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第六話

さて、バイロンと別れた後――


マーベリックは御者としてレイドル侯爵と一ノ妃の乗る馬車を運転していた。宮中の木立の中をゆったりとした速さで進む様子は、午後の優雅なひと時を過ごしているようにも見える。


だがその実情は違っていた、一ノ妃とレイドル侯爵の会話はこの国の未来を占っていた。


いつもながら独特の緊張感が手綱から伝わる。さしものマーベリックもこの時ばかりは手に汗握る。レイドル侯爵と一ノ妃から放たれるオーラをマーベリックはその背中からひしひしと感じていた。



「どうですか、レイドル侯爵?」


一ノ妃に尋ねられた男はその顔を包帯で覆っている。かつて事故で大きなやけどを負ったためである。


「はい、一ノ妃様の言うとおり、パストールの動きが激しくなっております。二ノ妃様、そしてレナード卿、ともにパストールと接触しております。」


それを聞いた一ノ妃は鷹揚に頷いた。そこにはダリスの最高権力者としての落ち着きがある。


「彼らの狙いは?」


一ノ妃がそう言うとレナードが声のトーンを下げた。人払いしているにもかかわらずである。


「橋梁工事に関わる談合かと思います。あの橋は二ノ妃様の私邸にも重なる所……ですが物流という点では重要な場所でございます。」


「なるほど」


談合という言葉を聞いた一ノ妃はその表情を歪めた。


「二ノ妃はトネリアから嫁いだお方です。トネリアの豪商であるパストールと組んでも何らおかしくありません」


レイドル侯爵が淡々と言うと一ノ妃は表情を崩さずに言った。


「パストールとレナード卿の関係は?」


それに対してレイドル侯爵が答えた。


「かつてブーツキャンプで盗掘された白金が、北の蛮族のいる山地を抜けてトネリアに運ばれたと聞き及んでおります。パストールはその白金を裏金にレナード卿に談合の一件を働きかけていると」


「ブーツキャンプの白金……それはわが領土のものでしょう、なぜそれがトネリアに?」


一ノ妃は不愉快な表情を浮かべた。


「レナード卿の手足となっているのはキャンベル卿ですが、キャンベル卿の船が白金を運んだのではないかという疑惑がございます。さらには海賊との絡みもあったとか……あくまで疑惑ですが」


一ノ妃は大きなため息をついた。


「ダリスをけん引する高級貴族が……白金で買収……それもわが領土で採掘されたもので」


一ノ妃は手に持っていたセンスを強く握りしめた、そこには明らかに怒りがある。レイドルはそれを見ると俯いた。


「パストールは隣国の商人でございます。我が国の人間であれば暗殺も厭いませんが、トネリアの豪商となるとそうもいきません。最悪、外交問題となりましょう。あやつは儲けた金をいたるところにばらまいております。一筋縄ではいきません………」


レイドル侯爵が密偵に調べさせた事実を述べると二ノ妃は虚空を睨んだ。


「のちの帝位につく人間が他国の豪商と手を組むことはゆるし難い。ですが商行為の自由は下手に口出しするのも芳しくない……もどかしい問題ですね」


レイドルがそう言うと一ノ妃は再び元の表情へと戻った。


「汚職の証拠を見つけるのです。それしかありません。」


一ノ妃はそう言ったがその眼は厳しい。


その意図を理解したレイドル侯爵は小さな声で「御意」といった。


                                  *


一ノ妃をいつもの場所で下すと帰る道すがらマーベリックが侯爵に声をかけた。


「一ノ妃様との先ほどのやり取り、どういう意味ですか?」


言われたレイドルは大きく息を吐いた。


「証拠を見つけろと言われたのは表の意味ではない。裏金には会計書類は残らない。おまけに盗掘した白金は非合法的なものだ。そんなものの存在を認める奴はいない。パストールの白金を貰った貴族は皆口裏を合わせて付け届けを否定するだろう」


レイドル侯爵はさらに続けた。


「では、搦め手から……」


マーベリックが非合法的な手段を仄めかすとレイドルが答えた。


「ああ、だが貴族を落とすのに『荒事』を用いることはできない」


 言われたマーベリックはその眼を細めた。貴族を暴力的な行為を用いて恐喝するのはゴロツキと変わらない――貴族としては悪手である。非合法的手段といえども帝位継承権のあるレナード卿を誅殺するのは不可能であった。


「相手が見えない所で暗躍するなら、こちらも潜るしかない」


 レイドル侯爵はそう言うとマーベリックにアイコンタクトした。マーベリックは仄暗いレイドル侯爵の瞳を見るとその奥に策士めいたものがあると認識した。


『でっちあげても、案件を処理しろということか……』


マーベリックはレイドル侯爵の意図を悟るとニヒルに嗤った。


『まずは情報収集からだな』


マーベリックはそう判断すると再び馬の手綱を取った。



12

翌週からの第四宮の体制は落ち着きをみせた。あれほど反抗的であった新人たちは躾けられた犬のように従順になり、バイロンとリンジーを見ると丁寧なあいさつをみせた。そこには明々白々な恐怖心が滲んでいる。


 一方、ベテランメイドたちもルッカの監視のもと落ち着いた業務を展開した。監督されているという圧力とルッカの老獪な知恵により下手な業務を行うリスクを認識していたためである。


 バイロンの頭突きがもたらした成果は顕著に表れていた。なめられていたリンジーに敬意が払われるようになり、権力行使のシステムが安定した軌道に乗り始めたのである。


「前よりは良くなったわね」


リンジーがホッとした表情でそう言うとバイロンが小さくなずいた。


「ちょっとやり過ぎだったかもしれないけど」


バイロンがそう言うとリンジーがかぶりを振った。


「そんなことないよ、バイロンが嫌われ者の役を買ってくれなかったら、とんでもない混乱が生まれていたと思うし……そうすれば私はクビだっただろうし」


リンジーは武闘派としてのバイロンの行動を『良し』とする考えを見せた。


「でもこの先は何が起こるかわからないし、気を引き締めていかないと」


バイロンはそう言うと予定表に目をやった。


「再来週の祭事がヤマね」


 祭事とは月末に予定されている『お茶会』のことなのだが宮中では年に2回、春と秋に開かれる。貴族にとっては憩いのひと時を宮中で過ごすという名目で催されるのだが、その実態は一ノ妃を筆頭にした高級貴族の一同が介して行われる会議である。


「あの会議は宮中行事よりも大事だからね……」


 そしてこのお茶会を介した会議で決まったことは法的拘束力こそないものの、枢密院にさえも影響があるといわれている。書類では記されないものの実に重要なことが議題に上がり議論されるのである。


「お茶会を仕切るのは第四宮の仕事――ここは失敗ができないからね」


バイロンがそう言うとリンジーがそれに答えた。


「マイラさんからマニュアルをもらってるから一応は対応できると思うけど……」


リンジーは宮長となっての初めての大きな行事にため息をついた。


「結構、プレッシャー感じるよね……」


 リンジーが宮長としての初めての大きな行事に対して気が重そうにするとそれに対してバイロンが答えた。


「大丈夫よ、私がフォローするから!!」


バイロンがそう言うとリンジーが息を吐いた。


「ここを乗り越えれば、後の行事は大したことないから……ここが踏ん張りどころ」


リンジーはそう言うと無意識にお腹をさすった。バイロンをその行為を見ておもった。


『便秘ね……リンジー』


 お茶会のプレッシャーによりリンジーはお通じに問題を抱えていた。バイロンはそれを悟るとリンジーの肩を叩いた。


「どうなるかわかんないけど、できることを精一杯やろうよ!」


 バイロンがコルレオーネ劇団の女優として経験した哲学は『板の上では一生懸命』である、現在の彼女にとって『宮』と言う世界は『板』と同じであり、バイロンはその時の勢いをそのままにリンジーに伝た。


「そうね、駄目でも……悔いのないようにすれば、少なくとも納得はできるもんね」


 リンジーがそう言うと2人はあらためて気を引き締めた。だが2人とも16,7歳の娘である、この後いかなる事態がおこるのか……二人の未来は暗雲が立ち込めていた。




『お茶会』というビックイベントに緊張する二人ですが、その一方でダリスの貴族たちは橋梁工事の談合に勤しんでいます。さて、この後、どうなるのでしょうか?


次回は、国立歌劇団の芝居パートとなります。

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