第十三話
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パストールの娘、ソフィーにより昏倒させられたマーベリックが気付いたところは思いもよらぬ所であった。
『どこだ、ここは……』
気が付いた場所は石牢ともいうべき閉鎖された空間である。そこには二台の燭台が灯され乏しい光が揺らめいている。
『くっ……脇が』
どうやらろっ骨にひびが入っているらしく呼吸もままならない。なんとか上半身をベットから起こしたマーベリックは自分の体に包帯が巻かれていることに気付いた。
『誰が手当てを……』
マーベリックが素朴な疑問を持った時である、眼の前にある木戸が音を立てて開いた。
「どうやら気付いたようだな」
声をかけてきたのは筋骨たくましい老人である、その表情は猜疑心に彩られている。
マーベリックはその男を見て何とも言えない雰囲気を感じた。
『こやつは一体、何者だ?』
マーベリックが不信感を現すと老人がせせらわらった。
「助けてもらって、たいそうな態度だな」
老人はそう言うとマーベリックににじり寄った。
「お前の持っていたものを吟味した。あの護符は普通のものではない」
老人はそう言うと核心をいきなりついた
「あの護符には魔導の息吹が感じられる……そのおかげでお前は命拾いしたわけだがな」
言われたマーベリックは護符を用いたことでレイドル侯爵に責任が及ぶと考えた。
『魔導の行使は死罪も免れん……このままでは――侯爵様に迷惑をかけることに……』
そう思ったマーベリックは容赦なく自分の舌を噛み切ろうとした。己の命と引き換えに主従関係にあるレイドル侯爵を守ろうとしたのだ。それは闇の中で生きる人間の身の処し方でもあった。
だが、それを見透かした老人はマーベリックの喉元を抜き手で軽く突いた。実にタイミングの良い老人の行動はマーベリックの行動よりも速かった。
息の出来なくなったマーベリックは咳込みながらその場に突っ伏す。
「たわけが!!」
老人はそう言うとマーベリックの顔を見た。
「お前の持っていた護符は私がレイドル侯爵に渡したものだ、お前がその配下であることは百も承知だ!!」
怒鳴りつけられたマーベリックはまさかの言葉にその眼を白黒させた。
「すべて話でもらうぞ」
筋骨たくましい老人に詰められたマーベリックは大きく息を吐いた。そこには格の違いが朗らかに見て取れた。
*
マーベリックは目の前にいる筋骨たくましい老人の眼光にレイドル侯爵とは違う仄暗さを感じた。そこにはマーベリックのように闇にまぎれて物事を処する人間とは異なる『色』がある。
『この老人は……』
マーベリックは目の前にいる老人を詮索することを控えた。先ほどの行動もそうだが自分の行いを読まれていると感じたからである。下手に隠し立てすることの方がリスクが高いと判断した。
「私はレイドル侯爵の第一執事 マーベリックと申します。けがの手当てをしていただき誠にありがとうございます。」
マーベリックがそう言うと老人はそれに構わず質問した。
「なぜ故、あの護符が反応したか尋ねたい。」
老人がそう言うとマーベリックは口ごもった。ソフィーの事を話していいか迷ったからだ。下手に話せば内容が転じてレイドル侯爵の責任に及ぶ恐れがある。使用人としては何とか避けたい事態である。
「魔導の力を有するものの行使はこの国では死罪になりえる。つまりお前は死線の上を歩いていることになる。」
老人はマーベリックが護符を用いたことに触れると意地悪く笑った。
「レイドルに対する義理立てしているつもりだろうが、無駄だ。我々にそんなことは関係ない。」
老人がそう言った時である、トントンという音とともに木戸がノックされた。そしてその後、女性の声がドアの外から聞こえてきた。
「アルフレッド様、護符の分析が終わりました。」
マーベリックはアルフレッドという単語に総毛だった。
『アルフレッド……賢者アルフレッドか……あの魔導兵団を組織する責任者……』
よもやの人物が目の間にいることを知ったマーベリックは顔色を失った。
『なんということだ……本当にいたのか……伝説の人物じゃないか』
闇の中でその身を潜ませるマーベリックは普通の人間では経験できないことを体験してきた。それは他言できるものではない、みな仄暗く不道徳であった。中には目を背けたくなるような事象も珍しくなかった。
だが彼が今、目の前にしている事態はそれらを軽く凌駕する経験であった。アルフレッドと魔導兵団の存在はそれほどのものであった。
32
バイロンが宮長の執務室で予定表をながめて週末の行事に目をやるとリンジーがにじり寄ってきた。
「ねぇ、士官候補生との行事ないかな~」
リンジーは3日前に赴いた士官学校でその眼にした候補生にメロメロになっていた。
「フォーレ パトリック、マジでかっこいいよね!!」
そう言ったリンジーの表情はとろけたバターのようになっている。口元が緩み軽く瞳孔が開いている……
「そんなに都合よくないわよ……それよりも週末は二ノ妃様に帯同してパーティーに行かなきゃいけないから……」
バイロンはキャンベル卿に招待された舞踏会に御つきのものとして参加せざるを得ない事態になっていた。
「いろんな貴族が来るから気を使わなくちゃいけないし……気が重いわ」
バイロンがそう言うとリンジーが突然、声を上げた。
「パトリック様、来るかな?」
「士官候補生は来ないんじゃない……歌劇団の役者は来ると思うけど」
バイロンが二ノ妃の『パックンチョ事案』を仄めかすとリンジーが何とも言えない表情を見せた。
「歌劇団の役者か……パトリック様じゃないわね……でも、ちょっと見てみたいな……」
リンジーのイケメンセンサーが働く。
「私も行くわ、そのパーティー!!」
リンジーはそう言うと実に不遜な眼を見せた。
「宮長の名前を出せばパックンチョができるかもしれない……」
「何言ってんの、あんた!!」
バイロンが大声を出すとリンジーがいつもの天真爛漫な表情で答えた。
「それは、嘘……でも偉い貴族が来るんでしょ、一応、挨拶はしておかないとね」
宮長としての経験の少ないリンジーはパーティーに参加することで自分の見聞を広めようという建前を思いついた。
「どんな内容か吟味しましょう、仮面舞踏会なんて面白そうだし!」
リンジーはそう言うと再び不遜な眼を見せた。
「何か嫌らしい感じするわよね……仮面舞踏会って……」
バイロンはリンジーの表情を見ると肩を落とした。
『ひと波乱あるんじゃんぇの……コレ……』
バイロンはそんな風に思った。
33
魔導兵団の詰所で手当てをうけたマーベリックは自分の置かれた状況と魔導兵団の目的の中に相通じるものがあると気付かされた。
「お前の追っていたパストールの娘、ソフィーが魔導の力を行使した疑いは濃厚だ。こちらとしても事情聴取したい。だがソフィーは拘束してもシラを切るだろう――魔女であればなおさらだ」
筋骨たくましい老人、アルフレッドはそう言うと大きく息を吐いた。
「だがその一方で、お前がこの護符を持っていたという事実は罪に問わねばならん。」
「わかっています、魔導の力を帯びたモノを携帯することはこの国では許されておりません。」
魔法や魔導器を用いることはダリスでは禁じられている。それが意図的であった場合は死罪も免れない……
「お前の場合は自分の身を守るためにその護符を使用したことになる、罪としては大したことはないだろう……だが……罪は罪だ」
アルフレッドはそう言うとマーベリックに不遜な笑みを見せた。
「だが、取引という手もある」
言われたマーベリックはアルフレッドを見た。
「我々の知らぬところで、魔導の力を用いる人物がこの国にはおる。そしてその人物は高い階層の人間のもとで仕えておる」
アルフレッドはそう言うと罪深い表情を見せた。
「魔導兵団の連中は諜報に疎くてな……お前のように目鼻は聞かんのだよ。特に貴族の世界にはな」
言われたマーベリックはアルフレッドを睨んだ。
「私に犬となれと言うのですか?」
「犬とは無粋な言い方だな」
アルフレッドはカカッと笑うとマーベリックの顔を見た。
「パストールの娘だけではなく、レナード卿の側女も十分にあやしい……あの女は何かを画策している……」
アルフレッドはそう言うと恩赦の条件をマーベリックに話した。
「お前にとっても悪い条件ではなかろう……闇の中で情報を得る作業……捗るのではないか、レイドル侯爵のメンツもたつはずだ。」
マーベリックは含蓄のあるアルフレッドの物言いの中に『賢者』と呼ばれる人間の裏側を垣間見た。
『なるほど、きれいごとでは済ませないということか。だがそれは我々の世界も同じこと』
市井に潜み、様々な情報を手に入れる仕事は一筋縄ではいかない。そのほとんどが非合法と言って過言でない。人の秘密を覗く仕事はそれだけ不道徳なのだ。だがアルフレッドにはそれを肯定する懐の深さがある。
マーベリックはニヤリと嗤った。
「その条件、お引き受けしましょう」
マーベリックはそう言うとアルフレッドに劣らぬ策士としての目を見せた。
パストールの娘によって昏倒させられたマーベリックでしたが賢者アルフレッド(今までベアーが様々な所で助言をもらった人物)のおかげで命拾いします。さらにはアルフレッドと取引するという事態になりました。
その一方、バイロンは二ノ妃の従者としてキャンベル卿の催す仮面舞踏会に出席することになります。
果たしこの後、物語はどんな展開が待っているのでしょうか?(次回は仮面舞踏会になります)




