第三話
5
リンジーとバイロンの考案した≪ルッカを一画としたトライアングル体制≫は思いのほかうまくいった。ルッカにメイドの管理業務をまかせたことでバイロンとリンジーの仕事が飛躍的に楽になったのである。
その中でも大きな変化が生じたのはベテランメイドの管理である、
マイラの推薦したルッカは年寄りならではのイヤラシイ目聡さを発揮するとバイロンとリンジーに問題のあるベテランメイドを証拠付きでご注進した。今までは忙しくて管理業務がなおざりになっていた二人であるが、ルッカの観察眼により業務を誤魔化していたベテランを認識することが可能となったのである。
『ルッカさん、役にたつわ……』
ルッカの証言により証拠をつかんだ二人はさっそく宮長と副宮長としての権限を発揮した。『クロ』と判断したベテランを呼びつけたのだ。
「職務怠慢は減俸になりますが?」
減俸というのは誉れあるメイドにとって不名誉なことになる。再就職するときに『減俸』ということがわかると宮で働いていた実績が評価されなくなるからだ。二人はその点を留意してベテランに詰め寄った。
「履歴書に減俸と書かれてもよろしいのですか?」
リンジーとバイロンはイイカゲンな業務を行うベテランに対して『査定する監督者と』しての姿勢を前面に押し出した。ルッカの告げ口により客観的な証拠をつかんだ二人は理詰めでベテランを攻めた。
「……す…すみ…ません…』
サボタージュ(さぼり)が露見したベテランは履歴上に傷がつくことを恐れるとバイロンとリンジーに服従せざるを得なくなっていた。そしてそれを見たほかのベテランたちもバイロンとリンジーを認めざるを得ない状態に変化していた。ルッカの客観的な告げ口はベテランたちを抑える切り札として見事に機能したのである。
こうしてメイドの管理が上手くいかなかったバイロンとリンジーはルッカという『重石』を手に入れたことで管理業務を流せるようになったのだ。
*
だが、一方で別の問題もあった――
それは新しく入って来た新人の教育である。ルッカの陰険なプレッシャーはベテランメイドにこそ力を発揮するものの、第四宮での所作を何も知らない新人たちには役立たなかった。ベテランと違い多少の過ちは許される新人は細かいことなど気にせず、失敗しても何食わぬ顔を見せたのである。
さらには、新たに入ったメイドは17~19歳のためリンジーとバイロンよりも年上の娘もいた。それゆえリンジーの事を軽んじる傾向が顕著にあった。
『17歳の小娘が第四宮の宮長なんて信じられないわよね……』
押しのきかないリンジーの説教は新人にはあまり効果がない。さらにはルッカの説教も年寄りじみていて若人の調教という意味ではあまり役に立たない……もちろんバイロンに対しても同じで、面従腹背という姿勢を取りつつ、影では無能呼ばわりしていたのである。
新人教育という新たな問題は若い二人にとってはやっかいなものであった。
『このままじゃ、埒が明かないわね……調子づかせるわけにもいかないし…』
2週間ほど様子を見ていたバイロンはいかに状況を好転させるか考えた。
『あれでいくか……誉れあるメイドとしては問題が出るかもしれないけど』
バイロンはそう思うとかつてコルレオーネ劇団でつちかった新人教育の一端を脳裏に描いた。
6
リンジーに対して反抗的な態度を取っていた急先鋒の新人メイドは17歳になったばかりの小柄な娘、マールであった。ダリス有数の富豪の娘で実に気の強そうな(実際に強い)な表情をしていた。宮で働いた履歴があると結婚でも有利になるため、実績作りのためにコネでメイドになった人物である。
我の強さを強調するような出っ歯と今まで一度も苦労をしたことのないマールの立ち居振る舞いはメイドには全く似つかわしくないが、彼女はそんなことなど気にせずメイド服を着た暴君のように振る舞った。
さらにマールは新人メイドを束ね、あわよくばクーデターを起こそうという気概さえ見せる――政治闘争を好むタイプであった。弁舌が巧みで他人をひれ伏させることに生きがいを感じるタイプのようだ……
新人教育をまかされた調教済みのベテランメイドもマールには手を焼くどころか腫れ物に触るようで、その実情は制御どころか、タジタジになっている。マールの親の持つ力が後の就職先のあっせんになることを期待しているため、適切な指導がマールにできないのである。
『親のコネをあてにしているベテランじゃマールは調教できないわ。それにあの娘……派閥の構築をたくらんでるのね……』
バイロンは金回りのいいマールの姿勢に疑問を持った。
『いいわ、しっぽをつかんでやる。』
バイロンはそう思うと物静かな誉れあるメイドのふりをしながら新人たちの様子を観察した。マーベリックの謀者としてスニークスキルを高めている彼女にとってはマールの監視などお茶の子さいさいである。
『見ていなさい、今のうちよ』
バイロンはそう思うと淑女を演じて新人たちを観察した。
*
そして、それから一週間、バイロンはマールの新人買収のやり口をその眼にしていた。
『なるほど、そう言うやり方ね』
休日になるとマールは合コンと称して他の新人メイドを外に連れ出して豪遊するというスタイルを取っていた。直接現金を渡すわけではないので不正とは言い難いが、カフェやホテルでの飲食は明らかにメイドの給料で賄えるものではない。
バイロンはその点を注視するとマールが実家からの援助を受けていることをつかんだ。
『親からの援助は合法的、でもそれを他のメイドに物品という形で渡すのは十分に賄賂として認識できる。』
バイロンはそう思うとマーベリックの顔を浮かべた。
『マールの実家はマーベリックの方に相談しよう、何か策を講じてくれるはず』
バイロンはそう思うと早速、作戦を練り始めた。
『よし、これでいい、後はリンジーの了解を取り付けて……』
バイロンは『世の中そんなに甘くねぇんだよ、大作戦!!』を脳裏に描くとしたたかに計算を始めた。そこには以前の事件を解決に導いた大胆不敵なメイドの深謀があった。
7
邸宅のリビングで虚空を見据えていたレナード卿は唐突に側女に声をかけた。
「どう思う、パストールの案は?」
言われた女はフフッと笑った。
「トネリアから嫁がれた二ノ妃様に対して大胆不敵な策を弄するようですね。普通なら宮の人間を貶めるようなことはしないと思いますが」
女がそう言うとレナードは狡猾な表情を浮かべた。
「だが、あの工事案件は何とか落としたい。パストールの白金も手に入らなくなったしな……」
かつてパトリックが経験したブーツキャンプでの白金盗掘事件(外伝一章の事件)の白金は海路を通りトネリアにわたっていた。そしてその白金が賄賂としてレナードの所に還元されていた。
「二ノ妃に対する工作でかなりの白金が失われた。これ以上の裏金はこちらが身を削がねばならん。だが、それは気に喰わん」
レナードは二ノ妃を籠絡するうえでの工作資金に自分の身銭を使う気は微塵もなかった。
「帝になるためには他の貴族との関係を太くする必要がある。一ノ妃に疎まれた時の保険を賭けねばならん。となるとその費用も必要になる。」
レナードは次期皇帝としてのポジションを確実にするため貴族連中にもばらまきが必要だと確信していた。
「工作資金をいかにしてねん出するか、どう思う?」
尋ねられた側女は懐からカードを出した。
「占って進ぜましょう」
女はそう言うと意味深な笑みを浮かべてカードを切った。
*
女はレナードにひかせたカードを見ると進言した。
「金銭を使わない知恵もありますね、二ノ妃様を籠絡する方法が」
占い師の女がそう言うとレナードは眉を寄せた。
「二ノ妃様は金子類にも目がありませんが、若い男子にも目がありません。それを使えばよいかと」
それに対してレナードが答えた。
「二ノ妃が国立歌劇団の役者に入れあげているのは知っている。あの女は娘のマーガレットが死んでからは人が変わった。」
レナードが吐き捨てるようにそう言うと占い師の女は首を横に振った。
「そうではありません、別の人間を使うのです。」
言われたレナードは首をかしげた。
「誰の事だ?」
言われた女はレナードの耳元でささやいた。
「なるほど……そう言う手があるな……」
レナードはコストのかからない方法を見つけたことに機嫌をよくした。
「だが、それならばターゲットを見つけねばならん……」
レナードがそう言うと女は息を吐いた。
「占って進ぜましょう」
邪悪な吐息の中には邪な企みが滲んでいる、側女はカードを切るとおもむろにその中から一枚拾い上げた。
「どうやら東の方ですね」
言われたレナードは二ノ妃を落とすための奸計に思いを巡らせた。
ルッカの力によりベテランを抑えたバイロンとリンジーでしたが、新人教育はうまくいっていないようです。マールという新たな問題児が現れました……
その一方で帝位継承権をもつレナード卿は橋梁工事で談合するために二ノ妃を籠絡しようと企みます。
さて、物語はこの後どうなるのでしょうか?




