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その6

14

聖堂の様子が変わったことを母屋で感じた二人は顔を身わせた。


「どうやらあの男は扉を開けたようだな」


アルフレッドは葡萄酒でのどを潤すとライドルにその理由を問いかけた。


「いかにして、あの男は解除に成功したのだ」


それに対してライドルは答えた。


「あの扉は聖なる力でも悪しき力でも開きません。人の持つ正直な思いにのみ反応します。」


ライドルはそう言うと肉感的なマリアが聖堂に入っていったことに触れた。


「あの娼婦の力が扉を開かせたのか?」


アルフレッドがそう言うとライドルがそれに答えた。


「性欲に根差したマークという男の気持ちが自然なものだったからでしょう」


それを耳にしたアルフレッドはきょとんとした表情を見せた。


「そんなもので開くのか?」


尋ねられたライドルはそれに答えた。


「あの扉の『鍵』は中庸という概念にあります。初代ライドルは300年前、魔人との戦いで厳しい現実を目の当たりにした結果、極端な思想から生じる行動には意味がないと痛感したようです。たとえそれが僧侶のもつ聖なる力でも……悪逆的な魔道の力でも」


アルフレッドは小さく唸った。


「『中庸』か……右にも行かず、左にも行かず……天秤でたとえるなら釣合のとれる位置だな……しかしその中庸というのがなぜ故、性欲とかかわるのだ?」


アルフレッドがそう言うとライドルが答えた。


「性欲や食欲というのは人間の本能そのものですが、そのリビドーを否定して消し去ろうとすることを初代ライドルは『良し』としませんでした。むしろそのリビドーを肯定することで『中庸』といわれる概念が体感できると……」


ライドルは続けた、


「人間はそれほど高潔なものではありません。倫理的に正しい説法を説いても人は人……徳の高い僧侶であってもそれは変わりません。人の持つ自然な欲求を素直に認める心構えを持たなければ中庸という概念を認識することはできんのです。」


ライドルの言動に対しアルフレッドはフムと頷いた。


「なるほど、初代ライドル……あの男ならそのような考えに行きついたのも納得できる。」


アルフレッドはまるで初代ライドルを知っているかのような口ぶりを見せた。


「しかし、あのマークという男…娼婦の力添えがあったとしても扉を開いた事実は大したものです。」


ベアーの祖父はフフフと笑った。


「ところで、地下の書庫には何があるのだ、ライドル家の秘密とやらも?」


アルフレッドが尋ねるとベアーの祖父は意味深な表情を浮かべた。



「いろいろ」



好色とも取れる表情を見せたライドルはにやりと笑った・



15

地下書庫で手にした書物は実に多種多様であった。300年という歴史が刻まれた資料は実に興味深かく、文化人類学的な著述もあればサブカル的な資料もあった。


「150年前のかわら版か……」


現在のような印刷技術がなかったため、同じ文言を一枚ずつ手書きでうつされている。


「当時は紙もインクも貴重なものだったのだろうな……」


マークがそんなことを思いながら本棚をあさっていると、マリアが声を上げた。


「これ見てよ……」


何とも残念そうな表情でマリアは何枚かの羊皮紙を見せた。


「………」


そこには男女の仲睦まじい様子が描かれたものがあった。


「これって、昔のエロ本じゃない……」


 マリアがそう言うとマークは内容を確認した。そこには局部を巧みに隠しながらも『ソレ』とわかる様子が描かれた絵があった。



「あれだけ苦労して開けた扉の先にあったのが『春画』とは……」



マークは思わぬ資料に苦笑いを見せた。


「まだ何かあるはずだ、よく見ろマリア」


マークは自分に言い聞かせるように言うと再び本棚をあさり始めた。


                                  *


 この後二人は書庫を縦横無尽に物色したが、魔導書の類のものもなければ一族の呪いに触れた陳述もなかった。


「なんか、お宝みたいなものがあるのかと思ったら、これだもんね……いやになっちゃう。呪われし一族の秘密なんてないじゃない」


マリアは至極残念そうに言うと疲れた表情でポツリと漏らした。


「……なんか、気が抜けたらおなか減っちゃった……」


そんなときである、マリアが明るい表情を見せた。


「ねえぇ、これ見て、これ!」


マリアは埃のかぶった羊皮紙を一枚取り出すとそこに描かれた絵を見せた。



「これアップルパイじゃない?」



空腹ということもあり、目についた羊皮紙を取り上げたマリアは嬉しそうな声を上げた。


「あたし、人づてに聞いたんだけど……この村は年に一回の祭りがあって、そのときにアップルパイを食べるらしいんだけど……それがおいしいんだって!」


マリアの知識に対してマークが反応した。


「ああ、この地域はリンゴが有名でな。祭りのときは様々なアップルパイが出回るそうだ。」


マークはそう言うと食通の一面をのぞかせた。


「丸ごとのリンゴを使ったものや、ホイップクリームを添えたもの、リンゴをジャムのようにして生地にはさんだもの……さまざまあるそうだ。」


マークはそう言うと15分ほどアップルパイについてうんちくを垂れ流した。


 聞いていたマリアは最初こそ耳を傾けていたが途中で嫌になったらしく、話を打ち切るべく質問をぶつけることにした。


「じゃあ、その中で一番おいしいアップルパイは?」


尋ねられたマークは顎に手をやるとしばし沈思した。



そして……



「カスタードを挟んだものだ。カスタードの上にコンポートしたリンゴをスライスして並べて焼いたもの……あれが一番だと思う」



 マークが熟考してそう言ったときである、書庫に積み上げられていた資料が崩れた。そしてすさまじい埃が巻き上がるとあたりの視覚を閉ざした。



『どうなっている……』



 マークが咳き込むマリアを支えていると、埃の粒子が急激に収束して何事もなかったかのような事態が生じた。



『なんだ、今のは……』



 マークは物理的にあり得ない現象に息をまいたが、それ以上に驚いたのは足元に積みあがった3冊の書物であった。



「なに、この本…さっきこんなのなかったのに……」



マリアが不可思議な表情を浮かべてその書物を触ろうとした。



そのときである、マークが怒号を上げた



「触るなマリア!!」



その表情は鬼気迫り、額からは脂汗が流れている……マリアはその表情を見ると震え上がった。



「部屋から出ろ!」



マークに言われたマリアは恐怖のあまりに這うようにして書庫から出た。



それを確認したマークは大きく深呼吸した。



「どうやら、この書籍類がライドル家の秘密のようだな……」



癒やし手の直感がマークに訴えかける。



「読ませてもらおうではないか!」



マークはひとりごちるとゆっくり書物に手を伸ばした。


次回で挿話は終わりとなります。


申し訳ありませんが、ストックが全くないのでうpに遅れが出ると思います。少々お持ちくださいませ!!(鋭意制作中)

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