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第十七話

41

さて、同じ頃――ワイン樽の置かれた貯蔵室にて、


 二ノ妃の登場を待ちわびるレナード卿とその側女ルーザ、そしてキャンベル卿はパトリックが自分たちの思い通りに動いていることを信じて疑わなかった。


「実家を助けると言えば、あの士官候補生はこちらの思い通りに動くだろう……あとは二ノ妃がどの程度こちらになびくかだな」


レナード卿がそう言うとキャンベル卿がそれに答えた。


「まさか我々が裏でつながっているとはあの士官候補生は思わないでしょうね」


パストールは嫌らしく微笑むとさらに続けた。


「先ほどパストールは帰路につきました。こちらの出方を認識した様です。寝技に長けた我々の手段に尻尾を巻いたと言ったところではないでしょうか。」


 馬車に乗ったパストールを見送ったキャンベルは二ノ妃がパストールの方にはつかないという確信を持っていた。すなわち橋梁工事に対する二ノ妃の行動はレナード卿の思い通りになると踏んでいた。


「もうすぐ二ノ妃様はいらっしゃいますよ。そしてこの書類にサインなさるでしょう。」


 キャンベルは橋梁工事の談合事案をレナードが落とすとことで自分にもそのおこぼれが廻ってくるとすでに皮算用を始めていた。


 そんな時である、レナードの側女ルーザが妙な表情を浮かべた。そこには占い師としての直感が揺らめいている。


「レナード様、ここはよろしくありません!!」


ルーザはそう言うとキャンベルに凄んだ。


「出口は!!」


キャンベルはルーザに気圧されると子犬のような表情になって外へつながる裏口を指差した。


「パストールの罠が発動したようです。お急ぎください!!」


 ルーザはそう言うとキャンベルを捨て置きレナードとともに裏口へと走った。何のことかわからないキャンベルはワイン貯蔵をする地下室で呆けた表情を浮かべたが……階段の方から迫りくる妙な靄は既に足元を包んでいた。



42

二階に駆け上がったバイロンとリンジーであったが、赤紫の靄は獲物を狙うハンターのようにして二人をひたひたと追いかけた。


「何なの、この靄――二ノ妃様を助けなきゃいけないのに!!」


 従者としてバイロンは二ノ妃が靄に飲まれることを恐れた。国の権力者が妙な靄にとらわれて人心腐乱に陥ったとなればメイドとしても立つ瀬がない、何があっても救出する必要があった。


『しょうがない、部屋に乱入するしかない。ニャンニャンしてたら、ごめんなさい!!』


 バイロンはそう判断するとリンジーとともに声をかけながらドアを蹴り開けた。その様はまさにダイナミック入店、武闘派女子ならではのアクションであった。


                                 *


 ドアの先には異様な緊張感に包まれた二ノ妃とパトリックがいた。二人は体を密着させたまま見つめあっているが、そのまなざしは実に不道徳である。互いの持つ負のオーラがぶつかり合い、部屋の中に形容しがたい冷たさが生まれている。


『やっべぇ……とんでもない現場に踏み込んだ……』


バイロンは雰囲気にのまれるとその場に立ち尽くした、凍れる刃に貫かれたようである。


『……言葉が出ない……』


2人のオーラに気圧されたバイロンはたじろぎ次の行動をとれなくなっていた。


だがその雰囲気に飲まれない存在がスッとバイロンの前にでると、二人に対して思わぬ言葉を投げかけた。



「私もニャンニャンに入れてくだぁさいっ!!!」



そう言ったのはリンジーである、その頬は紅潮し本気でその場に乱入しようという気概が見える。




「……えっ……」


「……えっ……」


「……えっ……」




まさかの言動に二ノ妃、バイロン、パトリックはあんぐりと口を開けた。



「……お前はバカなのか?」



二ノ妃に問い返されたリンジーはキリッとした表情で答えた。



「大丈夫です、もうパンツも脱いでいますから!!」



バイロンはその一言を耳にして思った――



『リンジー……マジかよ……もう脱いでんのかよ!!!』



 だが、その場の空気を読まずに発したリンジーのひと声は凍りつくような雰囲気を一瞬にして変化させていた。あまりに場違いな言葉が一触即発の緊張感を溶かしたのである。



『これはチャンスだ!!』



バイロンは淫靡な小部屋を包む張りつめていた空気が壊れたことを悟ると大声を上げた。


「二ノ妃様、大変です。危機的状況が我々を襲っております!!」


バイロンが血相を変えてそう言うと二ノ妃の表情が変わった。


「避難の必要があります、こちらに!!!」


バイロンはそう言うと二ノ妃の腕をつかんで退避行動へと映った。



43

さて、ほぼそれと同じ頃、館の一階では……


『美味くいっている……ククッ……』


 そう考えたのはパストールの娘、ソフィーであった。妙な仮面をつけたソフィーは赤紫色の靄の中で乱痴気騒ぎに興じる貴族たちを見ると実に悪辣な微笑をみせた。


『馬鹿どもめ……お前たちの痴態を記録して後でゆすりの対象にしてくれる』


 ソフィーのつけている仮面はどうやら特殊なものらしく、赤紫の靄の効果を無効にするだけでなく写し絵を作成する力を秘めているらしい。仮面の目が青く光るたびにその口元からセピア色の鮮明な写し絵が吐き出された。


『良く写っておる、このような狂態を見せつけられれば後で我々の言うこと聞くほかあるまいて』


 ソフィーは自分の奸計が完璧なまでに遂行されたことに満足したが、その一方でその眼に気になる存在が映った。


『キャンベル卿か……2階に向かうのか……そう言えば2階は二ノ妃と士官候補生がいるはずだな……』


虚ろな表情で2階に向かうキャンベル卿を見たソフィーはニヤリと嗤った。


『これは面白うそうだ』


ソフィーはそう思うとキャンベル卿の後をつけた。


『二ノ妃と士官候補生の痴態をおさえれば、後々、面白いことになるだろう……』


ソフィーは写し絵を用いて恐喝する策を思い描くと欲深い表情を見せてキャンベル卿の後を追った。



44

バイロン、リンジー、二ノ妃、パトリックの4人は階下から上がってくる赤紫色の靄を見るとその表情を歪めた。


「何じゃあれは?」


二ノ妃が問いかけるとバイロンがかいつまんで赤紫色の靄について説明した。


「あの靄を吸うと理性が失われ、まともな行動がとれなくなります。あれを吸った貴族の方々は皆、狂態を晒しております。」


バイロンがそう言うとリンジーが場違いな表情で続いた。


「一階のダンス会場は乱交パーティーたけなわでございます~」


リンジーがにこやかな表情で発言するとさしもの二ノ妃も絶句した。


「こちらにもあの靄が充満してきています。さあ、はやく!!」


バイロンがそう言うと迫りくる靄の中から奇怪な声をあげながら誰かが近づいてきた。


「あれは……」


 それは人心腐乱に陥ったキャンベル卿であった。キャンベル卿は首をかしげながらゆっくりと歩いて来る。狂おしい表情を浮かべたキャンベル卿はその眼を血走らせた。


「我慢ができない……ほとばしる……ほとばしるのだよ、性欲が……」


 高級貴族とは思えない言葉を喚き散らすとキャンベル卿は身に着けていた衣服を脱ぎだした。そして下着さえも脱ぎ捨てると速度をあげてバイロンたちに向かった。



『うわ、全裸で特攻してくる!!!』



狂態ここに極まれり、靄をすったキャンベル卿には正常な判断などできなくなっていた。


そんな時である、バイロンの隣にいたリンジーが小さな声でぼそりと呟いた


「キャンベル卿の股間……プラプラ揺れてるね……」


危機的状況にもかかわらずリンジーは場違いな発言をすると、それに対して二ノ妃が涼しい声で答えた。


「大した『モノ』ではない」


2人の会話を耳にしたバイロンは卒倒しそうになった。


『何言っとるんじゃ、こいつら……』


そんな時である、パトリックがバイロンたちの前にスッと出た。



「股間の話は結構です。それよりもお逃げ下さい、二ノ妃様!」



パトリックはそう言うとキャンベル卿と迫りくる赤紫色の靄の距離を測った。


                                   *


 パトリックは襲い来るキャンベル卿の動きを読むとコンタクトする寸前で体を開いた。ギリギリまでひきつけて回避行動をとったのである。気勢を削がれたキャンベル卿はつんのめると体勢を崩した。


『全裸のおっさんと格闘なんかできるか』


 そう思ったパトリックは攻撃を受けると見せかけてフェイントをかましたのである。そしてそれは絵画で描かれた一場面のように綺麗に決まっていた。


『よし、いまだ!!』


パトリックはそれをチャンスととらえると疾風のごとく動いた。


「隙あり」


 パトリックはそう言うと体勢を崩したキャンベル卿の首筋に手刀を食らわせた。キャンベル卿は糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。


「心配ありません、加減してあります。」


パトリックが一部始終を見ていた3人にそう言うとリンジーが鼻をフガフガさせた。



『パトリック様、ちょうカッコいい……マジ、ペロペロしたい……』



リンジーが人心腐乱に陥るとパトリックが叱咤した。


「――速くお逃げ下さい。バルコニーのほうへ!!!」


こうして迫りくる赤紫の靄から逃れるべく4人は裏庭を展望できる3階のバルコニーへと向かった。



45

赤紫の靄が充満する様子を眺めていたソフィーは自分の奸計が上手く展開していることに納得した表情を浮かべた。


『これでいい』


だが、その一方で気に喰わないこともあった。それは2階の廊下で昏倒している存在であった。


『この役立たずが』


全裸で倒れているキャンベル卿を見たソフィーは不愉快な表情を見せた。


『情けない姿をさらしおって……股間が丸見えではないか』


仮面をつけたソフィーはその様を写し絵として取ると階段の方に目を向けた。


「二ノ妃の痴態を取らねば意味がない……多少は暴れてもってもいいだろう」


 ひとりごちたソフィーはそう言うとその手をパンパンと二回たたいた。そうすると間をおかずして一階のダンス会場にいた貴族たちが2階へと向かってきた。


「さあ、奴らと楽しんで来い!!」


ソフィーがそう言うと20人以上いる貴族たちはうつろな表情のままバルコニーへとぞろぞろと歩き出した。




パストールの娘、ソフィーは橋梁の談合を阻止するために赤い靄を発生させて、会場の貴族たちを人心腐乱にします。バイロンたちは危機一髪のところで小部屋にいるパトリックと二ノ妃を助けますが、赤い靄は彼らに襲いかかります


さて、この後どうなるのでしょうか? (今回はリンジー大活躍です!!!)


長くなったので、2回に分けます。、次回で仮面舞踏会のくだりが終わりになります。

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