第十九話
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仮面舞踏会の翌日の午後……
暇を見つけたバイロンはマーベリックのいる骨董屋へと足を運んでいた。昨晩の出来事を確認したいと思ったためである。
「昨晩はどうも」
バイロンがそう言って椅子に座るといつもの調子でマーベリックが答えた。
「相も変わらず淑女としての挨拶ができんようだな」
若干嫌味を込めてマーベリックがお茶をいれながらそう言うとバイロンがそれに答えた。
「淑女じゃないわ」
微塵の反省もしないバイロンに対してマーベリックは辟易したが、昨晩の出来事を総括するべくバイロンと意見を交換することにした。
*
バイロンは仮面舞踏会が終わった後の二ノ妃の様子について触れた。
「二ノ妃様は落ち着いてるわ、キャンベル卿の舞踏会での出来事を心にとめているみたい。」
バイロンはそう言うとマーベリックに質問した。
「ねぇ、あの赤紫色の靄……あれなんだったの?」
言われたマーベリックは紅茶を口にすると涼しげに答えた。
「まだ、わからん……催淫効果のある『何か』だとは思うが」
マーベリックはそう言ったがその顔色は悪い。
「でもそれは違法なものでしょ?」
バイロンがそう言うとマーベリックはかぶりをふった。
「それさえもわからん、敵は我々の上をいっている……」
マーベリックがそう言うとバイロンが申し訳なさそうな表情をみせた。
「私たちの救出がなければ、敵をみつけてつかまえることもできたんじゃ……」
言われたマーベリックはかぶりを振った。
「魔導の力に精通する敵だ、撤退に関しても計算しているはずだ」
マーベリックは淡々と続けた。
「闇に潜るものであれば退路を確保するのはあたりまえだ。この事案も一筋縄ではいかんだろう。パストールも、その娘もバカじゃない……簡単にはいかんよ」
マーベリックはそう言うと、突然バイロンの入ってきた扉に向かって声を投げた。
「入ってきたらどうだ、そこにいるんだろ!」
マーベリックが怒鳴ると間をおかずして扉がギギッと音をたてた。
「デートの邪魔をするのは悪いと思って気を利かせたつもりなんだけど」
そう言って入ってきたのはレイであった。艶のある銀髪をなびかせると何事もないかのようにして二人の前に立った。
「僕のお茶は?」
言われたマーベリックはジットリとして眼でレイを見た。
「盗み聞きする人間に茶は出せん――情報があるなら別だがな」
マーベリックがそう言うとレイがフフッと笑った。
「ないこともないね」
レイはニヒルな口調でそう言うと窓際に腰を据えた。
「パストールの本当の企みに興味はないか?」
言われたマーベリックはその眼付を変えた。
「そうこなくっちゃ!」
美しい相貌を崩したレイの表情は実に悪魔的である、マーベリックとは異なる人間性を感じたバイロンは何とも言えない表情を浮かべた。
*
レイの話は驚くべきものがあった。
「パストールはダリスの貴族、特に伯爵以上に付け届けをしている。贈答用のチョコレートの中に白金を入れてわたしているんだ。その量も普通じゃない。ここ最近は通常の5倍から10倍のチョコレートが出回っている」
レイはそう言うとチョコレートの包み紙を見せた。
「これはトネリアの王族、二ノ妃の家紋……」
マーベリックがそう言うとレイがニヤついた。
「二ノ妃は陰でパストールと組んでいるんだよ、あの女は間違いなく何か企んでいる、橋梁事案の談合だけじゃない」
レイはそう言うと意地悪くククッと嗤った。
「橋梁案件が失敗しても、他の案件で動いているんじゃないのか。」
レイはチョコレートの中にある白金が裏金として出回り、それがダリスの高級貴族の間に広まりつつあることを示唆した。
「もうすぐお茶会だろ……あの会議がカギになるはずだ」
レイは意地悪く笑った。
「何を二ノ妃が企んでいるかはわからないが、世の中は大きく動いているぜ。俺たちが背伸びしてもとどかないくらいにさ、ダリスの高級貴族はパストールに尻尾を振っている」
レイはそう言うとマーベリックの入れた紅茶に口をつけた。
「いい香りだ、じゃあな――『裏取り』はお前らでやってくれ、俺はトネリアに戻ってパストールの金の流れを追う」
レイはそう言うと飄々とした表情で小部屋を出ていった。
残された二人はその後ろ姿を眺めたが、パストールの奸計がいまだに続いていることに不愉快な表情を浮かべた。
「何を考えているのかしら……パストールは」
バイロンはそう思うとマーベリックはそれに答えた。
「最終的にはダリスの商業を飲み込むのがパストールの目的だろう、そのために二ノ妃に取り入っている……だが、目的達成のためによからぬ策を弄している――奴の意図はもっと大きなところにあるのかもしれん」
マーベリックがそう言うとバイロンは息をのんだ。
「厄介だな……」
そう言ったマーベリックの表情は実に沈痛であった。そこにはレイドル侯爵の執事として闇を見据える眼力が宿っていない
キャンベル卿の館で橋梁工事の談合を阻止したマーベリックとバイロンであったが、パストールはその先を見据えた一手を打っているとレイは言う、果たしてパストールは何を狙っているのだろうか……
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一方、その頃――
パストールは常宿の最上階にあるスイートでワインに舌鼓をうっていた。
「ソフィー、よくやった……すばらしい写し絵だ」
言われたソフィーは能面のような表情で答えた。
「造作ないことです」
パストールは蝋人形のような表情を見せるソフィーをよそにビール樽のような体をソファーに横たえて実に不遜な笑みをこぼした。
「橋梁工事の事案が駄目になったのは残念だが、あれは大したことではない。」
実の所、パストールは橋梁工事の談合を進める一方でもっと重要な企みをゆるりと進めていた。
「充分な果実を貴族にまいてある……奴らが私の申し出を具体化するのは間違いない」
パストールは自身を滲ませた。
「ダリスの法律を合法的に変えて、パストール商会にとって都合のいい仕組みに変える。そうすれば思いのままだ。もしそれに対して反旗を翻すようであればキャンベル卿の館でお前が取った写し絵をばらまくと脅せばいいだけだ。」
パストールはそう言うと大理石のテーブルの上にある一口サイズのチョコレートを手に取った。
「このチョコレートの中にある白金はもともとダリスのブーツキャンプで盗掘されたものだ。この白金を用いての工作活動は我々にとって何のコストもかからん」
パストールはさらに続けた。
「ダリスの高級貴族は、自分たちの国で産出された白金を裏金として貰っていることに気付いていない……馬鹿な奴らだ」
パストールはそう言うと邪悪な笑みをこぼした。
「たとえ気付いたとしても、賄賂の性質が悪ければただではすまない。貰った奴らも処罰される……奴らはもう私の言うことを聞くほかあるまいて」
盗掘された白金を賄賂として貰った貴族がどうなるか……言うまでもなく厳しい沙汰が下される。さらにはキャンベル卿の別邸でソフィーが取った写し絵はパーティーの参加者にとっては知られたくない事実を明るみにすることになる。写し絵を見せられればダリスの高級貴族も言葉を無くすであろう……
パストールはその辺りを巧妙に計算していた。
「週末のお茶会が楽しみだな」
パストールはそう言うとワインを煽った。
*
そんな時である、パストールの部屋に来客の呼び鈴が響いた。
パストールが顎をしゃくってソフィーに扉を開けさせると一人の貴族が現れた。
「これは、これはキャンベル卿」
パストールがおおらかな表情でキャンベル卿を見るとキャンベルは仏頂面を見せた。
「どうかなされましたか?」
言われたキャンベルは変わらぬ表情でパストールに詰め寄った。
「私の別邸で、赤い靄が出たが……あれはあなたの仕業か?」
尋ねられたパストールは首をかしげた。
「何のことかわかりませぬが」
パストールが余裕のある表情を見せるとキャンベル卿は何とも言えない目つきを見せた。
「あなたの付け届けを受けた貴族たちの話を小耳にはさんだのです……お茶会で大きな議題を提案すると」
キャンベルがそう言うとパストールは薄ら笑いを浮かべた。
「……」
沈黙したキャンベルはその表情を変えた。
「あなたの策だと私は思っております。」
キャンベルはそう言うとパストールに質問した。
「あなたは橋梁の談合でレナード卿と組むと私は考えていた……だが実際のところ、そうではなかった。他の目的があるとお見受けする」
キャンベルはそう言うとパストールに詰め寄った。
「あなたの真意をお聞かせいただきたい!!」
キャンベルはそう言うとパストールを見た。その眼は打算的でありながらも真剣である。
キャンベル卿の利に聡い姿勢をかんじたパストールは変わらぬ表情で続いた。
「別にかまいませんよ、ダリスの高級貴族の方々が変革を起こすことはこちらがどうこういうことではありませんから……」
パストールはそう言うと粘つくような視線をキャンベルに浴びせた。
「こちらにつくということですね?」
言われたキャンベルはコホンと咳払いするとアイコンタクトした。
「これから先を見据えて、トネリアのパストール商会と直接のパイプを持ちたいとおもっただけです。」
そう言ったキャンベル卿の眼はギラついている……そこにはレナード卿を裏切ってもいいと思えるほどの野心が滲んでいる
それを見たパストールはにこやかにほほ笑んだ。
「いいでしょう、お茶会では期待させていただきますよ」
パストールはそう言うとキャンベル卿にワイングラスを手渡した。キャンベルはそれを受け取ると一気にあおった。
仮面舞踏会でのバイロンたちの活躍により橋梁事件の談合は破断しましたが、パストールにとっては痛くもかゆくもないようです。むしろパストールには別の目的があるようです……はたしてパストールは何を狙っているのでしょうか?(キャンベル卿も寝返ったようですね……)




