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第二十六話

66

それから2日後――


 バイロンがお茶会の報告をするために怪しげな骨董屋の二階を訪れるといつものようにマーベリックがお茶を入れていた。


バイロンが元気よくドアを開けるとその鼻にかぐわしい紅茶アールグレイの芳香が抜けていく。


「とってもいい香り!」


バイロンがそう言うとマーベリックはいつもの席に座るようにアイコンタクトした。


                                   *


バイロンは香しい紅茶を楽しみながらお茶会について発言した。


「びっくりしたわ、もう駄目だと思った。だけど最後は大逆転でしょ……」


バイロンが一ノ妃に渡された書状に触れると、それに対してマーベリックが淡々と答えた。


「魔導兵団の力を借りたんだ。キャンベルの館の燭台から証拠となるものが見つかってな……それが決め手となった。一ノ妃様もお茶会の最後であのようなことが起こるとは思っていなかったようで驚いておられた。」


マーベリックはそう言うとバイロンを見た。


「お茶会での司会、見事だった。あのときの時間稼ぎがなければ大変なことになっていた。」


マーベリックに面と向かって褒められたバイロンは気恥しくなった。


「ちょっとやめてよね……」


バイロンがそう言うとマーベリックがそれに答えた。


「レイドル侯爵様はこの度の働きで、お前の母親の面倒を一生みることを決められた。お前が我々の謀者を辞めた後でもな――金銭の仕送りも心配する必要はない。」


言われたバイロンは気がかりである母親の経済的な側面がスッと心中から消えるのを感じた。


「お茶会での時間稼ぎがなければダリスにとって芳しくない議決がなされていたはずだ。それを阻止したんだ、その位の見返りは当然だ。」


マーベリックは涼しい顔でそう言うとバイロンに二ノ妃に関する報告を求めた。


                                     *


尋ねられたバイロンは二ノ妃について触れた。


「お茶会の後もポーカーフェイス……何も変わらない様子……内心はどうだかわからないけど……」


二ノ妃についてバイロンが言及するとマーベリックがそれに答えた。


「専属メイドのミネアが死んだことで動きが取れんのだろう、しゃべらんことが一番の保身になる。沈黙は金だ」


マーベリックがそう言うとバイロンが驚嘆した表情を見せた。


「……ミネアさんが死んだなんて……」


バイロンがそう言うとマーベリックは変わらぬ口調で続けた


「……口封じだ……こちらが拘束する前に敵が先に動いた。」


マーベリックは窓の外を見てそう言った。その眼は爬虫類を思わせる感情のないものである。


「二ノ妃の家紋のはいったチョコレートに白金を入れて貴族に付け届けをしていた連中はもうダリスにはいない。そのほとんどが姿を消した……チョコレート店の店主も首を吊っていた。先んじてパストールが手を打ったんだろ」


ミネア以外にも口封じされた連中がいることを知らされたバイロンは顔色を失った。


「……そんなことがあったなんて……」


バイロンはそう漏らすとパストールに対して強い敵愾心を持った。


「パストールのことは気に喰わないわね、あいつが今回の黒幕なんでしょ!」


バイロンが不愉快そうに言うとマーベリックは落ち着いた表情で言った。


「奴はもう船の上だ。お茶会の後すぐに出航している……勘のいい男だ。」


マーベリックは『風』を読んですぐさまに行動するパストールの動きを当然だと言い放った。


「……もう捕まえられないのね……」


バイロンが残念そうに言うとマーベリックは相変わらず涼しい表情で答えた。



「そうだな」



 マーベリックは平然とそう言ったが、紅茶を口にする様子は異様なまでにおついている――あれだけの事件があったにもかかわらずだ――バイロンは直感的に『何かある!』と悟った。


気になったバイロンは尋ねようとしたがそれを制してマーベリックが先に発言した。



「今日はお開きにしよう」



言われたバイロンはマーベリックの眼の中に何やら仄暗い輝きがあることに気付いた。



『……聞いても無駄ね……』



バイロンはそう思うとスクッと立ち上がりマーベリックを見た。


「これ!」


バイロンはポーチから小さなブリキの缶を取りだした。


「役立つと思うわよ」


バイロンはそう言うと元気よくドアを開けて階段をかけ降りていった。


                                    *


 マーベリックはバイロンが出ていくと、さきほどのブリキ缶を手に取った。高さ1、5cm、直径5cmの円形のもので、そのふたには青々とした植物の絵が描かれている。


『これは……軟膏か……』


鋭い勘がマーベリックに訴えかける


『あいつ、まさか……』


マーベリックが窓際によって外を眺めるとバイロンが手を振っていた。


 バイロンはマーベリックと目が合うと脇をおさえるジェスチャーをみせた。どうやら『軟膏を脇につけろ』という意味らしい。



『……怪我に気付いていたのか……』



ソフィーとの戦いにおいて負傷したマーベリックの傷は浅くはない。



『……いい勘をしている……』



 バイロンの演出にマーベリックはその顔をほころばせた。いつもならクールな反応しか見せないマーベリックであったが自然と片手をあげていた。



『俺は、なぜ手を振っているんだ……』



マーベリックは自問自答したが素直な反応も時には悪くないと思いなおした。



67

バイロンが第四宮の待機所に戻ると何やら妙に騒がしい。バイロンはその様子を見ると状況を確認するべくメイドたちの輪の中に押し入った。


「みなさん、騒々しいですよ!」


 バイロンが頭突き女子の片鱗を見せるとメイド達は押し黙ったが、それにかまわず瓦版を手にしたマールが驚きの表情をみせてバイロンの所に走ってきた。


「副宮長、これです!!」


瓦版を渡されたバイロンはその見出しを見て驚きの表情を見せた。



≪パストール商会の会長、パストール氏を乗せた商船が大海の真ん中で座礁した模様!!! 救助活動は難航――乗客、乗組員の安否は不明!!≫



 バイロンはその見出しを見て驚愕の表情を浮かべたが、その脳裏に紅茶をすするマーベリックの顔が浮かんだ。



『……あいつ……やりやがったな……』



闇にうごめく人間の報復だと悟ったバイロンは神妙な面持ちを見せた。



『乗組員が不明って……やばいわよね……』



だが……その思いとは別の考えも同時に浮かんだ



『……不慮の事故よね……きっと……そいうことにしておこう……』



バイロンはそう思いなおすと何食わぬ顔を見せた。



そんな時である、明るい声が後ろから飛んだ。



「やっぱり悪いことはできないものね~」



 そう言って声をかけてきたのは宮長のリンジーである、その顔色は倒れた時とは違い血色がいい。リンジーは朗らかな表情を見せてバイロンに近づいた。



「その瓦版を読んだら『祭り』が始まったの!」



「祭り……何のこと?」


バイロンが訝しむとリンジーがペシャリと凹んだ腹部を見せた。バイロンはそれを見るとその眼を大きく見開いた。


『ぽっこりお腹が……へこんでる……まさか祭りって……』


リンジーはバイロンを見るとニヤリと笑って『何かをやり遂げた』成就感を醸し出した。



『パストールの不幸をきっかけにして便秘を解消するなんて……リンジー、凄すぎる……』



 空気を読まないどころか、敵の不幸を自分の健康へとつなげるリンジーの姿勢にバイロンは宮長として精神的な成長を感じざるを得なかった。






 これにて10章は終わりとなります。ここまで読んでくださった方、ありがとうございます。そして感想をくださった方、本当にありがとうございます。感想の力は物語を『完走』するのに必要なポーションなのですが、このおかげで10章も何とかなりました、重ねて感謝いたします!!


 さて、次回ですが11章(ベアー編)か新作(ファンタジーではない学園もの)のどちらかをやるつもりです。6月くらいからやると思うのでしばらくお待ちください。


ではみなさん、またね!!!(花粉症の季節がやってまりました、地獄の始まりです……)


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