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第二十三話

58

午後のお茶会は議題の議決を取る――キャンベル卿はその時のために貴族たちの意見を取りまとめていた。


 写し絵とチョコレートに入った白金の付け届けを指摘された貴族たちはキャンベルの言いなりであり、誰一人として異議を唱える者はいなかった。


 バイロンはその様子をマーベリックから渡された集音器を使って把握していたがキャンベルの策は完璧と言えるほどに浸透していた。


『股間ブラブラ卿……もとい、キャンベル卿……効果的な恐喝でほとんどの貴族を取り込んでる』


バイロンは集音器からの会話を精査したが議決は帝位の改変へと傾いていた。


『これってまずいわ……国の形が変わっちゃう……』


バイロンがそう思った時である、後ろから肩を叩かれた。


 バイロンがビクッと肩をすくませて振り向くと、そこには包帯で顔をまいた貴族が立っていた。人を寄せ付けない独特の雰囲気が体全体から滲んでいる。バイロンは蛇に睨まれた蛙のようになった。


「マーベリックが会場に着くまで時間を稼げ……」


包帯の貴族はバイロンにそう言うと何事もなかったかのようにその場を離れた。


『……レイドル侯爵……』


バイロンのリドラを経済的に支えてきた男である


『時間を稼げって……一体どうやって』


バイロンがそう思った時である、バイロンの所に血相を変えたルッカが走ってきた。



「副宮長、大変です……宮長が……」



 ルッカの差した方向にはリンジーがうずくまっているではないか……バイロンが急いで駆け寄るとリンジーが青白い顔を見せた。


「どうしたの、リンジー!!」


バイロンが声をかけるとリンジーはお腹を押さえた。



「便秘が……便秘が……」



 もともとお通じに問題のあるリンジーだが、お茶会のプレッシャーはただの便秘をストレス性の悪性便秘へと変転させていた。


「……ヤバイ……」


真っ青な顔のリンジーはそう言うとバイロンを見た。



「……司会進行……」



 宮長は議決を取る前段の議事進行を式典のマニュアルに則ってしなくてはならないのだが、体調を崩したリンジーには厳しい状況になっていた。


「バイロンお願い……」


リンジーはそう言うと臀部からプス~ッという音をさせた。


辺りに形容しがたい悪臭が立ち込める――


 その刹那である――放屁をまともに受けたルッカが白目をむいて倒れた、その口からは魂が吐き出されているではないか……


『……ヤバイ、ルッカさん……死んじゃう……』


 バイロンはそう判断するとハラミ女子となったマールに素早く救護の指示を出した。気を利かせたマールは朋輩を連れるとすぐさまルッカとリンジーを担架に載せた。


『リンジーはとルッカさんはこれで大丈夫……」


だが、状況は予断を許すような甘いものではない。宮長であるリンジーがいない現実は極めて厳しい……


『……どうすんだ、この状況……』


 バイロンは卒倒しそうになったが、つつがなくお茶会は進行させねばならない……第四宮の仕切るお茶会で問題があったとなればメイドとしてのメンツがつぶれてしまう。もちろんバイロンとリンジーは自動的にクビになるだろう……



『こうなれば、司会進行は私がやるしかない……』



 バイロンはリンジーに手渡された原稿つきのマニュアルを見た。そこには事細かに式典の進行について指示がある。


『……こんなに話す内容があるの……』


そう思ったバイロンは辟易したが、それと同時に別の考えがにわかに浮かんだ。



『……これ、うまくやれば時間が稼げるんじゃ……』



バイロンは司会進行という役目が時間をコントロールする立場にあることを瞬間的に理解した。



『ピンチは……チャンスか……やってみる価値はあるわ』



バイロンはその哲学をぶっつけ本番の司会進行役のなかで体現しようと腹に決めた。



59

すべての議論が終わり午後になった……議決の時がやってきたのである。


バイロンは壇上に上がるとテーブルに着いた貴族たちを見回した


「では、今から式典の最後を飾る議題の議決を取りたいと思います。ですがその前に、一言触れさせていただきたいと思います。」


バイロンはそう言うと自分が倒れた宮長の代わりであることを述べた。


「皆様には大変ご迷惑をかけると思いますが何卒ご了承くださいませ」


 バイロンはそう言うと深々と頭をさげた。丁寧な謝罪は10秒以上かけておこなわれた。それを見た貴族たちは別段反応を見せない。


バイロンはそれを悟るとリンジーの書いた原稿に目を落とした。


「では、みなさま、早速ですが議題の議決を取っていきたいとおもいます。」


バイロンはわざとゆっくりとした口調でマニュアルを読み上げた。



 バイロンが考えた時間稼ぎの方法は丁寧な口調でゆっくりと話すという極めて原始的な方法である。立ち居振る舞いさえ問題なければ猶予は稼げると踏んだ。


『速く来てよね……マーベリック……』


バイロンはそう思うと原稿をハキハキとした口調で読み進めた。



60

一方、その頃マーベリックは早馬を走らせていた。


『この書状なんとしても届けねばならない……』


 マーベリックの懐にはお茶会の行方を左右する重要な資料が入っていた。とある人物に鑑定を依頼したものである。そしてその内容にはダリスの未来をひっくり返すほどのインパクトがあった。


『急がねば』


 マーベリックが手綱を取った早馬は地を蹴った。疾風怒濤という言葉があるが街道筋を砂煙をあげて疾走する様はまさにそれであった。野良仕事を終えて一休みしていた農夫はその様子を見るとポカンと口を開けた。


『あと少しだ、あと少しで都の入り口だ!』


 マーベリックが手綱を強く握りそう思った時である、その身に何やら不可思議な圧力を感じた。それは、街の路地裏で魔導の力をその身に受けた時に感じたモノと同じであった……


――瞬転――


マーベリックは馬の鞍から飛び降りた。


――その刹那――


 マーベリックの乗っていた馬は悲鳴さえあげることなくその場にバタリと倒れた、その首から上は存在していない。馬の頸部は剣で切られたように綺麗な断面が晒されている。


『危ない、あの一撃をまともに受けていれば即死だった……』


 マーベリックは茂みをクッションとして受け身を取っていたが、着地した時の衝撃で再び肋骨にヒビをいれていた。


『………』


 マーベリックが無言で痛みをこらえたときでる、あの路地で聞いた声と同じものがマーベリックの耳に入ってきた


『パストールの娘、ソフィーか……』


マーベリックはその声を聴くとその眼を細めた。


『……次はないな……』


 マーベリックはそう判断すると勝負に出た。その身を茂みから現すと、脇腹をおさえながらソフィーの前に躍り出たのである。


その様を見たソフィーはマーベリックに嗤いかけた。


「よく避けたじゃないか?」


ソフィーはマーベリックの胸に目をやった


「お前の懐に納めたその書状、お茶会に届けさせるわけにはいかん」


ソフィーが薄ら笑いを浮かべるとマーベリックは口を真一文字に結んだ。



61

一方、その頃バイロンは……


議題の採決を取りながらゆっくりとした議事進行をしていた。


 各テーブルについたメイドが貴族の提案した議題を記した用紙をバイロンの所に運んでくる。バイロンはそれらを貴族の階級ごとに分けると議事進行を続けた。


 そんな時である、気になる議題が書かれた用紙がバイロンの手元に運ばれてきた。その用紙には『ダリスとトネリアの友好関係について』と記されている。


それを見たバイロンは直感的に悟った。


『この友好関係が帝位継承に関する改変が含まれているんだわ』


バイロンは次の議題の採決がこの国の未来を占うことになると生唾を飲んだ。


 そんな時である、新人のメイドが議決を記した用紙をその手から落とした。会場の雰囲気にのまれ緊張した結果である。


『ナイス!!!』


バイロンは意図せぬ新人の粗相により時間稼ぎが策を弄せず実行できることに内心うれしくなった。


バイロンはすぐさま貴族たちに謝罪するとわざとゆっくりと集計された用紙を数えなおした。


「少々、お待ちくださいませ!!」


 司会進行をしているバイロンはわざと時間をかけて頭を深々と下げた。一見すると丁寧に見えるが所作だがそうした行為も時間がかかる……


『何でもいいから時間を稼がなきゃ……』


 地味な行為ではあるがこうしたものも積み重ねである、バイロンは意図的な時間稼ぎが功を奏することを願った。




 お茶会は議決の時を迎えました。バイロンはリンジーの代わりに司会となって時間を遅らせる努力をしています。

 一方、重要な資料を手にしたマーベリックはパストールの娘と対峙することとなりました。ですがマーベリックの状況は決して明るいものではありません……


はたして、この後、物語はどうなるのでしょうか……


* 次回と次々回がお茶会のクライマックスとなる予定です。

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