第十五話
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パトリックと情報交換を終えたバイロンは階段の踊り場から会場にいる貴族をのぞいていたが、仮面をつけているため個人の特定は難しかった。
『パトリックの話だとレナード卿がきているはず……それにパストールも……』
この舞踏会には明らかな策謀の色が浮き出ている
『橋梁工事の談合を巡る策略はここで花が開くはず』
バイロンはそう思うと二ノ妃に注目した。
『二ノ妃様はキャンベル卿と踊っているみたいね……何を話しているのかしら』
バイロンは以前にキャンベル卿の声を聴いていたため、二ノ妃の相手がキャンベル卿だということを造作なく認識した。
『何か話しているようにも見えるけど……』
バイロンがマーベリックから渡された集音機で会話を拾っていると、ワルツ調の曲からチーク調に伴奏が変化した。そして二ノ妃とキャンベル卿の近くで踊っていた一組の男女がキャンベル卿と入れ替わった。
『二ノ妃様の相手になったのはレナード卿かしら』
つかず離れず体を合わせて踊るチーク調の曲では動きがおさえられる。
『あれなら踊りながらでも話ができるだろうな……でもこの位置じゃ、会話が拾えない』
バイロンはそう思うと会場の近くに移動した。
『ここなら、会話が拾えるかも』
会場から死角になるポイントを見つけたバイロンは二ノ妃と相手の会話を盗み聞きしようと試みた。
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さて、同じころ――
バイロンとの情報交換を終えたパトリックは仮面舞踏会に参加するべく、受付で渡された仮面をつけていた。口から上をすっぽりと隠すタイプでその素顔は全くわからない。
パトリックはゆっくりと会場へと足を運ぶ……
*
『まさか二ノ妃と……思いもよらなかった』
パトリックはバイロンとの情報交換の中で自分の立ち位置を認識していた。3階で見た淫靡な部屋で二ノ妃とともに『踊る』可能性が高いことを……
『仮面舞踏会の真髄は逢瀬を重ねる乱痴気騒ぎか……こんなドロドロした世界にくびをつっこむ事になるとはな……』
実の所、パトリックがこの仮面舞踏会に参加することになったのはトネリアと関係を深めるキャンベル海運と実家のフォーレ商会の軋轢を瓦版で知ったためである。
ちなみに瓦版の要約は:
≪キャンベル海運はフォーレ商会に対して海運倉庫の使用権を延長させないという手段を講じた。キャンベル海運の名は海運業において大きな威光がある、倉庫の使用権を握る組合の会員はみなキャンベル海運になびいちまった。来月の会議でフォーレ商会が組合から使用権を取り上げられるのは明らかだろう。
フォーレ商会 危うし!!!≫
先週この内容を知ったパトリックは実に不愉快な気持ちを持った。
だが、そんな時……実にタイミングよくパトリックの前に妙な女が現れた。その女はキャンベル卿に対して物言いができるレナード卿の側女だと名乗ると、一枚の招待状をパトリックに渡した。
『キャンベル海運とフォーレ商会の問題はレナード卿が一声かければ解決します。もしその忖度が欲しければ週末にある仮面舞踏会に参加するのです。そうすれば……あなたの実家の問題は霧が晴れるように無くなるでしょう……』
言われたパトリックは内心、怪しんだがレナード卿という言葉の中に可能性を感じていた。
『おじい様には迷惑ばかりかけている……レナード卿の力が借りれるならば、フォーレ商会を救えるかもしれない。それならば……』
パトリックはそんな風に考えた。
*
パトリックが先週の事を思い出しながら会場を見ているとその鼻に嗅いだことのある香水の匂いが漂ってきた。
『この匂い……』
パトリックがふと後ろを振り向くといつの間にか仮面をつけた20代後半の艶っぽい女が隣に座っていた。
「私です。フォーレ商会のパトリックさん」
そう言ったのは間違いなくあの時の女、レナード卿の側女であった。胸の部分がVの字に大きく開いたドレスを着た女はすべてを知っているかのような表情を見せてパトリックに微笑んだ。
「キャンベル海運とフォーレ商会の諍い……レナード様には既に報告してあります。」
女がそう言うとパトリックは美しい顔で艶やかな女をにらんだ。
「レナード卿はすべてを御存知です。このまま諍いが続けばあなたの御実家であるフォーレ商会は厳しい事態に追い込まれます。ポルカにある倉庫の組合は既にフォーレ商会からキャンベル海運になびいております。翌月の倉庫使用権の延長はされないでしょう」
レナードの側女はパトリックに嗤いかけた
「ですがレナード卿がキャンベル卿との中を取り計らえば、フォーレ商会は安泰です。レナード卿をバックにつければキャンベルも文句は言えません。貴族の世界のヒエラルキーはご存知ですよね」
貴族の階級は『公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵』という順で序列が決まっている。平民上がりのフォーレ商会のロイドは男爵という最下級であるため伯爵の称号を持つキャンベル卿には頭が上がらない。
その一方、レナード公爵は帝位継承権を持つ大貴族である、経済的に裕福なキャンベル伯爵よりも身分的に上になる。つまり、レナードの威光を借りればキャンベル卿の圧力をおさえることができる。
「レナード様の威光を借りるためには二ノ妃と『踊れ』という意味ですね」
パトリックが暗に言い及ぶと仮面をつけた女はフフッと笑った。
「あなたの行動で二ノ妃様がレナード様に目を向けるようになれば、フォーレ商会の未来は明るいものになりましょう。」
女はそう言うとパトリックの耳元に甘い息を吐いてダンス会場へと向かった。パトリックはその妖艶な後ろ姿を見ると反吐を吐いた。
『……女狐め……』
レナード卿の側女に対して不愉快な思いを隠さなかったが実家のフォーレを助けられるならば『踊る』程度の事なら『やっても良い』と思った。
だが、その一方、
バイロンと情報交換していたパトリックは二ノ妃の『パックンチョ体質』(若い男をつまみ食いする姿勢)をすでに知っていた。
『二ノ妃と寝たところで将来までフォーレ商会を守ってくれるとは限らない。その場しのぎの約束など意味があるか甚だ疑問だ。それにレナード卿と二ノ妃との関係も良好なのかはわからない』
パトリックは貴族の世界にある駆け引きに信義が成り立たないことを肌で感じていた。
『バイロンの言うことが正しいなら平民上がりの下級貴族など使い捨てにしかならんだろう……それにパストールという豪商がどう出るかで未来が変わる。下手な動きは意味がない』
二ノ妃の遊びの在り方を知ったパトリックは美しい表情に策士のしたたかさを覗かせた。
『でたとこ勝負だな』
パトリックはそう思うとダンス会場へと足を運んだ。
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バイロンが会場の様子を窺いながらマーベリックから渡された集音器を耳にあてるとにわかにダンス会場の会話がその耳に入ってきた。
愛の言葉を交わすもの、諧謔を混ぜながら相手を口説く者、ただ惰性で踊っている者、会場で言葉を交わす貴族たちは皆一様ではなかった。中には盛り上がりを見せて3階の小部屋へと向かう者もいる。
『二ノ妃様と相手の会話を……』
バイロンは集音器に耳を当ててその方向を変えるとやっとのことで二ノ妃の会話を拾うことに成功した。
*
『今日もお美しい』
『冗談ばかり』
『いえ、そんなことは……とてもいいフレグランスです』
二ノ妃の相手は髪をオールバックにしてアイマスクをつけている。アイマスクの男は実に丁寧にエスコートしながら二ノ妃とチークを楽しんでいた。
『あなたの美しさはダリスにはないものです。パストールのような商売人にはもったいない』
男は断定した口調で言うと二ノ妃の耳元でささやいた。
『本日は私の方からプレゼントがあります。気に入っていただけると』
オールバックにした男はそう言うと会場にいた若年の人物にアイコンタクトした。
『あなたが求められているものです、さあ』
オールバックの男は二ノ妃から離れると若年の貴族と入れ替わろうとした。
『君がパトリックだね……私を利するように動けばキャンベルの案件は処理すると約束するよ』
アイマスクをした男は二ノ妃に聞こえないようにそう言うとさりげなくその場を離れた
*
一部始終の会話を耳にしたバイロンは若い貴族がパトリックだと認識した。
『パトリックを二ノ妃にあてがったのは間違いなくレナード卿ね……橋梁工事を自分の方に引き寄せるために……それからパトリックが話していた女……あれがレナード卿の側女ね』
バイロンは知恵を回した。
『どこかで橋梁工事についての話をしないとまとまらない……この館のどこかで……』
バイロンは胸をことさら強調するドレスを着飾った女をその目で追った。
『アイツを追えば何かわかるかも……』
女の勘はバイロンにそう囁いた。だが、その一方で抜けていることもあった、それはパストールの事である……
『会場にいるように見えない……どこにいるんだろう……本当にいるのかしら……』
バイロンはパストールを探すか状況判断に迷ったが女の勘に従う選択をした。
『とりあえず、レナード卿の側女を!!』
バイロンはそう思うと集音器を胸にしまってスニークミッションを始めた。
実家のフォーレ商会に圧力をかけられたパトリックは実家を助けるためにレナード卿の申し出を了承し、二ノ妃と『踊る』ことを決意しました。ですが、パトリックはバイロンの話により二ノ妃の性質に不穏なものを感じています。
一方、バイロンはレナード卿の企みを認識したものの、会場にいるはずのパストールがいないことに気づきます。バイロンはパストールを置いてとりあえずレナード卿の側女を追うことを決意しました。
さて、物語はこの後どうなるのでしょうか?




