腰砕けになっていると……その後ろから声がかけられた。


「どうやらライドル家の秘密を知ったようじゃな」


ベアーの祖父は何事もないかのようにそう言うとマークが口を開いた。


「300年前…あのようなことがあったとは………」


マークはポロポロと涙を流した。


「ご老人……あなたの一族は……『死人使い』だったのですね……死んだ者の魂を操って魔人に差し向けた……勝利を勝ち取る足るためにはやむを得なかったのかもしれません……ですが、なんと恐ろしいことか」


マークはおえつを上げて続けた、


「……人倫にそむくあのような道を……不道徳の極みを……」


 300年前、魔人との戦いの中で敗北が濃厚になると初代ライドルは禁じ手を用いていた。『冥界と契り』を交わして死人使い(ネクロマンサー)となったのである。


だが、その代償は軽くはなかった……死人使いになったライドルは代々にわたる呪いを受けていた…


マークは真摯な表情を見せた。


「あなたの一族が受けた呪いは……言葉に言い表せません……『生涯にわたる死者との対峙』……なんと恐ろしことか……」


マークはそう言うとライドルに対して深くこうべを垂れた。


「呪われし一族は……伊達ではない……しかとこの目で確認させていただきました」


真実を知るにいたったマークは己の諸行の底の浅さを痛感した。


「私は破戒僧としての道を歩み『悟り』を開かんとしてまいりました。娼婦を抱き、博打に興じ、山海の珍味を大食し、酒におぼれた。ですがそれらは表層をなぞるだけの無知蒙昧なものでした……私は……底の浅い愚か者です。」



マークはそう言うと一人の少年のことを思い出した。



「ご老人、もしやあなたのベアーも代々の呪いを……」



マークが震える声で尋ねるとライドルは首を横に振った。



「いや、あの子は呪いを継いでおらんよ……私が最後になる」 



ライドルがそう言うとマークはほっと胸をなでおろした。



「……それは良かった……」



マークが安堵をあらわして深い沈黙を示すとライドルがその肩をたたいた。



「少し休まんかね、アルフレッドさんとマリアが待っておる」



20

母屋に入ると甘い香りと同時にバターのフレーバーが漂ってきた。本格的なその香りは小さな片田舎からは想像できないものがある。


アルフレッドは紙袋をおもむろ開けるとそれを取り出した。



「アップルパイだ」



 ホール型になったパイは実に美しい。陽光にきらめく表面はキラキラと光り、網目状になって上から被された生地はきつね色に焼けて食欲をそそった。


 マークの伴侶であるマリアが気を利かせて取り皿とナイフを取ってくるとアルフレッドがにやりと笑った。


「では、入刀する!」


 扇形に切られたアップルパイの断面からはコンポートされたリンゴがごろごろと入っているのが確認できた。そしてその下にはカスタードクリームが敷かれている。さらにその合間からはシナモンの香りがふんわりと漂ってくるではないか……



「では頂こう!」



アルフレッドが音頭を取ると4人はフォークを高々と掲げた。


                                 *


 コンポートされたリンゴには適度な歯触りがある。その触感がカスタードと重なり、生地に練りこまれたバターと絡まるとえも言われぬ一体感が生まれた。


「村にあるパン屋で買ったのだが……このアップルパイ、いけるな」


アルフレッドが満足げにいうとライドルがそれに答えた。


「この村のリンゴはうまいんですよ。パイも名産品ですからね。」


ライドルは続けた、


「初代ライドルもアップルパイが好きでね、何よりもの好物だったそうです。特にカスタードを挟んだものが」


ライドルがそう言うとマークが発言した。


「地下の書庫でマリアとアップルパイの話をした時につむじ風のようなものが起こり……そのあと初代ライドルの記した書物が現れていました……ひょっとして……」


 マークは初代ライドルの書いた3冊の陳述書が突如として目の前に現出したはアップルパイが起因しているのではないかと閃いた。


それに対してベアーの祖父は沈思した


「……そうかもしれん……」


だが、その表情は意味深である……


「ライドルはアップパイが好きだったのは間違いない、だが、もう一つ好物があってな……」


 ベアーの祖父はそう言うとマリアを凝視した。そしてその視線を大きく開いた胸元へと移した。その表情は好色な老人そのものである……


さすがのマリアも胸元をフォークで隠した。



「初代ライドルは『プロのおねぇさん』が大好きだったと聞き及んでおる……とくに胸が」



ベアーの祖父が至って真面目に述べるとマークは真顔になって沈黙した。



21

そんな時である、母屋の扉が勢いよく叩かれた――その様子は尋常ではない。


「こんな時に新たな客か……面倒くさい」


ライドルはそう言うと重い腰を上げて入口の扉に向かった。


「だれじゃ?」


ライドルが尋ねると扉の向こうから大声が飛んだ。


「治安維持官のものです。こちらにマークとマリアという不逞の輩が来たとの通報を受けました。」


治安維持官は開いた扉の隙間から逮捕状を出した。そこには『脱税容疑』と記されている。


「マークは魔道の力を用いて治療費を得ていますが、その所得を申告していません。脱税は間違いありません、それに違法な売春宿の経営と違法賭博の嫌疑もあります」


治安維持官が一気に捲し上げるとライドルがそれにたいしてゆっくりと答えた。


「ちょっと待ってくれんか……今、ほぼ全裸なんじゃ」


ライドルははずかしげにそう言うとマークとマリアに目くばせした。


どうやら『うまく逃げろ』という意味らしい。


 だが、窓の外にはすでに複数の治安維持官が配置されておりマークたちが逃げ切る余裕はなさそうである。


「さまざまなところで無法な行いをしてまいりました、逮捕もやむを得ないでしょう。どうやら今回は逃げ切れないようだ……」


 マークが状況を鑑みて半ばあきらめると、アップルパイを食べていたアルフレッドが急に思いついたような表情を見せた。



「おい、マーク、取引をせんか?」



言われたマークは怪訝な表情を見せた。


「お前はライドル家の秘密を知るに至った、その能力は現在の僧侶の中では突出しておる。そこでじゃ……」


アルフレッドはそう言うと『鉄仮面』について触れた。


キャツは普通の人間では手に負えん。魔道兵団でも難儀する輩じゃ、だがお前なら奴のことを探れるかもしれん」


「私に荒事は無理ですよ」


マークが淡々と言うとアルフレッドはフムと頷いた。


「そのほうがいい、奴と剣を交える必要はない……『原初の呪』いと対峙する必要はない」


アルフレッドはそう言うとコートハンガーに吊り下げていた外套を渡した。


                                  *


ライドルが戸を開けて治安維持官たちを母屋に招き入れると、そこにマークとマリアの姿はなかった。


「やつら、どこに行った!」


手柄を立てられると思った治安維持官たちは忽然と姿を消した二人にほぞをかんだ。


「先ほどまで、おったんじゃがの……」


ベアーの祖父が痴呆の老人のような表情を見せると治安維持官たちは母屋をしらみつぶしに捜索した。


「いないではないか……」


治安維持官たちは顔を見合わせて母屋を出ると聖堂のほうにむけて走っていった。



22

それからしばし……マークとマリアは村を見渡せる小高い丘の上にいた。



「賢者アルフレッドの外套は魔道器の一種か……」



 アルフレッドの外套にはその姿を隠す作用があった。マークたちはその効果を最大限に生かして治安維持官たちの包囲網をすり抜けていた。


「大きな借りができた……これは返さねばならんな」


マークはそう思うとアルフレッドの言い及んだ『鉄仮面』という存在を脳裏に描いた。


『いかなる存在か……気になる……原初の呪いとは』


アルフレッドが言い及んだ鉄仮面のもつ不遜な響きはマークの心をくすぐった。



『面白いではないか!』



 マークはそう思うとその口角を上げた。その表情には先ほどとは打って変わって不道徳な笑みが滲んでいる。


それを見たマリアは思った。



『よかった、いつものマークだわ……』



マリアが安心した表情を見せるとマークがその腰を引き寄せた。



「書庫での続きがまだ終わっていないな」



不遜な僧侶はそう言うと娼婦の唇を奪った。






これで挿話は終わりになります。今まで読んでくださった方、ありがとうございました。


さて次ですが10月下旬ごろからベアー編をやりたいとおもいます。少々お待ちくださいませ!!


7月に新作『夢で逢いましょう!!!』を書きましたので、もしよければ、読んでいただけると嬉しいです。(暇つぶし程度にはなると思います!)


では、また 次の物語で!

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