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第四話

さて、翌週――マーベリックと連携したバイロンはマールが粗相を犯す瞬間を待っていた。


『なかなか尻尾を出さないな、アイツ……』


 マールは業務に関してだいぶ増長していて、他の新人メイドをマウンティングすることですでに女王としてのポジションを築いていた、メイド業務を他人に任せて自分は顎で指示するほどに成長していたのだ。面倒な仕事は他のメイドに押し付けて、自分は楽な仕事や他のメイドの様子を監督するというスタイルを確立していたのである。


 もちろん新人に管理業務は付随しない、すなわちマールの行いは越権行為になる。だが、バイロンは意図的にそれを注意せず、わざとマールの行いを見て見ぬ振りした。


『さあ、乗ってきなさい、マール!』


 バイロンはそう思うとマールをチラリと見た後、意図的に小走りでその場を去った。その様はマウンティングに押しつぶされた敗者のようである。マールに屈服したと思わしめる様子さえあるではないか―


『さあ、さあ、乗ってこい、マール!!』


 バイロンは背中越しにマールの視線を感じると、形容しがたい圧力を感じた。そこにはマールのもつ品性の低さが現れている。ジットリとした圧力は背中越しにも十分感じられるものであった。


その時である、マールの腰巾着と思わしき新人メイドがバイロンの方を指差した。


「副宮長とか言ってるけど、大したことありませんわね」


「まだ16歳でしょ、あんなのを副宮長に据えるほうが人事的におかしいのよ」


「美人な所も気に障りますわ」


バイロンより年上の新人たちはわざとバイロンに聞こえるように囃した。


バイロンは思った、


『これでいい』


バイロンは小走りでその場を去るとお膳立てがそろったことにほくそ笑んだ。


                                 *


 その日の夜、業務の一日を追えるとルーティーンワークのミーティングが行われた。ここでは今日一日の出来事や仕事の進捗状況を全員が集まって幹部に報告する。


バイロンは全員が整列すると新人の様子を窺いながら、最後のチャンスを待っていた。


『さあ、粗相を犯せ!!』


 バイロンは物静かな表情で新人たちを見ている、その表情はマールに屈服したようにも見える。バイロンは意図的にそうした表情を造っていた。


 それぞれのメイドが報告を終えると新人メイドの1人(マールの腰ぎんちゃく)が手を上げた。そこには改革派としての自信が揺らいでいる。


「あの、提案があります。新人の中から管理業務を行う主任チーフを出したらどうでしょうか、監督される副宮長とかルッカさんとかの仕事も減ると思うんですけど。」


 年輩のルッカと若輩のバイロンを配慮する姿勢を見せながらも、その実態は軽んじている。言葉の端々に妙なイントネーションが滲んでいる。


それに対してリンジーが答えた、


「その必要はりません、新人のチーフというのは今まで前例がありませんし、経験値のないあなたたちでは信用に値しません」


リンジーが宮長らしい見解を見せると腰ぎんちゃくの新人がそれに物申した。


「お若いお2人の指示では威厳が伴わないんじゃないですか、16歳と17歳ではメイドを統治する立場としては不十分では……」


 マールの腰ぎんちゃくの新人メイドがさらに言葉を続けようとした時である、バイロンが一歩踏み出して新人の前に乗り出した。


「そうね、あなたの意見にも一理あるわね――私たちは若くて経験値がないから、あなたたちに対する指示があいまいになっている――それは確かね。」


バイロンは申し訳ない表情を見せると頭を下げようとした。


副宮長が新人に頭を下げる、それはありえぬことである……その場にいたメイドたちは息をのんだ。


『大したことないわね、副宮長なんて』


マールが内心ほくそ笑む……第四宮におけるパワーバランスが変わると誰もがそう思った。


 バイロンが申し訳なさそうな態度を見せるとマールを中心とする新人たちは平静を装いながら心の中で嘲笑った。そこには明日からの業務にチーフという役職が新たに追加されマールがその職につくという自信さえある。


『チョロイもんよ』


 腰ぎんちゃくの新人メイドが顔に出さずに副宮長であるバイロンを見た。そこにはマールの財力を背景にした強みが滲んでいる。それを感じたバイロンはしとやかな姿勢を見せると腰ぎんちゃくの新人に微笑みかけた。


そして、


「ごめんな――」


そう言って頭を下げようとしたのである。マールを含めた新人たちが勝ち誇った表情を見せた。


だが次の瞬間、思わぬ事態が食堂でうまれた。形容しがたい打撃音が響いたのである。


リンジーはその音を聞くと如何ともしがたい表情を浮かべた。



『バイロン必殺の頭突き……』



 以前にも執拗な嫌がらせを行う先輩メイドに対してバイロンが見せた武闘派メイドの真髄である。マールの腰ぎんちゃくはゼロ距離からの頭突きを顔面に受けると鼻から出血しながら卒倒した。


 だが、バイロンの行動はそれで終わらなかった。軽やかなステップ取ると両隣にいた新人(同じくマール腰ぎんちゃく)に頭突きを喰らわせたのである。人は想定外の行動に対しては反応が遅れることが多々あるが両隣の新人はまさにそれであった。バイロンの頭突きは二人の側頭部に吸い込まれた。


何が起こったかもわからないマールの腰ぎんちゃくたちは顔をおさえると同じくその場にへたり込んだ。


バイロンは何事もなかったかのように倒れた3人を見た。


「宮長に対して意見具申する場合はそれなりの実力を備えてからするものです。『メイド心得』には先輩や管理者に対して敬う姿勢が必要だと記されています。」


バイロンは何食わぬ顔でそう言うとマールに向かってほほ笑んだ。


「あなたが主犯でしょ、この子達を使ってかき回そうとしたのは?」


 バイロンがそう言うとマールがその場で固まった。マールは想定外の展開に思考が働かない状態に陥っている……


バイロンはマールにやおら近づくとその耳元でぼそりと呟いた。


「あなたがお父様の財力を使って他のメイドたちに物品を振る舞っていたことはわかっています。この行為は誉れあるメイドに許されることではありません。」


 バイロンはそう言うとリンジーにアイコンタクトした。リンジーが『やむを得ない』という意味を込めて小さく頷くと、すかさずとその場に鈍い音が3回響いた。


 新人を使って宮の中をかき回そうとした責任、監督者である宮長や副宮長に対して取った無礼な態度、そして物品を用いて懐柔した行動、それらを加味した罰は3発の頭突きという形で具現化された。


マールの無様な姿が食堂に晒される。それを見たバイロンはエレガントに振る舞うと他のメイドたちに会釈した。


「偶然、躓いて頭がぶつかっただけですから」


 もちろん他のメイドは『偶然』ではなく『必然』であることを認識している、だがそれに対して物申す人間は1人もいなかった。


『副宮長、やばいわ……』


『マジ、ヤバイ……』


『枢密院に直訴状を出すだけのことはあるわ……』


 綱紀粛正という言葉があるが、バイロンの行為は新人にヤキを入れただけでなく、OBとして戻ってきたベテランメイドたちにも衝撃を与えていた。


                                    *


さて、ほぼ同時刻――バイロンと連携していたマーベリックは税務署に顔を出していた。


「脱税の疑いがある業者があるのだが、調べてもらえんか」


丁寧に職員に物申すとマーベリックは所長に対して名刺を出した。


「レイドル侯爵はあなたの事を気にかけている。大物を落とせば、署長というポスト以上のいすにすわることもできる。」


税務署の署長はレイドル侯爵の名刺を見ると呻った。


「ですが、この業者はダリス有数の富豪が経営している会社でございます。この方に逆らうのは……」


署長が富豪の脱税捜査を拒否しようとするとマーベリックが嗤いかけた。


「まさか富豪と癒着しているのではありませんな」


言われた署長は一瞬、言葉を詰まらせたが首を横に振った。


「そんなことはございません……」


署長が否定するとマーベリックが何食わぬ顔で続けた。


「小さな業者のお目こぼしは大目に見るのもわかります。ですが海外に送金して利益を誤魔化す業者の不法行為はどうですかな?」


言われた税務署長は怪訝な表情を浮かべた。


マーベリックはそれを見ると利益の付け替えを行っている富豪のやり方を両替商の資料付きで署長に提示した。


「納めるべき税金を隣国トネリアに送金して課税を逃れている。どうおもわれますか?」


 言われた署長はその顔を真っ赤にした。そこには徴税官の誇りを傷つけられた怒りが現れていた。業者に対するお目こぼしはどこでもあるのだが、富豪の経営する業者のやり口は目に余った。


マーベリックは署長の顔を覗き込んだ。


「平民が貴族の徴税官に逆らうような商行為を行う……どう思われますか?」


 税務署長というのは貴族の下っ端連中の役職になるのだが、豊かな暮らしをする商人の生活には嫉妬の炎を燃やすものも少なくない。貴族とはいえ給料の少ない徴税官は平民の身でありながらぜいたくな暮らしをする平民に負の感情を持っているのだ。


 マーベリックはそうした徴税官の心理面を焚き付けると朗らかな表情を見せた。そして後は何も言わずに背中を見せた。


                                 *


 マーベリックが去った半日後、マールの父親が経営する会社に脱税容疑で司直の手が入った、まったく予想をしていなかったマールの父親は思わぬ『手入れ』に顔を真っ青にして立ち尽くすほかなかった。小遣いをわたして飼っていた役人に反旗を翻されるとは思わなかったようである。



 こうしてマール及びその実家は一日にして崩壊するという事態が展開した。第四宮で調子づいたマール、そしてその父親はバイロンとマーベリックの策により完膚なきまで叩きのめされていた。




バイロンの頭突きとマーベリックの策により第四宮の新人たちはみごとにつぶされました。さて物語はこの後どうなるのでしょうか?


皆さん、寒いので風邪にはお気を付けください(特に受験生!!)

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