第二十一話
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バイロンは気になる存在の後をつけた。早足で時計台のある広場を横切るその存在はコツコツとブーツの音をさせて歩いていく。
『……もしかして……』
その人物は路地に面した裏口に入ると辺りを見回した。かなり気をつかっているようでその様子には緊張感がある。バイロンは何とかその顔を確認したいとおもった。
そんな時である偶然吹き付けたつむじ風が女のフードを凪いだ。バイロンは一瞬だが女の顔を確認できた。
『……二ノ妃様の専属メイド、ミネアさんだわ……』
バイロンはそう思うと裏路地からミネアが店内に入るのを確認した。その後、バイロンは急いで表通りにまわると屋号をその眼にした。
屋号を記した看板には、
≪ショコラ デ プリンセス≫ (訳すと『妃のチョコレート』)
と記されている。
バイロンはマーベリックの隠れ家でレイの見せた包み紙の紋様を思い出した。
『間違いない……』
屋号の隣にあるロゴとチョコレートの包み紙に記された家紋は全く同じものである。
『はやり病だと思わせて、その実態は白金の入ったチョコを製造する店に出入りしている……ミネアさんが…………』
バイロンは灯台下暗しという言葉を思い出した。
『病院をうまく抜けていたんだわ』
バイロンはそう推論するとこの後どうするか考えた。
『私が後をつけてもミネアに悟られる可能性がある……マーベリックに知らせるほうがいいわね』
そう判断したバイロンは近くにあった飛脚の詰所に走るとメモ書きを速達としてマーベリックのいる骨董屋へと運ばせることにした。
『うまくいけばいいんだけど……』
頭突き型武闘派少女は荒事を控えると、搦め手から攻める方針を取っていた
*
さて、それからしばし、マーベリックは……
バイロンから知らされた情報の裏を取るべくゴンザレスに二ノ妃の専属メイド、ミネアをお追わせていたが――その動向には思わぬものがあった。
「二ノ妃の専属メイドは入院先の医者と懇ろの仲ですね……医者を寝技で籠絡して診断書をかかせたみたいです。入院中の履歴を造り、その間にチョコレートを配る……貴族たちとの間に『つなぎ』をつけていたようです。」
ゴンザレスがそう言うとマーベリックは爬虫類を思わせる表情で答えた。
「なるほどな……はやり病で入院しているというのは嘘か……それで」
マーベリックが話を促すとゴンザレスはニヤリと嗤って手を出した。そこには金貨を所望するだけの情報をつかんだ確信がある
マーベリックは懐から鹿袋を出すと金貨を2枚ちらつかせた。
「旦那、それじゃ足りませんよ」
ゴンザレスが守銭奴丸出しの表情を見せるとマーベリックはシブシブもう一枚金貨を袋から取り出した。
ゴンザレスは嬉しそうに金貨を受け取るとマーベリックに手に入れた情報を語りだした。
*
「そういうことか……パストールの狙いは橋梁工事の談合に一枚かむことではなく、それをブラフとしてもう一歩懐に入り込む戦略だったのか……」
ゴンザレスの報告を受けたマーベリックはほくそ笑んだ。
「アイツは頭がいいですねぜ、旦那。付け届けを効果的にふりまいてダリスの法律自体を変えようとしています。具体的な内容まではわかりませんが二ノ妃様の家紋の入ったチョコレートは至る所に送っています。」
ゴンザレスがそう言うとマーベリックは実に不遜な笑みを浮かべた。
「お茶会での議案が奴の狙いだな。あそこで決まった事案は立法府でほとんど審議されない。つまり自動的に決定される。お茶会で議案が認められれば奴の望みがかなうわけだ」
それに対してゴンザレスが素朴な疑問をぶつけた。
「ですが、旦那……パストールの買収工作は既におわってますぜ、調べてみましたけど高級貴族のほとんどは奴の付け届けをもらってます。一人、二人ならこっちが動けば処理もできるでしょうけど、ほぼ全員となると……ここからどうやってそれをひっくり返すんですか?……」
闇にまぎれた調査の結果、ほぼ100%の高級貴族が二ノ妃の家紋の入ったチョコレートを貰っていることを突き止めたゴンザレスがそう言うとマーべリックは神妙な表情を浮かべた。
「もらっていない貴族はいるか?」
マーベリックがそう言うとゴンザレスが答えた。
「レナード卿ですね。そういえば、あの方にはいっていません」
言われたマーベリックは沈思するとその後ニヤリと嗤った。そこにはパストールとレナード卿の間に距離間があることを見透かす洞察力が働いていた。
「なるほど、パストールにはレナード卿に言えない企みがあるということか」
マーベリックはそう言うと曇りのない表情をみせた。
「私の考えが正しければ、パストールは恐ろしいことを考えている」
マーベリックはそう言うと外套を持った。
「ゴンザレス、おまえは二ノ妃のメイド、ミネアを見張れ。おかしな行動を取れば拘束しても構わん」
マーベリックはそう言い残すとと二階の部屋を勢いよく飛び出した。残されたゴンザレスはあまりの速さにポカンと口を開けた。
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マーベリックはゴンザレスからの報告をレイドル侯爵に伝えると、すぐさまにレイドル侯爵の密書をあずかりレナードの屋敷へと向かった。いうまでもないパストールの真意を伝えるためである。
早馬を走らせたマーベリックはその日の夕刻、レナード卿の邸宅につくとレイドル侯爵の密書を見せて謁見の間に通された。
*
密書を読んだレナードはすべてを疑うような表情を見せた。
「パストールが何やらたくらんでいるとな……」
「はい、彼奴は二ノ妃様を巻き込んで付け届けを行っております。その内容は甚だ遺憾なことだと想定できます。」
マーベリックは淡々と続けた。
「レイドル侯爵は橋梁工事の談合を察知されておりました。そこには二ノ妃様、キャンベル卿、パストール、そしてあなた様の名があがっておりました」
マーベリックは何事もないかのように言うとレナードの顔を覗いた。
「橋梁工事の談合……何のことかわからんな、無駄な嫌疑をかけるならさっさと帰れ」
レナードが権力者らしい振る舞いを見せるとマーベリックはかしづいて続けた。
「レイドル侯爵の心配は橋梁工事の談合ではございません、それとは別の事案でございます。」
マーベリックがよく通る声でレナードに話すとレナードは自分の知らない企みが水面下で進んでいることにその表情を歪めた。
「レナード卿は次の帝になられるお方、お茶会でパストールにとって都合のいい方針が決められれば、あなた様にとっても将来の禍根になるやもしれません」
マーベリックがそう言うとレナードの隣にいた側女がマーベリックに尋ねた。
「お前は何のことを言っておる?」
レイドルの側女ルーザが怪しげに言うとマーベリックはフフッと笑った。
「パストールの狙いはこの国の未来を大きく変化させるものです」
マーベリックは断言して続けた。
「レイドル侯爵様、あなた様がキャンベル卿の別邸で行われたマスカレードから帰られた後、何があったかご存知ですか?」
そう言ったマーベリックの表情は実に不敵である。その表情を見たレナードは興味の触手を動かした。
「言うてみろ」
レナードに言われたマーベリックは不敵な表情のまま当時起こったことをかいつまんで話した。
*
「……あの靄か……」
ルーザがそう漏らすとマーベリックはレナードにパストールの考えていた策謀を述べた。
「あの舞踏会では乱痴気騒ぎの証拠を押さえられた高級貴族が腐るほどおります。彼らがパストールに恐喝されればどうなるとおもわれますか――お茶会では操り人形のようになるでしょう」
言われたレナードは実に不愉快な表情を浮かべた。パストールの意図が見えないために猜疑心が生まれている。
「パストールの狙いが貫徹されれば、レナード様の未来も大きな変化があると」
マーベリックがそう言うとレナードが厳しい表情を見せた。
「パストールの真の狙いは何だ!」
レナードが声を荒げるとマーベリックは飄々とした物言いで述べた。
「僭越ながら申し上げます――」
マーベリックはそう言うとレナード卿を見た。
「パストールの狙いは帝位継承権の改変でございます」
マーベリックが核心に触れるとレナードがその表情を歪ませた。そこには明らかに憤怒の感情が生まれている。
「レナード様には二ノ妃様の家紋のついたチョコレートは届いておりません。ですがパストールは他の貴族には送っております――そしてキャンベル卿の別邸で行われた仮面舞踏会での乱痴気騒ぎに関する証拠……レナード様、この2つの意味がお判りになりますね。」
マーベリックはそう言うと意味深な表情を見せて立ち上がった。
「お茶会でのご活躍、お期待しております」
マーベリックはそう言うと異様に丁寧なあいさつをみせて踵を返した。その背中にはパストールに一杯喰わされたレナードを皮肉るいやらしさが滲んでいた。
パストールの目的は『帝位継承権の改変』にあるとわかりましたが、すでにパストールの付け届けはダリスの貴族にわたってしまったようです。さらには仮面舞踏会での狂態を貴族たちは証拠付きで抑えられています。
この後のお茶会……どのようになるのでしょうか……バイロンとマーベリックはどのような動きを見せるのでしょうか?




