第十三話
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「生意気な口をきいてくれたな、貴族の小僧!!」
二つ目の火薬玉に火をつけたバウアーは自分の計画を破たんさせた美しい少年に凄んだ。
「俺たち蛮族の未来を踏みつぶすダリスの貴族は許さない。お前の息の根は絶対に止める。」
逆恨みも甚だしいのだが、正体を見透かされたバウアーは歪曲した思いをパトリックにぶつけた。
一方、パトリックの脳裏には現状を打破する一手が思い浮かんでいなかった。
『どうやって切り抜けるか……状況はさっきよりも悪い』
先ほどの荒事で位置取りを計算したバウアーはパトリックの後方が崖になるように巧妙に追い込んでいた。蛮族の持つ戦場での感性は貴族の少年に絶体絶命の状況を与えていたのである。
「爆殺されるか、崖に飛び込むか、お前にはこの二つの選択しかないぞ」
バウアーがそう言うとパトリックはその美しい顔を歪めた。
『軍人たちのようにバウアーの懐に飛び込んだところで、返り討ちにされる。かといって崖に飛び込むのも自殺に等しい……仮に俺だけ逃げられてもミッチ達が火薬玉の餌食にされる……』
命のやり取りをせねばならないこの状況で次の判断が人生の結末を決める。パトリックはそう判断すると導火線でほとばしる炎の燃え具合を見た。
『駄目だ、時間がない……』
パトリックがそう思った時である。思わぬ事態が生じた。
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ニヤニヤしながらパトリックに圧力をかけていたバウアーが突然、その片膝を地面についたのである。バウアーは太ももに刺さったものを見るとその眼を白黒させた。
『……矢が……まさか援軍か』
想定外の事態に蛮族の男は『撤退』の二文字を脳裏に浮かべた。
一方、追い詰められたパトリックには最大のチャンスが到来していた。
『今だ!!!』
*
右脚を射られたバウアーは一瞬で状況判断すると射手の位置を計算してその身を翻した。そして火薬玉をちらつかせてけん制しながらその場を離れようとした。
『最後にコイツを投げれば、形勢逆転できる。』
バウアーは戦闘民族の勘を閃かせると、足をひきずりながら射手の狙撃範囲からその身を退避させようとした。
と、その時である、再び思わぬ事態がバウアーに生じた。
なんとノーマークである存在が状況を変転させたのである。
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それはミゲルであった、バウアーに右手を折られたにもかかわらず襲い掛かったのだ。
脚の踏ん張りが利かないバウアーはよもやの相手に足首をつかまれると体制を崩してその場に転倒した。
「このクソガキ!!!」
逆上したバウアーはミゲルの顔を蹴りとばした。
「カタワが舐めやがって!!」
ミゲルは前歯を折られると血反吐を吐いた。
だが、ミゲルはそれでも手を放さなかった、その表情には鬼気迫るものがある。
「クソガキ、ぶち殺してやる!!!」
バウアーが殺意を込めてミゲルの首に手をかけた時である、バウアーは妙な影が自分を覆うのを感じた。
「………」
その影の持ち主はパトリックであった。雄々しくそびえ立つその右手にはバウアーの手からこぼれた火薬玉が握られているではないか……
「そろそろ爆発するぞ」
パトリックが悪魔の微笑を見せてそう言うとバウアーは馬乗りになったミゲルから手を放した。事態が自分に不利になったことを一瞬で認識したバウアーは脱兎のごとく走り出した。
パトリックは足を引きずって逃げるバウアーを見ると数を数えた。
「…5…」
「…4…」
カウントダウンを始めたパトリックであったが逃げるバウアーに向けて火薬玉を投げるか迷った。人殺しになることを避けたいという思いが脳裏をよぎったからである。
『牽制だけで十分ではないか……』
貴族としての高貴さがパトリックに訴えかける……
だが、その思いに澱みが生じた。バウアーが振り向くとパトリックに向けて一瞬、微笑んだのである。その眼には貴族の持つ倫理観を嘲笑う卑しさと『必ず復讐する』という執念が垣間見られた。そしてバウアーはガンツ達に向き直るとポケットの中に手を突っ込んだ。
戦闘民族の残虐さを感じ取ったパトリックの脳裏に言葉が浮かぶ。
『コイツを今、ここで逃がせば被害者が生まれる……ならばここで』
パトリックは一瞬で判断すると逃げるバウアーに向けて火薬玉を投擲した。
*
火薬玉は中空で踊るとバウアーの背中に吸い込まれるようしてに飛んだ。火花を散らし回転する火薬玉は的を違えることなく対象に向かって美しい軌跡を描いた。
「ドッウゥゥゥゥン!!!」
炸裂音と爆煙があたりを襲う――赤茶けた大地の砂塵が巻き上がるとバウアーの肉片が四散した。砂埃がおさまると大地には膝から下だけが残されたバウアーの姿が残されていた。
それを見た美しい少年は達観した表情を見せた。
「汚ねぇ花火だぜ――」
パトリックが金髪をなびかせてそう言うと一部始終を目撃したミゲルが前歯を折られた状態で叫んだ。
「ビッグティッツ万歳!!!」
赤茶けた大地にミゲルの声が轟く、その言葉はコミュ障とは思えぬ澱みのないはっきりとした発音であった。
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だが、それも束の間、パトリックの前に軍服に身を包んだ老人が現れた。その右手にはボーガンが握られている。バウアーの足を射抜いた人物であった。
「やり過ぎだぞ!!」
正当防衛とは言えないパトリックの行動は仲間を救う名目はあるものの、殺人行為でしかない。老人はボーガンをパトリックに向けたまま続けた。
「今の行いは許されるものではない。」
老人がそう言うと倒れていた手長が脇をおさえて立ち上がり老人に近寄った。
「ラインハルト様、今のはバウアーが怪しげな視線を送った結果でございます。軍人であれば先んじて制すのが道理かと」
手長がパトリックの行動を正当化しようとするとラインハルトはそれを鼻で笑った。
「奴は軍人ではない受刑者だ!!」
ラインハルトはそう言うとパトリックを拘束するように言った。
「取り調べで吟味する。」
ラインハルトは実に厳しい表情で言い放つとパトリックに縄を打った。
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パトリックが拘束されてからしばし――
ミゲルの話により状況がわかったガンツ、アル、ミッチは渋い表情を見せた。
「俺たちを助けるために……」
パトリックがバウアーに火薬玉を投擲して殺害した事実は否めない、厳しい沙汰が言い渡されるのは想像に難くない――3人は途方にくれた。
「どうなるんだろうな……パトリック……」
ガンツがか細い声で言うとアルがそれに答えた。
「たぶん、キャンプから出されて刑務所に入ることになる……場合によっては流刑かも知れない……」
アルが泣きそうな声で話すとミッチが急に思いついた表情を見せた。
「助けようぜ、パトリックを。俺に考えがある!」
ミッチはそう言うとその眼をギラツかせた。そこには腹案があることを示唆していた。
*
パトリックに対して並々ならぬ思いを持つ医官のネイトをたらしこんだミッチは職員たちの動向を確認した。
「豚箱にぶち込まれる前に何とかするんだ」
ミッチはそう言うとネイトから手に入れた情報(看守の予定を記してある勤務表)を活用した。
「ミゲルがキチガイのふりをして看守の気を引く、その間に俺が錠前を破る。」
ミッチはそう言うとアルを見た。
「あそこの錠はと変わっていない。だけどカギを開けるための道具がいる。アルそれを用意してくれ。」
錠前を破るための道具は金属研磨ができなければつくれない。ミッチの意図を認識したアルは小さく頷いた。
「ガンツと俺が中に入ってパトリックを救出したら、ネイトの所に連れて行く。ネイトが産業廃棄物の処理を外部の業者に委託しているから、その廃棄物にパトリックを紛れ込ませて外に出す」
ミッチが『ゴミに紛れてゲートの外に出しちゃえ大作戦』を述べるとガンツが頷いた。
「そりゃ妙案だ!!」
今まで学んだことの知恵を最大限にいかしたミッチ、アル、ガンツ、ミゲルの4人はパトリック救出に向けての行動に奔走することになった。その表情は罪を犯した少年とは思えぬ煌びやかなものであった。
ミゲルの機転でバウアーを倒したパトリックでありましたが、新たな壁が立ちはだかります。なんと殺人容疑でラインハルトに拘束されたのです。
ですが、その一方で、ビッグティッツ同盟の面々はパトリックを救出するべく医官のネイトを垂らしこみます。はたして救出作戦はうまくいくのでしょうか?




