第十二話
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バウアーが悪徳な笑みを浮かべて入り口のドアを開けた時である、そこには想定外の存在が待ち受けていた。沈みゆく太陽を背にした4人の少年が待っていたのである。
「………」
まさかの存在にバウアーが言葉を詰まらせるとパトリックが口を開いた。
「俺が死んだと思ったか?」
金髪をなびかせたスーパーイケメンはそう言うと人のよさそうな庶務役の男は顔をひきつらせた。
「あんたの声は忘れないぜ」
パトリックはその眼に死神を宿すと庶務役のバウアーを睨み付けた。
「善人を気取った殺人鬼か、どうやら鬼畜道に落ちたようだな」
パトリックはそう言うと今までの顛末を語った。
「新人看守のグレイをポーカーで借金漬けにして危ない仕事に追いやり、ザイルを引き入れてレアメタルの盗掘と運搬をさせた。だがその企みが露見すると口封じに俺とミゲルを巻き込んで爆殺しようとした。」
パトリックは涼しい顔で続けた。
「そして、俺とミゲルが生きているとわかると再び策を練った。有志の看守に成りすまし再び事故を起こそうとした……鉄砲水を引き越した時はうまくいったと思ったろ?」
パトリックは雑務をこなす庶務役のバウアーを見つめた。
「あんた、ただの庶務役じゃないんだろ?」
そう言ったパトリックの眼光は実に鋭い。すべてを見透かす心眼が宿っている。
「俺のおじい様は貿易商だ。色々な人間と会ってその見識を高めた。幼いころから人種やその特徴を俺に教えてくれた。」
パトリックはそう言うとバウアーの耳を見つめた。
「耳の形は民族の形、お前には亜人の血だけじゃないものがある――北の蛮族だな!!」
パトリックが祖父に習った知識を披露するとバウアーはニヒルに嗤った。その微笑には不遜な人間性が潜んでいる。
「現在のダリスは蛮族の労働は認めているが公職につくことは許していない。腐ったキャンプの雑役と言えどもダリスの官吏に蛮族にはつけんのだよ!!」
パトリックが法的知識をかざして断言するとバウアーはそれを鼻で笑った。
「建前はそうだろう、だが現実にはそうではない。何事にも抜け穴があるのだよ!!」
バウアーはそう言うとその表情を豹変させた。
「正体がばれてしまえば、お前たちの命を貰う他ない……覚悟しろ!!」
そう言ったバウアーの表情は殺戮者のそれであった。
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パトリックは表情を変えたバウアーを睨み付けた。
「亜人の入った蛮族に素人が勝てると思ってんのか?」
悪辣な表情で庶務役がそう言うとパトリックの前にガンツとアルそしてミッチがスッと出た。
「おっさん、3人同時に相手にして勝てると思ってんのかよ!」
ミッチが緊張感のある声でそう言うとアルとガンツが戦闘態勢を取った。
バウアーの背中が崖になるようにして退路を防いだ3人は状況を見定めた。3人が同時にかかればバウアーを抑え込むことなど造作ないだろう。ガンツ達は勝利の方程式が完遂されたと自信を見せた。
その雰囲気を嗅ぎ取ったバウアーは形容しがたい笑みを見せた。
「いいぜ、かかってこいよ、ガキども!」
バウアーが落ち着いた声でそう言った時である、パトリックの背筋に何か嫌なものが流れるのを感じた。
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手長とパツパツの二人は庶務役のバウアーを探していたがどこにも見当たらなかった。
「奴は一体どこに……」
2人が万策尽きた表情で困っているとゲートに向かって歩くニールセンの姿が映った。
二人の軍人はニールセンの雰囲気に妙なものを感じた。
「アイツは今日休暇を取っている――なぜこの時間にここにいるんだ……」
2人はそう思うと落ち着きのない風体で歩くニールセンに駆け寄った。
*
「何かあったのか看守長?」
言われたニールセンは口をアワアワさせた。
「お前、今日の午後から非番のはずだ。なぜここにいる?」
挙動不審に陥ったニールセンは二人に凄まれると思わずポロリと本音が出た。
「……パトリックが……」
言われた二人は声を合わせた。
「あいつ、生きているのか……」
手長はニールセンの胸倉をつかんだ。
「どこにいる、パトリックは、それにバウアーはどこだ!!!」
凄まじい怒号が赤茶けた大地に拡がるとちかくにいた少年たちがその動きを止めた。
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想像以上の事態がパトリックのもとでは展開していた。
ガンツがのされ、アルが倒れ、ミッチが白目をむいていた。皆死んではいないものの戦闘不能状態に陥っている。ミゲルに至っては不具になった右腕を折られて無残な姿をさらしていた。
『何なんだ、こいつは……』
目の前にいる調理人はただの男ではなく、明らかに手練れであった。
バウアーは4人を戦闘不能に追いやるとその表情を変えて急に語り始めた。
「俺たち蛮族は単純労働を担う労働者としてこき使われてきた。それは誇り高き俺たちのメンツを傷つけるものだ。だが、お前たちダリスの貴族は居住の権利を迫害し、職業の自由を認めない。調理人として公職につくぐらいは問題ないはずだ。」
男が独特の論理を展開するとパトリックはそれに毅然と反論した。
「北の蛮族とは300年前の魔人との戦いから軋轢がある。その距離は今もって厳然として存在する。それにダリス人と蛮族では思考方法や行動様式が全く異なる。それは現在でも変わりない。我々ダリス人はお前達と距離を取る選択を選んでいる。そしてそれは法的に担保されている。」
ダリスは北方の山脈との間にゲートを造りそこを国境としていた。それは北の蛮族との間にある文化的な差異を交わらぬようにするための策であった。
「我々が進める南下政策をお前たちはことごとくつぶし、我々の生活を困窮に追いやるダリスの政策はゆるし難い。」
男がそう言うとはパトリックは何食わぬ表情で答えた。
「先祖が戦いの中で勝ち得たものだ。魔人に寝返って『人』の身でありながら『人』を裏切ったお前達にどうこう言われる筋合いはない。それに現在のダリスでは北方からの労働者の受け入れ、交易に関してもある程度認めている。」
それに対して男は恨み節をぶつけた。
「我々蛮族は乏しい食料で貧しい暮らしを続けてきた。厳しい冬を幾度と越え全滅寸前になった時もある。だがお前たちはぬくぬくと南方の豊かな土地を耕し、美味い飯を喰らいのほほんと存続してきた。」
男の思考には歪曲した思いこみが凝縮している、そこには逆恨みと妬みが混在している。歪んだ教育の賜物と言えばいいだろうか
『こいつは、クソだな……』
パトリックは相手が話で何とかなる相手でないと改めておもった。
『蛮族の戦闘能力はダリス人よりもはるかに高い……どうするか』
蛮族の長年によりつちかわれた狩猟民族の戦闘センスは秀でているが、農耕民族として太平の世を謳歌してきたダリス人にその能力はない。すなわち戦って勝てる見込みはないのである。ましてパトリックは戦闘訓練を受けていない……
『明らかに不利な状況だ……』
パトリックのなかで勝ち目がないという思いが沸き起こった。
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その時である、パトリックたちのいる所に思わぬ存在が飛び込んできた。それは手長とパツパツであった。
「一体、これはどういうことだ!!」
手長が怒鳴るとパツパツが倒れている3人に近寄った。
「息はある。昏倒しているだけだ」
パツパツがそう言うと手長がパトリックに話しかけた。
「お前のことは後で聞く、今はこの男の方が先だ」
手長はそう言うと雑務役であるバウアーに詰め寄った。
「お前は一体ここで何をしている!!」
そう言った手長の表示は実に厳しい。すでにバウアーが鉱石盗掘の主犯であることに気付いているフシがある。
だが、それが良くなかった。バウアーは手長の語尾からそれを一瞬で覚ると、ありえぬ行動に出た。
何と懐から火薬玉を取りだしたのである。
*
「おっと、それ以上近づくな、近づいたらドカンだ」
庶務役の男は口角をあげると実に不遜な笑みを浮かべた。
「いつでも撤退できるように準備するのが俺たち蛮族の流儀だ。お前達の浅知恵じゃ、無理な話だ。」
バウアーはそう言い放つと火薬玉の導火線に火をつけた。
「花火を見せてやろうか?」
その言い方は実に邪悪でありながら愉悦を含んでいる。
「爆発のタイミングはこちらで計れる、俺が投げた時はこの中にいる誰かが死ぬってことだよ!!」
バウアーは導火線の焼けていく様を見て高笑った。
「誰を殺すかな……」
その時である、手長が有無を言わさずに地を蹴った。
*
手長はバウアーの持つ火薬玉を奪おうと躍起になった、だがバウアーは遅いかかる手長を交わすとすれ違いざまに膝蹴りをかました。
口から胃液を吐きながら手長は倒れた、だがその眼は死んでいない。アイコンタクトを土壇場で見せた。
「おら!!!」
奇声をあげてそこに飛び込んだのはパツパツである、バウアーの持っていた火薬玉をその手から奪った。
これにて一安心という空気が辺りに漂う。
だがバウアーは素早く動くと導火線の火を消したパツパツのうしろざんまい(経絡秘孔でいう脇腹の急所)に一撃くわえて昏倒させた。そして倒れた二人に追撃を加えて戦闘不能まで追い込むと、再び懐へと手を入れて意味心に嗤った。
「一つだとおもっているのか?」
そう言った蛮族の男の手には二つ目の火薬玉が握られているではないか。
「甘いんだよ!!!」
再び状況は絶対絶命へと変転していた。
バウアーを追い詰めたパトリックたちでしたが、けじめを取るどころか反対に厳しい状態に追いやられます。さらには助けに来た軍人たちも返り討ちにあうという事態に追い込まれます。
はたしてパトリックはこの窮地を乗り越えられるのでしょうか……それとも……
(次回がクライマックスになります。)




