第十一話
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さて、その頃――レナード卿は自室のベッドの上にいる側女とともに戦略を練っていた。
「来月のお茶会だが……あそこで橋梁工事に関する提案がでれば、一ノ妃も文句は言うまい。なんとしてでも二ノ妃を落とさんとな」
レナードが策士の顔を見せると側女がそれに答えた。
「仮面舞踏会で役者を使って籠絡させようとしても、二ノ妃様は落とせません。彼女は『本物』を要求しています。私の占いではそう出ました。」
側女は豊満な体をゆすらせてそう言った。
レナードは女の臀部に手を這わせた。
「本物とはどういう意味だ。金か……」
レナードがそう言うと側女は淡々と答えた。
「あの方は娘のマーガレット様を亡くされてから心に闇の衣を羽織るようになりました。それを一時的にいやすものは人の温かさでございます。」
それに対してレナードが答えた。
「若い男と遊びまわる二ノ妃に人の心などあるものか……」
レナードがそう言うと側女はレナードの唇に人差し指を置いた。
「そうではございません、本物というのはこういうことでございます。」
そう言った女は枕元にあった水晶玉をレナード卿に見せた。
*
水晶玉の内側には複数の貴族たちが座って演舞を見る姿がくっきりと映っている。その表情はエキサイトしている……
「これは学校か……しかしこの装いは……」
レナードは行事の特徴から普通の学校でないことを理解した。
「これは……士官学校か……まさか本物とは……」
レナードがそう言うと側女は頷いた。
「しかし、士官学校の学生は貴族の師弟だ。二ノ妃を籠絡するための道具とはできん」
レナードが至極まともなことを言うと側女はフッと嗤った。そこには道徳感など微塵も感じられない……
「士官学校の学生は貴族の師弟とは言えども未来の明るくない下級貴族の子供でございます。中には素行の悪いものも士官学校にいると聞き及んでおります。」
そう言った側女の表情は策士そのものである、
「この者たちの中から『本物』を選り抜いてはいかがですか?」
言われたレナードは顎に手をやった。
熟考するレナードをよそに女の見せた水晶玉にはひとりの人物が浮かび上がっていた。すらりとした鼻梁、真一文字に結ばれた唇、細いおとがい……誰が見ても美少年である。だがその少年からはどことなく暗いオーラが滲んでいる。
「この学生などいかがでしょうか?」
側女はそう言うとレナードに微笑みかけた。
言われたレナードはその表情を一瞬しかめたが、橋梁工事を落とすためには多少のリスクも必要ではないかと考えなおした。
「しかしどうやってあの生徒を落とすのだ?」
レナードがそう言うと側女は口角を上げた。
「策がございます。」
*
側女が作戦を話すとレナードは鷹揚に頷いた。
「うまくいけばこちらの経費はかからない。失敗しても責任も問われない……なかなかの策だ。」
レナードがそう言うと側女が一つの不安を口にした。
「問題はパストールです。あの男がどう動くかは未知でございます。」
それに対してレナードが答えた。
「あの男は商人だ、橋梁工事の談合案件で一枚かめればいいと考えているだけだ。金の話だ」
レナードが自信を見せると側女の占い師がそれに反論した。
「パストールの娘は只者ではございません、あの娘の描く戦略は銭金だけではないと思われます。」
言われたレナードは神妙な顔で腕を組んだ。
「では、その戦略とは何だ?」
言われた側女はレナードの耳元でささやいた。
「私の占いが当たればですが……」
やや自信のない様子で側女がそう言うとレナードは驚きの表情を浮かべた。
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さて、それと同じころ……
マーベリックは橋梁工事の談合を調べるべくその鼻を効かせていた。
「どうだ、ゴンザレス?」
淫靡な雰囲気の漂う骨董屋の二階ではごましお頭(白髪と黒髪が混合している)を刈り込んだ男が手にしていた手帳を開いていた。
「旦那の読み通りです。パストールもレナード卿も水面下でうごめいています。橋梁工事に関してはお互いに組む姿勢を見せています。ですが……」
マーベリックは『ですが』というゴンザレスの言葉に耳を傾けた。
「パストールは二ノ妃との関係も深めています。そしてレナード卿の目論見とは異なる考えも持っているフシがあります。」
言われたマーベリックはほくそ笑んだ。
「古だぬきが企み始めたな」
マーベリックはそう言うとゴンザレスを制して口を開いた。
「橋梁工事は橋を架けるだけではない、あそこは物流の拠点になりうる地点だ。すなわちあそこをおさえれば通行料が採れる。毎日、大小100艘以上の船が行き来する。そこから得られる対価は橋梁工事の費用どころではない。パストールとは二ノ妃と組んで通行料をせしめようという腹だろう」
マーベリックが経済的に聡い認識を見せるとゴンザレスが『さすが!!』という表情を見せた。
「その通りです、商人の連中や酒場の店主からはそうした噂が漏れ聞こえております。」
ゴンザレスがそう言うとマーベリックは遠くを見るような目を見せた。
「来月のお茶会が山になるな……そこで橋梁工事の提案がされるかどうかだな。通行料の話も議論されるはずだ」
マーベリックはそう言うとゴンザレスを見た。
「パストールもレナードもそれぞれ懐刀がいる、あのふたりの女をおさえないとこちらも動きづらい……」
マーベリックはレナード卿の側女とパストールの秘書である娘について触れた。
「彼奴らは呪いの類を操るという話を小耳にはさんだ……どの程度の事かわからんが、仮にそうなら厄介だ」
マーベリックはそう言うと咳払いした。
「気をつけろよ、ゴンザレス」
言われたゴンザレスは「ヘイ」とこたえて手を出した。マーベリックはそれを見ると口をへに字に曲げた。
「お前はしっかりしているな」
マーベリックはそう言うと懐から何やら取り出しゴンザレスの手の上の乗せたゴンザレスは鹿の皮袋の感触と重さをその手で推し量るとニヤリと嗤った。
「旦那、期待してください!」
ゴンザレスがそう言うとマーベリックはテーブルの上にあったハーブティーを手に取った。
『橋梁工事の事案はレナード、パストール、二ノ妃、どれも信用できんな』
マーベリックはそう思うと悪魔的な笑みを浮かべた。そこには闇の世界に生きる人間だけが見せる仄暗さが滲んでいた。
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マーベリックはゴンザレスの報告を受けた後、自らも調査に乗り出した。執事服とは異なる一般的なダリスの男服に着替えると品のいい琥珀のメガネをかけた。そしていつもは7:3に分けている黒髪をオールバックにして整えると鏡の前で付け髭を用いて口元を演出した。髭をつけたことで年齢が10歳は老けて見える、パッと見れば小金のある30代中ごろの旦那衆に見えだろう。
「気になるのはパストールの秘書だ。あの娘を追えば何か出るやもしれん」
マーベリックはパストール本人を追うよりもその搦め手となる秘書を責めることでパストールの動きを認識したいと考えていた。
『あわよくば、パストールと二ノ妃そして橋の通行料に関する密約の証拠を得たい』
ダリス人であるマーベリックはトネリア人であるパストールを直感的、そして感情的に信用できなかった。巧妙な裏金や付け届けを用いながらダリスの貴族や商工業者を刈り取っていくそのやり方は商人の枠をはるかに超えている。
『パストールめ、ダリス人をもて遊びおって……』
だがパストールの持つ財力はあまりに大きく、貴族は指をくわえて付け届けを望み、ダリスの商工業者に至っては居直ってパストールの傘下に入って高いポジションを取った方が良いと考える業者さえ現れている。
『……芳しくないな、現状は……』
ダリスの商工業者がのまれ、トネリアのパストールの傘下になるということはトネリアの経済植民地になることを意味する。それは国家存亡の危機に陥るということだ。
マーベリックはパストールの魔手が至る所に伸びていることに歯がゆい表情を見せた。
『いずれにせよ、もぐりこまなければ』
マーベリックはそう思うとパストールが常宿にしている老舗ホテルへとその足を向けた。
パストールの動きを探るマーベリックはその秘書である娘に着目します。はたしてマーベリックは談合の証拠を手にすることができるのでしょうか……
一方、レナード卿も二ノ妃を落とすために、策を弄しています。この後、物語はどうなるのでしょうか?




