第六話
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翌日、気付くとべアーは二等船室のベットの上にいた。
「お客さん、やっと気づきました。もうポルカについてますよ。」
亜人の船員がベアーに声をかけた。
「あれ……」
ベアーは記憶が混同していた
『確かリアンと一緒にデッキに……それで、そうだ何か顔に…』
「どうしました?」
亜人の船員がベアーの顔を覗き込んだ。
「顔色悪いですよ」
「いや、大丈夫です」
ベアーはそうは言ったが周りを見回しおかしなことに気付いた。
「…あれ…荷物が……ない」
船員の顔色が変わった。
「お客さん、ひょっとして……置き引きじゃないですか?」
ベアーは懐の中に入れていた皮袋を確認した。
「ない、現金がない……それに小切手も…」
急に船員の表情が厳しくなった。
「やっぱり置き引きですよ……」
ベアーは飛び起きた。亜人の船員はベアーの背中越しに話しかけた。
「すぐに治安維持官の所に行った方がいい、今なら間に合うかも」
亜人の船員に促されベアーは地元治安維持官の所に行こうとした。
「待って、お客さん。ロバ、ロバ、忘れてますよ!!」
亜人の船員がそう言うとベアーは血相を変えて貨物室にむかった。ベアーは厩からロバを出すと手綱を引いて急いで下船した。
*
ベアーは下船すると港の一番近くにある治安維持官の詰所に向かった。詰所は大きなレンガ造りの建造物で正面に制服を着た治安維持官が立っていた。
「あの、船で、船で荷物を……ぬ、ぬ、ぬ、盗まれたんですけど」
ベアーは血相を変えて治安維持官に話しかけた。
「いつですか?」
「さっきです、3時間前にポルカについた船の中でです。」
「とりあえず、落ち着いて」
そう言うと中年の痩せた制服の治安維持官は取調室にベアーを通した。
ベアーは事情聴取の治安維持官が来るまでの間、取調室の中でいろいろ考えた。
『ひょっとして、リアンが……』
『というか、あの子しかありえないよな。』
『でもあの性格のよさそうな……』
ベアーの中で信じたくない気持ちが起こった。ソバカスが多い娘だったが笑うと魅力があった。決して美人ではないが聞き上手でとても話やすかった。ベアーのなかで二人で過ごした時間が呼び起される。
だがデッキでの彼女の最後の言葉を思い返すと、その思いも泡のように消えた。
『田舎モンの馬鹿か……』
ベアーはため息をついた。
その後、ベアーは5000ギルダーで魔道書を売った話をしたのを思い出した。
『あれかもな……』
金がからむと人間というのは豹変する、リアンもきっと……
『話さなきゃよかったな……』
口は災いの元とよく言うが金銭が絡んだ場合は100%悪い効果を発揮する。ベアーは自分の言動が事の発端のような気がしてきた。
そんな時であった、額が燦々と輝く若禿の治安維持官が部屋に入ってきた。
「君か、船の中で置き引きにあったってのは?」
「そうです。」
「具体的に話してくれないか」
ベアーは船での出来事、そしてリアンに何か霧のようなものを顔に吹きかけられたことを伝えた。
「昏睡強盗だな、最近、流行ってるんだ。船の乗客をねらってね。」
若禿の治安維持官は難しい顔をした。
「多分、荷物も現金も戻ってこないよ……」
「あの、僕、小切手を持っていたんです。」
若禿の額がキラリと光った。
「君、それを速く言いなさい」
そう言うと治安維持官は小切手の情報をベアーに尋ねた。治安維持官は小切手の発行日や入金してある金額をメモすると隣の部屋に行こうとした。
「いまから両替商に連絡してみる。うまくいけば犯人を捕まえられるかもしれない」
血気盛んに治安維持官は言った。
ベアーは治安維持官にそう言われ過去の出来事が脳裏に浮かんだ。
『そう言えば、前に小切手を盗まれた時は偽造がばれて、犯人のじいさん捕まったんだよな。それで小切手も無事に再発行されたから……』
両替商で発行された小切手は偽造ができないように指紋認証で本人確認が行われる。偽造しようとして何とかなるものではない、ベアーは今回も見つかるのではないかと希望を持った。
*
しばらくすると若禿の治安維持官が戻ってきた。だがその顔は悪い結果を仄めかしていた。
「ベアー君、残念なんだけど、小切手はもう現金化された後だ」
「えっ……でも指紋は僕のですよ、現金化なんてできるんですか?」
「実はね……ここ最近の事なんだが小切手の偽造事件が増えているんだ。特に小さな町の両替商で発行された小切手がターゲットになっていてね。」
ベアーはハムスターような顔をした。
「ドリトスのような小さな町の両替商は古い小切手をつかっているんだけど、その古い小切手は偽造しやすいんだ。あまりテクニカルな話は専門家じゃないと説明できないんだけど……小切手に使われる紙自体をいじるらしいんだ」
治安維持官はすまなさそうに言った。
「じゃあ、僕は一文無しですか……」
「……そうだね……」
言われたベアーは放心した。
*
派出所をでるとロバが待っていた。ロバは茫然自失としたベアーをちらりと見ると袖をやさしく噛んだ。
「俺さ、金髪の女子に騙されたみたい……」
さすがに一文無しとなるとベアーもショックが大きい。
「くそ、貧乳め……」
確かにファーストキスのチャンスだと思った自分も悪いだろう、だが根こそぎやられるとは思いもよらなかった。
そんな時である、ロバがベアーの背中に耳を擦り付けた。
「どうした……?」
ベアーが振り向いた。
「あっ、マントもないのか……これはマズイな」
ベアーはライドル家の家紋の入った緋色のマントも失ったようだ。
「弱り目に祟り目…」
ことわざのような展開にベアーは苦笑いするほかなかった。




