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挿話 その1

この挿話は『ゴルダ編』が終わって少したってからのことになります。時間軸的には戻る感じになります。ややこしくてごめんなさい……

燦々と太陽が輝く村道を一人の男が歩いていた。男は年を取っているものの、老人とは思えぬほど筋骨が逞しく、歩く速さも若人と変わらぬものがあった。


「久方ぶりだな……ここに来るのは」


フードを目深にかぶった老人は目の前にある建造物に目をやった。


 その視野には小さな礼拝堂と石造りの母屋があった。歴史を感じさせるその礼拝堂は小さいながらも威厳があり、素朴でありながらも力強い印象がある。豪華絢爛という言葉とは対極的な建造物だが、風景になじんだ趣があった。


 老人はそれを見やると今度は小さな母屋の方に目をやった。白煉瓦を積み上げてたてられた建物はところどころ風化していて礼拝堂とは異なり粗末な造りである。


 老人は母屋の煙突から出ている煙を眺めるとその足を速めた。どうやら目当ての人物は家屋のなかにいるようである。


老人は母屋の入り口に近づくとゆっくりと木戸を叩いた。



すぐに反応はあった、ぎしぎしと軋んだ音がして木戸が開くとそこから小柄な老人が顔を出した。


「ひょっと、おまひくははひ、はひゅ……」


戸をあけた老人は何やらわけのわからないことを言うとすぐに奥に引っ込んだ。


「……入れ歯か……」


筋骨たくましい老人はひとりごちると奥に行った老人が戻ってくるのを待った。


程なくすると小柄な老人が戻ってきた。


「さあ、お入りください、アルフレッドさん」


小柄な老人がそう言うと筋骨たくましい老人が口を開いた。


「お邪魔する」


2人の老獪な老人は母屋のリビングにあるテーブルに腰を下ろすと顔を見合わせた。


「久方ぶりだな、25年になるか」


アルフレッドと呼ばれた老人が話しかけると入れ歯の老人が小さく頷いた。


「一ノ妃様の戴冠式の時、以来ですね。」


入れ歯の老人は空気が抜けるような音を発しながら答えた。


「お前、入れ歯があってないんじゃないのか?」


アルフレッドに言われた小柄な老人がフォッフォッと笑うと入れ歯が外れてテーブルの上に落ちた。



2人の間に沈黙が訪れる――何とも言えない雰囲気が母屋のリビングに生まれた……



小柄な老人は何事もなかったかのように入れ歯をはめなおすとアルフレッドに向き直った。


「ところで御用件は?」


言われたアルフレッドは咳払いをひとつすると、懐から妙な模様の描かれた布を出した。


テーブルに置かれたそれを見た入れ歯の老人はその顔つきを変えた。


「ほう、これはまた……」


その表情は実に罪深い、明らかに禁忌に触れていることを了解している。


「亜人の呪術師の編んだ布で覆ってある、人体に害はない」


 アルフレッドがそう言うと入れ歯の老人は繁々とそれを眺めた。そして手を伸ばすとたたまれた布を開くようにして広げた。


「金属の破片……鎧か盾ですな……これは魔導兵団のものですね」


入れ歯の老人が布に包まれた金属片をジットリと見るとアルフレッドが声をかけた。


「お前の意見を聞きたい」


言われた入れ歯の老人はアルフレッドを見ると口を開いた。


「よろしいですけど……無料ただと言うわけにはまいりませんよ」


そう言った入れ歯の老人は実に嫌らしい。


「わかっておる」


アルフレッドはそう言うとアルカ縄であんだバックパックを開いて中を見せた。


そこにはチーズ、ハム、葡萄酒、そしてチョコレートが入っていた。


入れ歯の老人はそれを見て嬉しそうにするとアルフレッドに含みのある笑いを見せた。


                                  *


金属片をひとしお眺めた老人はポツリと呟いた


「とても、旧い……原初の呪いですな」


入れ歯の老人がそう言うとアルフレッドは呻った。


「やはり、そうか……」


アルフレッドは自分の予想が正しかったことに落胆した。


「このようなものをどこで?」


入れ歯の老人が厳しい表情で尋ねるとアルフレッドは表情を変えずに応えた。


「ゴルダだ。ゴルダ卿が禁忌の実験を行いおってな……そこでひと悶着あった。」


アルフレッドがそう言うと入れ歯の老人は具体的な中身を聞くことなく大きな息を一つはいた。


「何はともあれ、これを処理せねばなりません……このような不道徳なものはこの世にあってはなりません……」


入れ歯の老人はそう言うと金属片を納めた布を取るとやおら立ち上がった。



礼拝堂の中に入ると形容しがたい静謐な空気が二人を襲った。その空気は二人の老人を排除するような息苦しさを与えた。


「礼拝堂自体が『呪い』に対して抗っております。」


入れ歯の老人はそう言うと説法を説くための祭壇へと足早に進んだ。


「あなたはそこで待っていてください。」


老人はアルフレッドに後ろで控えておくように言うと金属片を納めた布を祭壇の上においた。



そして――



「ムンッ!!!」


老人は気合を入れた声をあげるとなにやら文言を唱え始めた。現在では耳にすることのない言葉である。



『……イニシエの言葉……』



アルフレッドはそう思うと入れ歯の老人の一挙手一動をその眼にした。


小柄の老人の背中から後光があふれるとアルフレッドはそこに魔導の息吹を感じた。



『不道徳な光……解呪の魔法とはあのようなものか』



紫紺と思える輝きは瘴気ともとれる、それは聖光とは言うには程遠い……仄暗く澱んで靄がかかっていた。



『……毒を持って毒を制す、解呪とはそういうことなのか……』



アルフレッドは入れ歯の老人から発せられる紫紺の輝きを目にすると脳裏にそんな考えが浮かんだ。


                                  *


そんな時である、入れ歯の老人が気合を込めた一言を発した。



「喝!!!」



 その刹那である、小柄な老人の入れ歯が外れた。外れた入れ歯は祭壇にぶつかるとコツンと言う音を立てて石畳に落ちた。



何とも言えない空気が礼拝堂に訪れる――



『………』



アルフレッドは思わぬ事態にたじろいだ。



『……まさか、失敗か……』



アルフレッドがそう思った時である、


 小柄な老人は祭壇から落ちた入れ歯を拾うとそれを何事もないかのように口の中に入れた。そしてもごもごと入れ歯の嵌り具合を確かめると納得した表情を浮かべた。



「もう大丈夫ですよ、呪いの方は」



小柄な老人はそういうと何とも言えない笑みを浮かべた。


アルフレッドはにこやかに笑う老人を見ると嘆息した。




挿話ではベアーの祖父についてその『ひととなり』を書いていきたいと思います。本編には現段階では関係ありませんが、後々、何らかの形でベアーの祖父が物語に関わると思います。

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