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第十一話

34

ミッチの殺意が頂点に達した時である、その場に乾いた声が届いた。


「ソイツじゃない、ミッチ!!!」


聞き覚えのある声が3人の耳に届く。ミッチ、ガンツ、アルは想定外の声にその体を震わせた。


「ニールセンは犯人じゃない」


3人が声の方に振り向くと、そこにはありえぬ存在が佇んでいた。


「そいつはズタ袋を運んだ人間じゃない。」


涼しげな声の持ち主が理知的な横顔を見せるとミッチ、アル、ガンツの3人は唖然とした。


「マジかよ……」


ガンツがそう言うとミッチが声の主に駆け寄った。


「死んだと思ってた……俺……死んだと……」


ミッチが涙を滲ませる声の主は力強い表情を浮かべた。


「ああ、俺も死んだと思ったよ――だが、生きている!!」


美しい少年はそう言うと右腕を不自由にした少年を紹介した。


「地下大河につながる物資搬送用の旧いリフトがあってな、それをミゲルが見つけた。」


そら美しい少年がそう言うとミゲルがどもりながら付け加えた。


「リフトの印…地図にあった……むかし、使われてた……掘った。」


 パトリックとミゲルは鉱物資源を引き上げるための手動リフトにつながる『道』を地図上で見つけると足元を掘削して地下大河へとその身を追いやった。極めて危険な行為であるが生死を賭けた判断は地上へと通じる旧いリフトへと彼らを導いていた。


「最後……まで……あきらめ…ない」


ミゲルが経験から学んだを教訓を述べるとミッチ達は再び唖然とした。


「スゲェな……お前……」


腕の不自由なコミュ障だと思った少年のおもわぬ能力に3人は目を見張った。


                                 *


この後、パトリックは看守長ににじり寄った


「あんたには役立ってもらう、主犯を潰すためにな」


言われたニールセンは『何のことだ!!』と言わんばかりの表情を見せた。


「賭けポーカーを黙認した監督責任は軽くないだろ。それにレアメタルの盗掘を見逃したことも十分な罰になる。軍人たちも許さんだろうな」


 パトリックはアルの示した『直訴状をちらつかして恐喝大作戦』を発展させるとニールセンをさらに詰めた。


「レアメタルの盗掘は大きな問題だ。叱責やけん責では済まないぞ。看守長は否応なく訴追される。」


パトリックはそう言うとニールセンに悪魔の瞳を向けた。


「主犯の男は狡猾だぞ。お前の制服と腕章を盗んで変装してズタ袋を運んだ意味が分かるだろ?」


パトリックがミッチの嗅ぎつけた情報に触れると、ニールセンはその表情を歪めた。そこには自分の間抜けさを悔いる気持ちと憤怒の感情が湧き出している。


「レアメタル盗掘の嫌疑はすべてお前に擦り付けられる。お前はその責め苦を一人で負うことになる」


パトリックがそう言うとニールセンがその表情をこわばらせた。


「お前の小さな幸せは音を立てて崩れるんだ。」


パトリックはそう言うと悪魔の微笑をこぼした。


「どうする、看守長?」


ニールセンは唇をプルプルと震わせるとその肩を落とした。そこには絶望が滲み出ている。


「俺はあんたに興味があるわけじゃない、こっちにつくなら直訴状の件は考え直してもいい」


パトリックがそう言うと看守長ニールセンはその眼を大きく見開いた。



35

さて、パトリックがニールセンにヤキを入れるよりも少し前――


ラインハルトの一言を受けた手長とパツパツは思わぬ事態にぶち当たっていた。


「あの時の工事に参加した看守から聞き取りを行ったが、誰一人として避難ベルを鳴らしたものが出てこない――どういうことだ」


パツパツが張り裂けそうな軍服の首元を緩める手長がそれに答えた。


「あの時点で避難ベルを鳴らすことは問題ない。つまり間違った判断ではない。にもかかわらず誰も名乗り出ない。」


手長とパツパツは正しい行為をしたにもかかわらず名乗り出ない看守に逆に不信感を持った。


「何故だ、何かあるのか?」


パツパツがそう言った時である、手の妙に長い軍人が刈り込んだ短髪に手を置いた。


「ラインハルト様はすべてを見通しているような口調で我々に声をかけられた。きっと何かあるはずだ。」


手長の軍人がそう言うと、パツパツが神妙な表情を見せた。


「ひょっとしたら俺たちは、根本的に間違ってるんじゃないか……」


パツパツがそう言うと手長がその眼を細めた。


「どういう意味だ?」


手長がそう言うとパツパツが口を開いた。


「有志の看守以外の誰かが坑道にいたんじゃないのか……あの鉄砲水は…ひょっとして」


パツパツが事故が意図的に引き起こされたものだと仄めかすと手長が手を叩いた。


「そうだな……鉄砲水はベルを鳴らした人間が引き起こしたものかもしれん……」


新たな視点を見出した二人は同時に頷くとその場を勢いよく離れた。


                                 *


 手長とパツパツは坑道で避難ベルを鳴らした看守の行方を追っていたが、思わぬことに気付かされた。視点を変えたことで勤務表にある空白の時間を見つけたのである。そしてその空白の時間に庶務役の1人が休憩を取っていることに気付かされた。


「坑道で事故が起こった時に休憩か……明らかにおかしいな」


手長がそう言うとパツパツが庶務役の名をあげた。


「バウアーだ、ここで3年働いている男だ。亜人の血が入っているらしい」


2人はそれに気づくと小さく頷いた


「バウアーを尋問しよう」


そう思った二人は調理室に向かった。


                                 *


だがそこにバウアーの姿はなかった……


「アイツ一体どこに……」


2人は姿をくらましたバウアーを追うこととなった。



36

『やっと枕を高くして眠れる……』


男はそう思うとホッとした表情を見せた。


『ズタ袋の回収は終わった……あとはアレに忍ばせて……』


男はそう思うと回収したレアメタルの一種、プラセオジウム鉱石を手に取った。


『こいつは高値で売れる。今が一番いい時分だ』


男はレアメタルの相場を知っているらしく、売るタイミングを計っていた。


『外に出す手はずは整った。あとは……』


男は刑務作業で組み立てられた馬車を見た。


「受注業者は俺たちの息のかかった人間だ。検品作業なんてまともにしねぇ」


キャンプで製造されたものが業者に引き渡される時、検品は受注業者によってなされる。


男は組み立てられた馬車を見るとニヤついた。


「こいつに隠しちまえば、誰にも気付かれねぇ……」


男はそう思うと慣れた手つきで盗掘した鉱物を馬車の内部へと運び込んだ。


「完璧だ!」


庶務役の男は口角を上げてニンマリと笑った。


                                 *


そんな時である、『作業』を終えた男の所に急いだ様子でニールセンが現れた。


「バウアー君すまないが、備品を取りに行ってくれないか」


人のよさそうな庶務役バウアーは怪訝な表情を見せた。


「たしか看守長、今日はお休みじゃ?」


言われた看守長は咳払いした。


「ああ、備品処理をしてから休暇なんだ。それよりも急いでくれ!!」


 言われたバウアーは腰の低い態度で備品保管室のカギを受け取るとニールセンの命令どおり備品を取りに行くべくゴミ捨て場近くの備品保管室へと向かった。


バウアーの背中を見た看守長は大きく息を吐いた。


「これでいいんだろ、パトリック……」


 ニールセンはそうひとりごちると荷物の置いてあるゲートへと向かった。その背中にはこれから起こるであろうことを黙認するという意図がありありと浮かんでいた。



                                *


 バウアーは備品の納められている保管庫(崖の近くにあるゴミ捨て場の近く)にいくとニールセンに渡されたリストを見た。素早くリストに書かれた備品を手に入れると、眼についた物に手をやった。


『こいつのおかげで、今回は切り抜けられた』


バウアーは火薬玉を見るとニヤリと嗤った。


『貴族のガキを殺してやった……』


 バウアーはほくそ笑むと実に不遜な笑みを浮かべた。その表情には人を殺めたことに対する良心の呵責など微塵もない……むしろ快感が沸き起こっている。


『気づかなければ何をやってもいいんだよ、力こそが正義なんだ!!』


 バウアーは妙な哲学に裏打ちされた自身の考えに酔いしれるとリストに記された備品をアルカ縄の袋に入れて入り口のドアを開けた。




 危機を脱したパトリックは事故の真相に気づきます。そして反撃ののろしをあげるべく、ニールセンを恐喝して手駒にしました。


一方、軍人たちも調査の結果、庶務役の男が怪しいと睨みます。


この後、物語はどうなるのでしょうか……(次回から後半になります)

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