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第二十二話

55

お茶会当日――


 雲一つない晴天がダリスの宮庭には訪れていた。そこでは気品のある日よけ傘により演出されたテーブルが20脚ほど設置され、その上には豪奢なティーカップとポットが置かれている。


「いらっしゃったわ」


 バイロンとリンジーは会場に訪れる貴族たちの様子を見ながらメイドたちに指示を送ると、それぞれのメイドは自分の担当する貴族をネームプレートのついた席へと案内した。


                                  *


 貴族たちが席に着くと開会のあいさつが一ノ妃により執り行われた。老眼鏡をかけた一ノ妃が事務方により練られた文面を読むと、周りの様子がにわかに変わった。優雅な時間が流れるはずの会場に独特の熱気が生まれたのである。


 挨拶が終わると貴族たちは自分の席を離れて移動すると、思い思いの相手と議論をかわし始めた。その表情は優雅な貴族とは程遠く、妙に生臭い……


バイロンはお茶や菓子といったものを補充しつつ、貴族たちの話す様子を確認した。


『みな目が血走ってるわ……』


 バイロンは利権を縛る法律をいかにして都合のいいものにするか激論する貴族の姿を浅ましいと思ったが、その姿の中に人間性の一端を垣間見ていた。


『礼服やドレスで着飾っても、その実情は家庭の痴話喧嘩みたいね』


 高級貴族の婚姻関係はかなり近しいところで行われる。滔々と流れる血脈を維持するために高級貴族同志でしか交わらないのだ。それゆえ名のある名家もほとんど親戚のような関係で、議論の行方も兄弟、姉妹喧嘩のような様相を帯びている。


『これがお茶会か……』


バイロンは目の前で展開する議論が生々しいことに大きなため息をついた。



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さて、バイロンがお茶会で業務に従事している頃、議論している貴族の間では様々な策謀が揺れ動いていた。だが、その中でひときわ大きな事案はやはりパストールの付け届けの絡んだ議題であった。


「どうする……アレについて」


「どうするって……もう白金もらったしな……」


「返せと言われても困るし……」


「付け届けを貰ったことが露見してもマズイしな……」


高級貴族たちは一堂困った表情を浮かべた。そこには付け届けを貰ったことに対する後悔が滲んでいる。


 そんな時であった、威風堂々としている高級貴族が会場に現れた――キャンベル卿である。キャンベル卿は議論している貴族の輪に入ると何やら懐から出して相手に見せた。


「この写し絵……何かわかりますかな?」


 そう言ったキャンベルは痴態を撮った写し絵を相手に見せた。仮面舞踏会での乱痴気騒ぎをおさめたものである。


「トネリアの最新技術で取られた写し絵だそうです。」


キャンベル卿がそう言うと見せられた相手は絶句していた。


「白金の賄賂だけでなく、仮面舞踏会での痴態まで抑えられています。ここは下手に動くとまずいと思います。」


キャンベル卿がそう言うと見せられた貴族たちはみな押し黙った。



「このお茶会での議題……帝位に関するものは……改変……というかたちで」



 キャンベル卿がそう言うと一堂はその眼を瞬かせた。そこには『マズイ!!』という思いが滲んでいる。その反応を感じたキャンベルは小声でありながらよく通る声色で発言した。


「この写し絵が巷の瓦版にのれば……爵位の降格はまちがありませんよ、みなさん!」


 身分を降格された貴族ほど情けないものはない。高級貴族が下級貴族となれば貴族としての価値が下がるだけではなく、子孫にその地位を継承させることができなくなる。平民からなり上がった下級貴族と同じ扱いを受けることになるのだ。今まで揶揄していた相手と同じ立場になるのである。


パストールは貴族たちを見回すと不遜な表情を浮かべた


「それから、皆さんパストールの白金の出所をしっていますか?」


キャンベルに尋ねられた一堂は目の色を変えた。


「私が調べたところによると、あの白金は盗掘された物を加工しているようです。すなわちみなさんがもらった白金は盗品です……」


高級貴族たちはまさかの展開にその身を震わせた。


「この事実が明るみになれば……爵位の降格ではなく剥奪も……」


キャンベルがそう言うと一堂は顔色を真っ青にした。そこには明らかな恐怖心が現れている。


それを見たキャンベルはほくそ笑んだ。


『これでいける、二ノ妃の帝位継承権は改変される……そうすればパストールと組んでダリスの商工業をおさえることができる……』


 レナードからパストールに乗り換えたキャンベルは奸計を巡らせると、恐れおののく高級貴族を心の中で嘲笑った。



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その一方、お茶会で闊歩するキャンベル卿を見たレナードは一瞬にしてキャンベルが自分を裏切ったことを悟っていた。


『……あやつ、パストールに……』


 内心はらわたが煮えくり返るよう思いであったが、強いものにへつらう姿勢は伯爵レベルではよくあることである。レナードは歯噛みしたが何とか状況を変転させようと知恵を絞った。


「レナード様、一つだけひっくり返す方法がございます。」


側女ルーザはレナードの様子を看破すると助言するべくレナードの耳元でささやいた。


「そうだな、それしかあるまい!!」


レナードはそう思うと最後の一手を打つべく大きく一歩を踏み出した。


                                 *


 レナード卿は秘密裏に一ノ妃に面会を求めた。お茶会での議題の中に帝位改変に関するものがあることをご注進するためである。レナードは一ノ妃にパストールの策をつたえればその威光で議案の決定を阻止できると判断したのである。


『一ノ妃もトネリア人が帝位につくのは良しとはせんはずだ。パストールの企みを注進すればなんとかなる!』


レナードはルーザの戦略に則り、一ノ妃に会うと滔々と自分の考えを述べた。


                                  *


だが、これに対して一ノ妃はにべもない態度を取った。


「次期帝位を継承する者が自分で動いて奸計を打ち破れないようではこの国の未来を背負う価値はありません。それならば二ノ妃を帝位につけてトネリアとの関係を再構築する方がよいかもしれません」


なんと土壇場で一ノ妃がレナードを突き放したのである。


 パストールを快く思っていない一ノ妃の反応はレナードにとって想定外であり、その表情は鳩が豆鉄砲を喰らったようである。


「この国を総攬する立場に身を置きたいなら汗をかきなさい。それができないならば、あなたに帝位は禅譲できませんよ!」


一ノ妃に強く言われたレナードは顔色を青くするとその場を辞さざるを得なくなった。


『なんということだ……一ノ妃が私を……次期帝位につく私を……支持しないとは……』


貴族の中の貴族と言われたレナード公爵はどうしてよいかわからずうろたえた、


『どうすればよいのだ……』


                                   *


一方、間抜けな面を晒すレナードを突き放した一ノ妃はこれからの未来を占っていた。


『このお茶会……きな臭いな……このままでは二ノ妃の帝位継承権は認められる……』


 お茶会での決定事項に対して総覧する立場の一ノ妃は自身の見解を述べることはできない。総覧する者には是非を決定する言動は認められていないのである。


『パストールは私がお茶会での決定事項を反対できないことを分かっていてこの茶番を仕掛けてきている……厄介だわ……』


一ノ妃はダリスの未来に危惧を抱いた。


                                  *


そんな時である、一ノ妃の前にレイドル侯爵が現れた。


「どうだ、そちらの方は?」


尋ねられたレイドル侯爵は包帯で覆った顔で答えた。


「かなり厳しい状況かと、パストールと手を組んだキャンベルが奔走しております。トネリアの先進技術を用いた写し絵を使ってソフトな恐喝を展開しています」


レイドルがそう言うと一ノ妃が答えた。


「万事休す……か」


一ノ妃がそう言うとそれに対してレイドルが答えた。


「ですがこの状況を好転させる方法が一つございます。」


レイドルはそう言うと一ノ妃に耳打ちした。


「肉を切らせて骨を断つか……」


一ノ妃がそう答えるとレイドルが続いた。


「そのためには時間が必要です……」


言われた一ノ妃はその眼を細めた。


「間に合えば、こちらの勝ち……間に合わなければ……」


レイドルがそう言うと一ノ妃は厳しい表情を浮かべた。



とうとうお茶会が始まりました。


キャンベルの策謀はうまく展開し、帝位継承権の改変が現実のものへとなりそうです。キャンベルに恐喝された貴族たちは右往左往するだけで役立ちそうな人物はいません。レナード卿さえも一ノ妃に突き放されました……


ですがレイドル侯爵はまだ反撃できると一ノ妃に伝えます。そしてそのためには時間が必要だと……


果たしてこの後、お茶会はどうなっていくのでしょうか……



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