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その2

呪われた寄りの破片を処理した後、二人は母屋に向かった。


 リビングにある粗末な椅子に座るとアルフレッドはアルカ縄を編んで作ったバックパックからハムとチーズを取りだし慣れた手つきでカッティングした。


「これはうまそうですな」


 入れ歯の老人はその眼を輝かせた、あまりいいものを食べていないのが手に取るようにわかる表情である。


アルフレッドはそれを見るとフッ息を吐いた。


「少しはまともな物を食え、僧侶といえども体力がなければ説法も出来んぞ」


アルフレッドがそう言うと入れ歯の老人は葡萄酒をグラスに注いだ。


「3年ぶりのアルコール……」


入れ歯の老人はアルフレッドの言葉などおかまいなしにグラスでたゆたう葡萄酒に目をやった。


                                  *


 酒が進むと二人の会話は砕けたものに変わっていった。先ほどの緊張感は微塵もなく、近況を語り合う2人の姿はどこにでもいる隠居した年寄りに見える……


「50歳を過ぎると歯がやられるのですが、あなたは丈夫そうですね」


入れ歯の老人が羨ましそうに言うとアルフレッドはカカッと笑った。


「体質的に歯周病にはならんようでな」


 歯周病とは顎の骨(歯のつている歯槽骨)を溶かす病気なのだが、加齢(特に50を過ぎると)により進展する。入れ歯の老人はすでにほとんどの歯を失っているようで入れ歯がないと話すことさえままならない……


 だがその一方、食欲は旺盛でアルフレッドの持ってきたハムやチーズをバクバクと頬張った。噛まずに飲み込んでいるようにも見える……


「美味いですな、このチーズ、ワインとあう」


「そのチーズはドリトスにある牧場で買ったものだ。」


アルフレッドはそう言うと食通としての一面を見せた。


「バーリック牧場っというのだがここの生チーズは美味い。日持ちがせんからここにはもってこれんかったが、ドリトスに行ったときはあのチーズを食うべきだ。」


アルフレッドはそう言うとその眼を細めた。


「実はな、その牧場を教えてくれたのがお前の孫なんだ」


入れ歯の老人が『孫』と言う言葉に驚くと再び入れ歯が外れた。


「ふちのまごひゃ、、なにゃひゃ、ひたんですは?」


ハフハフ言うだけで何を言っているかわからないアルフレッドは首をかしげた。


「ライドル、とりあえず、入れ歯を嵌めなおせ……」


                                  *


この後、アルフレッドはベアーの祖父であるライドルにベアーの近況を伝えた。


「貿易商の見習いとして元気そうにやっているよ、フォーレ商会という小さな会社でな」


アルフレッドはそう言うとその顔つきを変えた。


「実はな、ゴルダで問題があってな……その時にもお前の孫に会ったんだ。」


言われたベアーの祖父ライドルはその顔色を変えた。


それを見たアルフレッドは大きく息を吐くと人体錬成に関わるゴルダの闇に触れた。


                                   *


「……そんなことが……」


ライドルがそう言うとアルフレッドは鷹揚に頷いた。


「ああ……その結果、さきほどの破片に至る。あの金属片は鉄仮面をかぶった騎士の一撃を受けた兵士の鎧だ。」


「一撃を受けただけで呪われたということですか……」


ベアーの祖父はそう言うと歪んだ表情を浮かべた。


「……騎士自身が呪われているんでしょうな」


ベアー祖父はそう言うとポツリとこぼした。


「『原初の呪い』」


それを聞いたアルフレッドは小さく頷いた。


「お前もそう思うか……」


 2人は原初の呪いという罪深い響きに言葉を無くした。そこにはその言葉を口にすることさえ厭う雰囲気が滲んでいる。だが答えが分かったところで対応する術がないらしく二人はその後しばし沈黙した。


アルフレッドは葡萄酒をつぐとベアーに触れた。


「お前の孫がおらねば、私はあの地で命を失っていた。化物のような鉄仮面の気をひいてくれたおかげで、今の私がある……」


アルフレッドは人体錬成と言う人の闇に酔いしれる鉄仮面の姿を訥々と話した。


「……不細工なロバがおってな……そのロバが立ち回ったおかげで暇ができた。そしてつなぎをつけた魔導兵団が間に合ったんだ」


ベアーの祖父ライドルは思わぬ存在にその顔を歪めた。



「ロバですか……」



ベアーの祖父は初代ライドルとともに魔人と戦ったという駿馬のことを思い起こした。



『まさかな……あれはあくまで伝説……』



ベアーの祖父はそう思ったものの、ロバの存在に何やら不可思議なものを感じていた。



そんな時である、母屋のドアを叩く音が聞こえた。


「はて、今日は来客が多いな」


ベアーの祖父はそう言うと母屋の戸を開けた。


「ほう」


 ベアーの祖父の前には二人の人物が立っていた。一人は品のいい町人と思える服を着た男であり、もう一人は胸元の開けたチュニックを着た肉感的な女である。


ベアーの祖父、ライドルは二人に優しげな視線を投げかけた。


「礼拝のご用ですかな?」


ベアーの祖父がそう言うと男の方が答えた。


「ええ、祝詞をお願いしたいのですが」


口ひげをはやした30代の男が意味深にそう言うとベアーの祖父はにこやかにほほ笑んだ。


「お布施をいただきますが、よろしいかな?」


 にこやかな笑みの中には守銭奴と思しきいやらしさが含まれている。町人の男はその顔を見ると何とも言えない表情を見せた。


                                   *


 ベアーの祖父はアルフレッドに対して客が来た旨を伝えた後、二人の客を礼拝堂に案内した。多少の葡萄酒を飲んでいたためほんのりと頬は赤くなっているが、むしろアルコールの力で足取りは軽い。


「おふたり、こちらですぞ」


ライドルはそういうと二人を礼拝堂の中に招き入れた。


「準備がありますので、しばしお待ちを」


ライドルは二人にそう言うと祝詞をあげるための盛装に着替えるべく礼拝堂をから出て行った。


                                    *


「ねぇ、大丈夫なの、あの年寄り……軽く酔ってるわよ」


肉感的な女がそういうと、品のいい男がそれに答えた。


「さあな……」


その物言いには妙な余裕が感じられる。


「あの年寄りが本物かどうか……気になるところだな」


口ひげを生やした男はそう言うとかつてのことを思い出した。



『ベアーよ、お前の祖父はいかなる人物か、この目で確かめさせてもらうぞ』



男は好奇心に彩られた表情を見せた。



「ライドル家、呪われし一族……どのような力があるか見せてもらおうか」



壮年の男はひとりごると、心配する女をよそに礼拝堂の台座をねめつけた。




ベアーの祖父は大体こんな感じの人なのですが……そのもとに新たな客がやってきました。


さて、この客……いったい誰なのでしょうか?(すでに出てきた人物です!)

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