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第十四話

47

ミゲルの演技は想像以上であった。骨折した状態でフラフラと歩くと職員たちの前で折れた歯を見せて奇声を上げたのである。もともとコミュ障のミゲルが奇声をあげると看守たちは異様な表情を見せた。


「おい、向こうに行け!!」


 看守がミゲルに近寄り邪険に追い払おうとすると『待っていました!!』とばかりにガンツ派閥の少年が声を上げた。


「看守がミゲルを殴ったぞ、障碍者に対する虐待だ!!!」


 看守たちは手をあげてはいなかったが、ガンツ派閥の少年はでっち上げた情報を連呼した。そうすると待機していた少年たちが集まってきて、看守たちに罵声を浴びせた。


「虐待!! 虐待!!」


「コミュ障、虐待!!」


「虐待、コミュ障!!」


騒乱を恐れた看守たちは警棒を持つと全員が一斉に職員室を飛び出した。


『よしうまくいった!!』


ミッチは状況に満足するとガンツとアルとともに職員棟にある懲罰室へと足を運んだ。


                                 *


 懲罰室のカギはいとも簡単に外れた。アルの造った金属片(細い針金を研磨して先端をかぎ状にしたもの)が役立ったためである。アルは見張り役になると二人に『行け!』と合図した。


ミッチはニヤリと嗤ってそれに答えるとガンツに目配せした。


「開けてくれ」


 鉄板のようになった蓋をガンツが開けると地下へと続く階段が目に入る。ミッチはあらかじめ手に入れていたランタンに火をともすと地下へと続く階段を下りた。


2人は音をたてないように忍び足で進む。


「ネイトの話じゃ、この時間は誰もいないはずだ。」


ミッチは小声でそう言うとガンツに止るように合図した。


                                  *

 


二人が足を忍ばせて階段を下りると一人の受刑者の姿が映った。


「パトリックがいる」


 壁面のヒカリゴケが淡く光ると石壁に鎖でつながられたパトリックの姿があらわになる。頭をうなだれて苦しそうにする姿は帝王の威厳など微塵もない……


ミッチは状況を確認すると血相を変えて走りよった。


「大丈夫か。パトリック!!」


ミッチはうなだれたパトリックを起こそうとした。


「…えっ…」


パトリックの顔を見たミッチは言葉を失った。


その様子を見たガンツがミッチに声をかけた。


「速くしろ、ミッチ、何やってんだ!!」


ガンツは怒鳴るとパトリックに声をかけた


「逃げるぞ、パトリック!!」


ガンツがそう言ってパトリックの顔にカンテラを当てた時である、ガンツはミッチと同じく言葉を失った。


「……どういうことだ……」


なんと懲罰室の鎖につながれていたのはパトリックではなく医官のネイトであった。


                                   *


顔を腫らしたネイトが口を開いた。


「全部バレテル……」


 ネイトがそう言うや否やであった、懲罰室の階段に続く鉄蓋が独特の金属音をあげて開いた。そしてブーツの踵がコツコツと階段を下りる音がその場に響いた。


「残念だったな、」


そう言ったのはボーガンを手にしたラインハルトであった。何とも言えない空気が懲罰室に訪れる。


ガンツとミッチは後ろに控えた看守と拘束されたアルを見るとただ押し黙る他なかった。



48

バウアーを爆殺したパトリックはすべての聴取に対して沈黙していた。何も言わず、語らず、その様は国宝級の彫像のような雰囲気さえ漂っている。


 尋問にあたっていたパツパツは威嚇するような態度を見せたり、懐柔して罪を軽くするような取引を持ちかけたがパトリックは反応を見せない。


『人を殺して腹が据わったな……』


バウアーを爆殺したことでパトリックには瘴気のようなオーラが滲んでいる。


『一線を越えた人間は獣と同じだ……こいつもその線を越えたか……』


パツパツがそうおもった時である、取調室に1人の看守がやって来た。そしてパツパツに耳打ちした。


「立て、パトリック!!!」


手長はやおらそう言うとパトリックを取調室から出した。


「面白いものを見せてやる!!」


パツパツはそう言うと意味深に嗤った。



49

パトリックの前には顔を腫らして全裸にされた3人の姿があった。明らかに痛めつけられた彼らの表情は死んだ魚のように精気がない。


「ミッチ、ガンツ、アル!!」


パトリックは声を出すと、3人の奥に佇んだ軍服の男を睨んだ。


「ここまでやる必要はないだろ!!」


パトリックがそう言うと軍服の男が現れパトリックに言い放った。


「お前を助けに来たそうだ」


軍人は意地悪く笑った。


「我々に喧嘩を売るのはいい度胸だが、一線越えればそれも意味がない」


妙に腕の長い軍人は手にしていた警棒を右手に持ち替えるとガンツの前に立ち、その背中を打った。


肉を撃つ鈍い打撃音がパトリックの耳に届く。


「虐待だぞ!!!」


 だが軍人はパトリックの言葉を聞かずに再び警棒を振り上げた、その表情には弱きものを嬲ることに快感を覚えた歪みさえ滲んでいる


「お前それでも軍人か!!」


パトリックが正論を述べると軍人はアルへと警棒を向けた。


「うまくカギをあけたつもりだが――バレてしまえば意味がない」


 軍人がそう言って警棒を振り上げると懲罰室のドアが突然開いた。そして顎ひげをはやした老人がその身を現した。


                                  *


顎髭をのばした老人が来ると警棒を持っていた軍人は直立不動の姿勢をとって敬礼した。


老人はそれを横目に見ると小さく頷いて下がるように目で合図した。


警棒を持った軍人は老人に再び敬礼するとすぐさま3歩下がった。


「馬鹿なことをしたものだ」


年老いた老人は顎髭に手をやると嬲られた3人を見た。


「懲罰室にいるお前を助けようとは――無駄なことを」


老人はそう言うとほくそ笑んだ。


「医官のネイトをたらしこんで職員たちの行動を把握したようだな――なかなか知恵がある」


 年老いた軍人はそう言うと形容しがたい鋭い目つきを見せた。そこには狙った獲物を確実に屠るという意志が燦々と輝いている――


「だが、すべてお見通しだ」


老人は意地悪く笑うとパトリックを見た。


「お前を助けに来たせいで、こ奴らの未来は暗く閉ざされることになる」


老人は淡々と言った、その物言いは無味乾燥である。


「明朝、この3人は刑務所へ移送になる。今までキャンプで積んだ功徳のキャリアもパーだ。これで完璧に将来が閉ざされる」


 キャンプで問題を起こした少年たちは一般犯罪者の収監される刑務所へ行くことになるのだが、それは『前科者』になることを指す。すなわち一般人としての社会復帰が極めて困難になることを意味する。キャンプを『卒業』して娑婆に帰るのと刑務所帰りでは意味が違うのだ。社会の落伍者として烙印が押されることになる


「ここで作業を続けていれば、晴れて娑婆に出られたものを――みすみす自らの手でつぶすとはな」


老人はそう言うとパトリックを見た。


「不法侵入と医官をたらしこんだ罪は軽くないぞ――」


言われたパトリックは能面のように感情のない表情で老人を見た。


「3人はお前を助けようとしたことで裁かれる。お前と同じく厳しい沙汰が待ち受けている。」


脇に控えた手の長い軍人がそう言うと――ガンツが声を上げた。


「まともじゃねぇ庶務役が今回の事件の犯人だ。あんたたちの監督責任だってあるだろ。」


ガンツが息巻くとミッチがそれに続いた。


「パトリックとミゲルを坑道で事故に見せかけて殺そうとした奴だ、そんな奴が死んだって何が悪いんだ!!!」


ミッチはそう言うと全裸にもかかわらず立ち上がった。


「坑道からレアメタルを盗掘してた連中だぞ、犯罪者じゃないか!!」


至極まともなことをミッチが叫ぶと年老いた軍人はそれを鼻で笑った。


「たとえ犯罪者であっても、その命を奪ったことは殺人でしかない。お前たちはその殺人者人を助けようとしたんだ。その罪も軽くないぞ」


 法的知識に長けた老人の物言いは論破するには厳しいものがある。少年たちの痛いところを抉るようについてくる。


ミッチもガンツも『グヌヌヌ……』となった。


老いた軍人は顎髭に手をやるとパトリックを見た。そこにはパトリックを試すような仄暗さがある。


「お前にチャンスをやろうパトリック」


老人は楽しげにそう言うと実に不遜な表情で取引を持ちかけた。




 パトリックを助けようとした4人でしたが、結局、作戦は失敗します。むしろ状況は悪い方向へ……パトリックも厳しい状態に追い詰められます。


はたして、この後、パトリックにはどんなことが待ち受けているのでしょうか、それは厳しいものなのか……それとも……


次回でこの章は終わりとなります。


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