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第二話

さて、それから二日後の早朝……


 第四宮では小さな変化が起こっていた。甚だしい忙しさにてんてこ舞いになっていたバイロンとリンジーの前に1人の年老いたメイドが現れたのである。60歳を超えたその容姿はお世辞にも若いとは言えないが妙に眼光が鋭い。


「マイラさんの推薦でやってまいりました、ルッカと申します。」


 慇懃にそう言ったルッカはバイロンとリンジーに挨拶すると、食堂のイスにチョコンと座った。品のいいおばあさんのように一見見える。


 リンジーはマイラから渡された推薦状をルッカから受け取ると開いている部屋へと案内しようとした。

だが、それにたいしてルッカは異議を唱えた。


「リンジーさん、あなたは若いけどこの第四宮の宮長です。あなたがする仕事は私の案内ではありませんよ。」


 リンジーはベテランメイドに気を遣い、自ら案内しようとしたがルッカはそれを拒んだ。そして3人のいる食堂をちょうど通りかかった40過ぎのメイドに声をかけた。


「ちょっとあなた、私の荷物を運んで下さる」


 その物言いは実に柔らかく相手に不愉快な思いを持たせなかった、だがその一方で相手に拒否させるという選択肢を選ばせない圧力がある。


ベテランのメイドは頭を下げるとルッカの荷物を持った。


「では、あとで」


ルッカはそう言うとバイロンとリンジーに丁寧に会釈してその場を去った。


食堂に残されたリンジーとバイロンはルッカの鷹揚な態度に何とも言えないものを感じた。


「ねぇ、バイロン……ルッカさん……使えるんじゃない」


リンジーがそう言うとバイロンも小さく頷いた。そこにはリンジーの考えを肯定する意図がある。


『ルッカさんが使えるなら……状況が好転するかも……』


ベテランメイドに翻弄されている二人にとってルッカの存在は飛び道具になるのではないかと思えた。


                                   *


さっそく二人は作戦を練った。


「トライアングル体制……どうかな……」


 リンジーは上級学校を首席で卒業しただけに学術的なアプローチは得意としていた。そしてルッカの老獪な態度を見抜くと彼女に管理業務の分業を担当させることを提案した。


「ルッカさんにメイドの管理業務を任せる。バイロンはそのフォローと監視、そして私は事務全体をおさえる。」


リンジーがそう言うとバイロンが頷いた。


「老齢で肉体的には問題があっても指示出しができれば軍師として使えるわ。ルッカさんが管理業務をおさえてくれれば、かなり楽になると思う。」


 バイロンとリンジーは先ほどのルッカの行動を見て、そう判断すると朝の朝礼を招集するべくハンドベルを握った。そこには現状を何とか好転させようとする若い娘の強い思いがみなぎっていた。


                                    *


「こちらが新しく第四宮に配属されたメイド、ルッカさんです。」


バイロンがルッカを紹介すると朝礼に並んだメイドたちは何とも言えない表情を見せた。


『こんな年寄り、使えないんじゃないの……』


『一体何者??』


『ずいぶん老けてるね……』


 ベテランメイドたちは口にこそ出さないが警戒感を滲ませる。そこには年寄りの持つ老獪さとイヤラシサを厭う様子が現れている。


バイロンとリンジーはその様子を感じ取ると、自分たちの構想が上手くいくのではないかと思った。


「では、ルッカさん――ご挨拶をお願いします。」


バイロンがそう言うとルッカはニコニコしながら挨拶を始めた。


「初めまして、ルッカ バニングと申します。不束者ですがご指導宜しくお願いします」


 ルッカはそう言って深々と頭を下げる、その物腰は実に低く、実に丁寧である。ルッカのそつのない挨拶を見せられたベテランメイドたちはその唇を歪ませた。


バイロンは朝礼の空気を読むと確信した。


『ルッカは使えるわ、だけどこの老女をどうやって御していくか……』


バイロンとリンジーは女の園に現れた新たな存在をいかにして扱うか、新たな課題を抱えることになった。


さて、同じころ――パストールのいる高級老舗ホテルのスイートでは――


「昨晩の『催し』は実に面白かったわ、ありがとう」


そう言ったのはダリス国の二ノ妃である、その表情は煌々としていている。


「とんでもございません、お妃様。あなた様はトネリアから嫁がれたお方でございます。我々にとっては大切なお方、この程度の『催し』ぐらいなんということも御座いません」


 パストール商会の会長パストールはそう言うと二ノ妃に笑みを浮かべた。そこには商人としての利に聡い計算が滲んでいる。


「来週末も催しはありますので、是非お顔を出していただければ」


パストールはそう言うと二ノ妃に小さな小包を渡した。


「トネリアからの贈り物でございます。」


二ノ妃はそれを受け取るとその眼を細めた。


その時である、タイミングよくレナード卿が現れた。


「これは、これは、二ノ妃様、おはようございます。」


 それに対して二ノ妃はエレガントな挨拶を見せた。貴族の中の貴族と言われる帝位に近い存在が格下の公爵に見せる挨拶ではない。明らかに『含み』を持たせた所作である。


「これは次期皇帝候補のレナード卿、ご機嫌麗しゅう」


 二ノ妃の言い方は慇懃でレナードに対して敬意を表していたが、その一方でその眼は異なっていた。レナードをしたたかに計算する打算が瞳の奥に輝いている。


「いかがでしたか、昨日のマスカレードは?」


 レナードが尋ねると二ノ妃はにっこりとほほ笑んだ。そこには『悪くない』という意図が滲んでいる。だがその一方で『物足りない』という意志も現れていた。大国トネリアから嫁いだ妃にとってダリスの『催し』などお遊びにしか映らないと……


「近く大きな工事案件がございますが、あれは二ノ妃様のサインが必要となります。その点を御理解いただけると嬉しいのですが」


二ノ妃はかしずくレナード公爵を見るとその顔を羽のついたセンスで覆った。


「あまり具体的なお話はどうかと思いますけど」


二ノ妃は表情を隠して思わせぶりに言うとレナード卿とパストールを見た。


「わらわはダリスとトネリアの関係がよくなるのであれば骨を折る覚悟です。ですが骨を折るならそれなりものが必要になるでしょう」


二ノ妃はそう言うと二人に向かって再びエレガントな挨拶を見せた。


「橋の公共工事の入札まではまだ時間がありますね」


二ノ妃はそう言うと意味深に微笑んで待たせている馬車に向かって歩き出した。


                                  *


残されたレナード卿とパストールはその後ろ姿を見ると何とも言えない表情を見せた。


「食えないお方だ……」


 二ノ妃に対する付け届けは直接、間接問わずにかなりの量が使われている。レナードもパストールも橋梁建設工事の入札に関して骨を折っていた。


「あの方は娘のマーガレット様を失ってから人としての品位が落ちてしまわれた……多少の工作ではびくともせんよ」


パストールは二ノ妃を乗せた馬車が私邸から離れると実に不遜な表情を浮かべた。


「だが、二ノ妃を落とさないかぎり橋の建設工事は入札できない。あの土地は二ノ妃様の持つ私有地と重なっている。サインがなければ工事許可が下りなりない……入札まで行けば業者選定に私が口をはさめるがな……」


レナードがそう言うとパストールが大きく息を吐いた。


「工事業者にトネリアの業者をアドバイザーとしてつけて頂ければ技術料として我々は対価を手に入れることができます。もちろん合法的に……」


パストールは橋梁工事に直接の工事業者としてではなく技術指導の名目で間接的に参画しようと企んでいた。


「レナード様、この案件が上手くいけばトネリアにあるあなた様の口座にも……」


パストールに言われたレナードは邪な表情を浮かべた。そこには技術指導料から一部キックバックさせようという意図がありありと浮かんでいる。


「二ノ妃様は心を動かされております、あと少し、もうひと押しです!」


パストールは都と街道を海路で結ぶイエール橋の建設工事事案をなんとかその手に納めたいと考えていた。


「この工事はなんとしても落とさねばならない。だが、二ノ妃は籠絡しがたい」


レナードが不満げにそう言うとパストールはフフッと笑った。


「レナード様、私に考えがございます。」


パストールはそう言うとレナードに耳打ちした。



「……なるほど……だが、その方法では一つ間違えれば司直の縄が腕にかかるぞ。」



レナードがそう言うとパストールがフフッと笑った。


「貴族の私有地には司直の手は及びませんよ。レナード様」


パストールはレナードを見た、その眼は実に罪深い。


「あの工事をおさえればその後は大きな対価が手に張ります。リスクを負う価値があると思いますよ」


言われたレナードは腕組みした。


「……いいだろう……」


レナードはそう言うとパストールの顔を見ずにその場から離れた。


                                  *


レナードが馬車に乗るのを見送ったパストールは秘書である娘に目配せした。


「どう思う?」


聞かれた娘は無表情で答えた。


「わるくない、だけど……」


カラクリ人形が答えるような口調は実に気味が悪い。感情面が欠如しているのは明らかである。


「ソフィー、お前の力なければこの事案はうまくいかない。レナードの動向がわからなければこの事案はどうなるかわからん。あやつは聡い男だ。金だけでコントロールできる人間ではない。」


パストールがそう言うとソフィーと呼ばれた娘はその表情を歪めた。


「レナードの腹心、占い師の女、あれはアブナイ」


ソフィーはレナードの腹心である女占い師の事をすでに知っているようで、その点を気にかけた。


「アレはアブナイ」


ソフィーは再びそう言うと父親の顔を覗き込んだ。黒目が異様に大きく瞳孔が開いている。パストールはそれを見て一瞬たじろぐとわざと咳払いした。


「ソフィー……頼むぞ」


パストールは異形のものを見るような目で娘を見るとその場を逃げるようにして離れた。




第四宮ではルッカというババァが出てまいりました、この人物はバイロンたちにとって有益な人間なのでしょうか?


一方、パストールの娘、ソフィー……この人物は一体どんな人間なのでしょうか……彼女はいかなる役割を果たしているのでしょうか……

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