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第二十四話

62

パストールの娘、ソフィーと対峙したマーベリックはその面をねめつけた。細いおとがい、薄い唇、そして病的なまでに白い肌、その容姿こそ16,7の少女であるが蝋人形のようにも見える。


少女はククッと嗤うとマーベリックに話しかけた。


「わが一撃、よく避けたではないか。」


 言われたマーベリックはその表情を歪めた。


「避けた褒美に一ついいことを教えてやろう」


ソフィーはそう言うと意味深な表情を見せた。


「お前が手下に拘束させようとしていた女はもうダリスにはいないぞ」


少女が感情の薄い物言いで話すと、マーベリックが即座に反応した。


「二ノ妃の専属メイド、ミネアのことか……トネリアに逃がしたのか」


マーベリックが脇腹をおさえながら尋ねるとソフィーはかぶりを振った。



「いや、冷たい土のなかだ」



その物言いは実に事務的で、人を殺したことに何の感慨もない様子である……


「余計な人間はいないほうがいい、お父様もそう言っている……」


ソフィーはそう言うと天に向けていた人差し指をマーベリックに向けた。



「もちろん、お前もだ!!!」



 ソフィーがそう言った刹那である、マーベリックは右に飛んだ。それと同時にマーベリックの後方にあった枯れ木がたおれた――その断面は鋭利な刃物で切断されたように鮮やかである。


「よく避けたな……」


ソフィーはそういうと再び人差し指をたてた。


 マーベリックは嬉々としたソフィーの表情を見ると自分の置かれた状況が極めて厳しいことを認識していた。


『このままでは……やられる……だが、そうはいかん……』


そう思ったマーベリックは最後の賭けに出た、そこにはわずかながらも勝算がある。


『……アレが本当なら……』


マーベリックの脳裏に懐にある書状を書いた筋骨たくましい老人の一言が浮かぶ。



≪魔導の力を行使する者に合法的な手段を用いる必要はない。目には目を、歯には歯をだ。いざとなった時はこれを使え≫



マーベリックはその言葉を思い出すとジャケットの胸に入ったポケットチーフを確認した。



≪術者の20m圏内にはいれ。さすれば効果が発揮される≫



 マーベリックは筋骨たくましい老人の言質を信じるとヒビの入った脇腹など気にせず疾風のごとくソフィーに向かって走った。


                                   *


向い来るマーベリックを確認したソフィーは口角をあげて微笑んだ。


『馬鹿が、自ら死にに来るとは……』


勇猛果敢に走り込むマーベリックの姿は見たソフィーは笑いが止まらなかった。


『これほどのアホとは思わなんだ』


ソフィーはそう思うと右手と左手で『印』を結んだ。


『これで終わりだ、レイドル侯爵の執事よ!』


 その瞬間である、ソフィーの手から緑光が放たれた。その緑光は周りの空気を凝縮させて風のカマイタチを創りあげるとマーベリックをとらえんとした。


 ソフィーの脳裏には胴体と下半身を切断されたマーベリックの姿が浮かんでいる――その表情は人を殺めることに快感をおぼえた悪鬼であった。



だが……ソフィーの眼には彼女の想定した『絵』は描かれなかった。



「……そんな……」


街道から少し離れた雑木林で嘆息を漏らしたのはマーベリックではなかった。


「何故だ、私の力が……」


胸をざっくりと切られて倒れているのはなんとソフィーであった。


マーベリックは脇腹をおさえながらソフィーに近づいた。


「己の力を過信したようだな……」


マーベリックは執事服の胸ポケットから何やら紋様の書かれたポケットチーフを取りだした。


「聖骸布というものだそうだ、魔導兵団の長に渡された。」


 マーベリックが筋骨たくましい老人、アルフレッドから渡されたものに関して触れると息も絶え絶えにソフィーは答えた。


「……反射の護符か……」


 反射の護符とは300年前、魔人との戦いにおいて創造されたものである。魔導の力を持たない兵士が魔導士と戦う時に身に着けた代物だ。その効果は術者の術を相手にそのまま返すという……


すなわちソフィーは自ら行使した魔道の力をそのまま跳ね返されてその身に受けたことになる。


「魔導兵団か……ぬかったわ……」


ソフィーが気絶するとマーベリックは立ちあがった。


『後は魔導兵団の連中が片付けるだろう……』


マーベリックはそう判断すると『宮』に向かうために街道へと急いだ。



63

バイロンは渡された用紙を手に取ると、議題の議決を取るべく大きな声でゆっくりと貴族たちに語りかけた。


「えっ~~~『ダリスとトネリアの友好関係について』ついてでございます……」


バイロンはそう言うと具体的な内容が記された裏面をゆったりと話した。


「現在ダリスでは血統が帝位継承の条件でありますが、それだけでは子孫存続の危機に対応できません、それゆえに帝位に準じる位を持つ方にも継承権が与えられてしかるべきではないかという……」


バイロンは文面を読みながらトネリアとの関係をよくするという方便に貴族の知的な嫌らしさを感じた。


『付け届けと写し絵の弱みを握られた貴族が帝位継承権を改変する……この国の貴族は腐ってるわ……」


バイロンは内心そう思ったが、彼女にこの場を変える力があるわけではない……バイロンは変わらずのゆったりとした口調で続けた。


「のちのダリスの繁栄を鑑みまして帝位継承の改変に賛成される方の挙手をお願いいたします。」


バイロンが少しでも時間を稼ぐためにゆっくりと言ったが、どうやらそれも無駄なようである。レイドル侯爵の姿も消えているではないか……


『間に合わなかったのね……マーベリック……』


                                   *


 バイロンが採決するために挙手を促すとその場にいた貴族たちはレナード公爵以外の全員が手を上げた。


圧倒的な数の差が視覚的に確認される。


『みんな裏切ってんじゃん……』


バイロンはそう思うと今度は反対する者の挙手を促した。


「では反対する方、挙手をお願いします」



反対したのはレナードだけである……



バイロンはどうにもならない現状を憂いたが、司会進行役として話は進めねばならない……


「では、この議題は賛成多数で……」


 バイロンがなくなく帝位継承の改変を認める結論をくだそうとした時である、突然、レナードがテーブルをひっくり返して立ち上がった。


会場が静まり返るとレナードに注目が集まる、


「おまえたち、自分たちの行っていることがわかっているのか!!」


レナードは憤怒の表情を浮かべると正論を振りかざした。


「お前たちは売国奴か、二ノ妃様といえども帝位継承に関して他国の人間にその権利を与えようなどと、ゆるせることではないだろう!!」


レナードがそう言うと、会場の貴族たちはみな押し黙った。


「今一度、考え直せ!!!」


レナードがそう言うと、1人の貴族がスクッと立ち上がった。


「レナード様、一度採決された議決は覆るものではありません。そのほうがおかしなことになります」


そう言ったのはバイロンに全裸で襲いかかってきた男、股間プラプラ卿、もとい、キャンベル卿である。


キャンベルはレナードを一瞥した後、会場の貴族を見回した。


「みなさんは、どうおもわれますか?」


 白金入りのチョコレートを貰い、さらにはキャンベル卿の別邸で行われたマスカレードで乱痴気騒ぎをさとられた貴族たちはその顔色を亡くした。そこには反論する気力など微塵もない……


それを見たキャンベルは雄々しい口調で語った。


「採決が下された後、物申すことがゆるされれば、採決の意味がありません」


キャンベルがそう言うとレナードが歯噛みした。


「貴様、パストールに寝返ったのか!!」


レナードがそう言うとキャンベルは何喰わぬ顔で口を開いた。


「みっともないですぞ、レナード卿」


 キャンベルが揶揄する口調でそう言うとレナードは腰につけたショートソードを抜こうとした。その表情は明らかに激情に駆られている……


 議論の場で力の実力行使をすることは許されることではない……むしろそれは恥ずべきことである。だがレナードは子飼いのキャンベルに裏切られたことでその自制心を失っていた。


思わぬ事態が発生したことでお茶会に不穏な空気が生まれる。


『いいぞ、このまま、混乱しろ!!!』


バイロンは意図せぬ混乱が生じたことに内心ワクワクし、その鼻の穴を大きく広げた。


 ソフィーと対峙したマーベリックはアルフレッドの力でなんとかその場を切り抜けますが、まだお茶会の会場には到着できてはいません……


 一方、バイロンはお茶会の議決をとりますが、レナード卿が乱心したことで状況が変化して混乱が生まれます。


果たして、この後、お茶会はどうなるのでしょうか?


*次回でお茶会は終わりとなります。

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