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第十五話

50

パトリックとの『取引』を終えたラインハルトは執務室に戻ると手続きに移った。


「これでいい」


 出来上がった書類に目を通してサインするとラインハルトは形容しがたい笑みをこぼした。そこには老獪な策士の見せる悦びがある……


「計画以上だ……」


 ラインハルトがそうひとりごちると、ノック音とほぼ同時に執務室のドアが開いて2人の軍人が入ってきた。


「ラインハルト様、パトリックの処遇ですが……」


 ブーツキャンプから一般刑務所に移送するための書類にサインしたラインハルトに対して手長とパツパツは不服そうな顔を見せた。


「多少の情状酌量があっても……」


パツパツがそう言うとラインハルトは鼻で笑った。


「何の酌量だ?」


庶務役のバウアーを爆殺した事実は殺人以外の何物でもない、ラインハルトはにべもない反応を見せた。


「ですが、仲間を助けようとした事実も――それにバウアーは蛮族が擬態した違法な存在でした。その点を配慮するのも……」


手長がそう言うとラインハルトは『ガハハハッ』と嗤った。意図を計りかねた二人は顔をしかめた。



51

「あの少年は面白い」


ラインハルトはそう言うと二人を見た。


「最近、ゴルダで騒乱事件が起こったことは承知しているか?」


ラインハルトがそう言うとパツパツがそれに答えた。


「はい、ゴルダ卿の圧政に対してユルゲンスという青年が革命を起こそうとして騒乱状態が生じたと……ですがその事件とパトリックの一件には関係がないのでは?」


パツパツがそう言うとラインハルトがそれに答えた。


「革命を起こそうとしたユルゲンスという人物は蛮族だ」


言われた二人は仰天した表情を見せた。


「今般、我々がここで経験した事件の主犯も蛮族であった。」


ラインハルトは続けた。


「この国の至る所に蛮族の連中が跋扈している。そして秘密裏に公職につく者さえも存在している。我々はそれを実際にこの目で目撃した。」


ラインハルトはそう言うと核心を述べた。


「ゴルダの事件、そしてここで起こった事象――おかしいと思わんか?」


言われた二人は沈黙した。その表情にはラインハルトの見解を肯定するものがある。


「ダリスは300年という太平を経験し、治安維持官も軍人も緩みの中で揺蕩ってきた。その結果が現在のダリスで生じている事件の本質だ。擬態した蛮族を見抜く力さえ失ってしまった」


ラインハルトはそう言うと核心を述べた。


「貴族で錬成される軍幹部の連中が擬態した蛮族に対して適切に対応できると思うか?」


 言われた2人は苦虫を潰したような表情をみせた。そこには庶務役を蛮族だと見抜けなかった自分たちの無能さを自覚する思いが滲んでいる。


「だがパトリックはバウアーを蛮族だと見抜いた。あの眼力は驚くべきものだ」


ラインハルトはさらに付け加えた。


「仲間を助けただけでなく、我々の尋問に対し沈黙を続けたことも評価に値する。」


ラインハルトは取り調べにおけるパトリックの戦術にも一目置いた。


「余計な言動を慎むことにより、こちらの戦術を崩した。証拠が突き付けられてもあくまで正当防衛と不慮の事故でやり過ごそうとした。軍事法廷ならば無罪を勝ち取ることさせできるだろう」


ラインハルトはそう言うと再び蛮族の事に話題を戻した。


「蛮族の跋扈を見るに当たり、私は近い将来、大きな事件が起きると考えている。そしてそれは北のゲートがやぶられるということだ」


 北のゲートとは北方とダリスを分け隔てる山脈に造られた唯一の通用口の事である。キャンプの正門よりもはるかに堅牢で大きな門がそこにはそびえている。


「北のゲートがやぶられれば、真っ先に落されるのはこの砦だ。軍事訓練を受けていない少年受刑者は無残に殺されるであろう。」


ラインハルトは最悪の想定を展開した。


「前科のあるガキども死んでも誰も悲しまん。つまり貴族の連中も軍の幹部も捨石としてこやつらを見捨てるだろう。」


ラインハルトは確信してそう言うと二人を見た。


「だが、それはあまりに忍びない。腐ったガキであっても未来はあってしかるべきだ。」


ラインハルトはそう言うとフフッと笑った。


「ヤキをいれた3人はパトリックを助けようとして医官のネイトまで焚き付けて救出作戦を敢行した。受刑者たちがそこまでしてパトリックを助けようとするとは思わなんだ。」


手長とパツパツはラインハルトの見解に素直に頷いた。


「この腐ったキャンプに友情があるとはな」


ラインハルトは立ち上がってそう言うと手長とパツパツを見た。


「有事の際、私はあの者たちに賭けたいと思う」


ラインハルトはそう言うと先ほど記した書類を手長とパツパツの前に掲げた。


「………」


2人はその書類のレターヘッドを見ると言葉を失った。そこにはまさかの文言が書かれていた。



52

翌朝5時、日の出とともにゲートの外に馬車が停まった。


パトリックは両手を縛られた状態で尋ねられた


「何か言い残すことは?」


 手長に言われたパトリックは何も答えなかった。すでに自分の将来が厳しいものであると自覚しているのだろう。


「お前が罪を認めて取引に応じた結果、あの3人とミゲルはすべてを不問にされる。そしてお前は……新たな道を進むことになる」


手長はそう言うと護送馬車の扉を開いた。


「卒業おめでとう!!」


 パトリックは手長を一瞥すると何も答えず馬車に乗った。すえた臭いと暗闇がパトリックを迎える。囚人として扱われる人間には似つかわしい環境であった。


『刑務所か……おじい様……すみません』


パトリックはそう思うと暗闇の中に消えた。


                                *


 護送馬車がゆっくりと進みだす――看守が閂をはずすとゲートが音を立てて開いた。朝もやの中、陽光を受けてゲートを抜ける馬車は高名な画家の絵でも表現できぬほどの光景を造り出した。


パトリックの未来には何がまちうけているのだろうか、それは厳しく労苦の多いものに間違いない。


『……俺……大丈夫かな……』


美しい少年は不安に押しつぶされそうになった。


『……これで完全な前科者だな……フォーレの名に泥を塗ってしまった。』


 パトリックがそうおもって落胆すると、その脳裏にかつて自分の窮地を救ってくれた仲間の顔が浮かんだ。


 どこにでもいそうな平々凡々とした少年、気の強そうな少女、そしてブサイクなロバ……彼らが立ち回ったおかげで今のパトリックがある。


『……すまない……またヘマをやってしまった……』


 パトリックはベアーとルナそしてロバの事を思い出すと、かつてポルカで起こった事件、そしてキャンプで経験した事象を脳裏に描いた。


『せっかく助けてくれたのに……』


パトリックは一時の感情に流されて人を殺めた行為をいまさらながら悔いた。


『僧侶のアイツが今の俺を見たら、何て声をかけるだろうか……』


パトリックはそう思うと深いため息ついた。


                                   *


それからしばし――


 かなり長い時間馬車に揺られた後、馬車が停まった。御者が後方に回りドアを開けると光が差す。パトリックはあまりのまぶしさに目つぶった。


「降りなさい、フォーレ パトリック」


 囚人番号で呼ばれずに名前を呼ばれたことに不信感を持ったパトリックであったがその目に入った光景は度肝を抜くものであった。



『……何だここは……』



 パトリックの眼前には逞しく無骨な建造物がそびえていた。石煉瓦を積み上げた外観はこしきゆかしき趣さえ漂っているではないか、それは明らかに刑務所ではない……


パトリックは入り口の門に書かれた雄々しいながらも雅な文字を見て息をのんだ。



≪ダリス国軍 士官養成学校≫



パトリックが動揺しているとその名を呼んだ人物が口を開いた。


「ラインハルト様の書かれた推薦状により、貴様は今日から士官候補生となる。」


パトリックは思わぬ言葉にその眼を見開いた。


「だが、貴様にはノルマがある。」


パトリックの名を呼んだ男はそう言うと命令書を突き付けた。


「このミッションをクリアーできなければ、貴様は刑務所へと送られる。」


乾いた口調で男はそう言うとパトリックに士官候補生の制服を投げつけた。


「さっさと着替えて来い」


ラインハルトの言葉の意味を悟ったパトリックは口角を上げた。


『なるほど、取引とはそういうことか……』


パトリックは命令書を強く握ると強制的に開かれた新たな未来に気炎を吐いた。


「――やってやろうじゃやねぇか、ラインハルトの爺さんよ!!」


 金髪をなびかせた美しい少年は正門から堂々とその一歩を踏み入れた。その背中には囚人としての面影はなかった。




 パトリックはキャンプを卒業し、新たな一歩を踏み出すことになりました。この先、彼は軍人としての道を歩むことになります。(どうやらラインハルトは悪い人間ではなかったようですね)

彼の未来にはいかなるものが待ち受けているのでしょうか?


ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。まだお話は続きますのでこれからも読んで頂けるとうれしいです。


さて、次章ですが……新作を挟むかもしれないので来年となります。(たぶん1月下旬)


では、皆さん良いお年を!!!(ちょっと早いよな……)

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