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その5

11

翌日、マークはライドルに連れられて聖堂の地下に足を延ばした。聖堂の地下は人が一人通れるほどの広さの通路が拡がり、ひんやりとした空気が流れていた。


『洞窟を掘削しているようだな……』


 自然の通路を抜けると岩盤がくりぬかれたいくつか小部屋のような空間があった。そこにはそれぞれ木戸がつけられている。


『妙な部屋がいくつもある』


 洞窟の壁面には燭台がすえつけられ、ライドルがそこに火をつけると何とも言えない幻想的な雰囲気が地下空間に生まれた。


マークは燭台に火をともしながらひょこひょこと進むライドルの後ろを追った。


『地下水脈があるのか……』


マークがそう思ったときである、燭台に火をともし終わったライドルが振り返った。


『この扉を開いてくれるか?』


ライドルはそう言うと粗末な木戸の前にマークを導いた。


そのドアはところどころ穴が開いていて、ドアのアブさえ外れかけている……


マークはちらりとライドルを見るとそのノブに手をかけようとした。



と、そのときである……



マークは一瞬にして顔色を変えると身構えた。


「ご老人、このドア……」


マークは震える声でそう言うとライドルを見た。


「ライドル家の秘密が知りたいのだろ……それなら、このドアを開けてみよ」


ベアーの祖父はそう言うと何食わぬ顔を見せた。


『どうやら、試されているようだな』


マークはそう判断するとドアの周囲を観察した。


『魔法のカギか……』


ぼろきれをつぎはぎしたようなドアだが、そのドアから漂う『匂い』に対してマークは敏感に反応した。


『わが力見せてやろうではないか!』


 マークはそう判断すると癒やし手の力を最大に発揮した状態でドアノブに手をかけた。ほとばしる魔導の力が右手からオーラとして滲む


『なめるなよ、俺を!』


そのときである、雷撃と思える衝撃が全身を襲った。


                                  *


気付くとマークはベットの上にいた。隣の別途には旅の伴侶であるマリアが眠っている……


『体の節々が痛い……これが霊症か……』


 五感ははっきりしているものの、その痛みは尋常ではない。マークは横たえた身を何とか起こすと浅い呼吸を何度か繰り返した。


と、そのときである、


部屋のドアが開きベアーの祖父がスープをもって入ってきた。


「半日、寝ておったぞ」


ライドルはマークの上半身を起こすとスープを進めた。


「薬草を煎じてある……味はいまいちだがこれが一番効く」


進められたスープを口にするとマークは何とも言い難い表情をみせた。


『……なんだこれは……』


 癒やし手として様々な人間を治療して、その対価として法外な金品を得ていたマークは質素とは程遠い食生活を楽しんでいた。高級食材だけではなく珍味と称される飲食物を金に物を言わせて愉しんでいた。


だが、ライドルの出した薬膳スープは今までに経験したことのない爽快感があった。


「健康ならばうまくは感じないが、体に問題があればそれなりの味になる。」


マークは口に運んだスープが胃に流れると不思議な感覚を覚えた。


「これは……精神に……」


 魔法のカギのかけられたドアの力により中に入ることを阻まれたマークは気を失ってしまったが、スープを飲むと不思議と生命力が沸き立つのを感じた。


「ご老人、明日もう一度、あのドアを開きたいのですが」


マークがそう言うとベアーの祖父は驚いた表情を見せた。


「まだ、やるのか……」


尻尾を巻いて逃げると思っていたライドルであるがマークの決意にはみなぎるものがある。



『ほう~…面白そうな奴じゃな……』



ライドルはそう思うとそのあとは何も言わずに部屋を出た。



12

それから5日……


魔法のドアとの格闘をマークは試みた。癒やし手としての力を行使して真っ向からドアを開けようとしたのである。


だが、結果は芳しくなかった……ドアは開くどころか微動だにしないのである……


『聖痕の力が及ばないというのか……それとも私の修行が足りんのか』


 損傷した内臓や骨折した骨の治癒、そして失明しかけていた目の視力回復など、癒やし手として数多くの病人の命を救ってきたマークは己の力に自信を持っていた。


 さらにマークは癒やし手としての力を高めるための修行を欠かさず行い、日々、研鑽を積んでいた。祝詞をささげるただの僧侶とは違うと自分自身でも自負していた。



 だが、しかしである、目の前にあるぼろきれをつぎはいだような扉は聖なる力ではびくともしないのである。



『もしや、邪悪な力でなければ……開かぬのか……』



マークは考えた。


『あの老人の横柄な態度、そして呪われた聖堂……聖光では無理なのでは……』


そう思ったマークはにやりと笑った。


『ならば、ベクトルを反転させて……』


マークは魔道の力の源を今までと異なる方向からあてがう思考を試みた。



「えい!!」



そして、淡い紫色の光がドアを包んだ……その光は聖光とは明らかに異なる邪悪さを備えているではないか



『……やったか……』



マークは希望を胸にドアノブに手をかけた。



だが、ドアはそれでも開かなかった。



『なぜだ……聖なる力とは異なるベクトルを用いたはずなのに……』



マークが呆然とするといつの間にか現れたライドルが後ろから声をかけた。



「どうやらわかっておらんようだな……」



ライドルはそう言うと入れ歯をはめなおした。


「このドアは魔道の力にたけたものを退けるために作られたものだ。魔道の力に頼っているうちは開かんよ」


ベアーの祖父はそういうとドアを開くコツを口にした。



「正直になればいい、それが大事なことだ」



ベアーの祖父はニコリと笑うとその身をひるがえした。



13

これから3日……


マークはライドルの言葉の意味を考えた。


『正直になればいい……』


掘削された地下空間を閉ざす扉の前でマークは沈思した。


『一体どういう意味なのだ……』


 かつてマークはダリスの寺院における最高幹部の候補生であった。勉学優秀、品行方正、そして魔道の力の行使に関しても秀でており、周りの評価も著しく高かった。魔道に関する研究も研鑽をつみ、僧侶の世界で彼の右に出るものいないところまで上り詰めていた。



『癒やし手のマクドエル』といえば僧侶の世界では尊敬のまなざしが向けられる対象になっていた。



だが、しかしである、現在マークが目している魔法のドアは開かないのである。


『いかなる仕掛けがあるのだ……』

 

 マークが顔をゆがめてそう思ったときである、後方から足音が聞こえてきた。その音は妙にたどたどしく不安げである。


気になったマークは振り向いた。


                                    *


……とそこにはふらつきながら壁に寄り掛かるマリアがいた。


「その体では無理だ……まだ寝ていないと」


マークがそう言うとマリアは倒れるようにしてマークにしなだりかかった。


「脚がまだうまく動かないの……以前よりはいいけど……」


そう言ったマリアは不安げな表情でマークを見つめた。


「あなたの様子……いつもと違うわ……落ち着きがないっていうか……かんがえこんでいるっていうか……形のないパズルを解いているみたい」


 マークと日々を過ごしていたマリアはマークの性質を細かいところまで熟知していた。マークの行動や所作、そして癖までも……

 だが今目の前にしたマークの様子は今までに見たことのないものであった。マリアは人を喰ったようなマークが自信を無くしている姿に不安感をにじませた。


「ああ、いまだに扉を開く『解』に到達していない」


マークはぼそりとつぶやいた。


「少し様子を見てやろう」


マークは気分を変えるとマリアの足の状態を確認しようとした。


「霊症とはいっていたが、だいぶいいようだな……」


マークはマリアの回復がライドルの言っていた通りの結果になっていることに安心した。


「神経障害が和らいでいる……これならあと少しで……」


「『あと少しで』どうなの?」


マリアが尋ねるとマークはにやりと笑った。



「抱けるようになる」



マークがそう言うとマリアは唖然とした。



「……何を言ってるの……」



 そうはいったものの、マリアはマークの発言に対して女としての満足感をにじませた。異性に対して性的魅力を感じさせることは娼婦としては悪いことではない……



「あのじじいも、お前の体には一目置いていたからな」



マークはそう言うと開けたチュニックの胸元へとその手を忍ばせた。


思わぬ行動にマリアは驚きをかさなかったが、聖堂の地下での背徳的な行為に声を詰まらせた。



「この乳房はだれにも渡さん!」



マークがそう言ったときである、その耳にギギッと木戸のきしむ音がはいった。



「………」



「………」



「………扉が………」



「………開いた………」



まさかの事態であった。




なんと扉が開きましたね……一体どういうことなんでしょうか……次回はその解説になると思います。

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