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第十話

31

避難が始まるや否であった、『ゴオッッッーー』と鉱山が呻りを上げた。山の声は明らかに尋常ではない。軍人たちは鉄砲水の危険性を感じるとその場のから離れる指示を出した。


「待てよ、パトリックはどうするんだよ!!」


ガンツが吠えるとアルもそれに続いた。


「後、ちょっとだ。もうすこしで助けられるだろ!!」


アルがそう言うと軍人たちは坑道を見てシビアな判断を下した。


「撤退だ!!」


ガンツとアルがそれに対して食って掛かろうとした。


「何言ってんだ!!」


ガンツがそう言った時である、彼らが立ち止った坑道の壁面から濁水があふれてきた。


「鉄砲水がくる!!」


 この一言で救出活動が水泡に帰したことをガンツとアルは否応なく思い知らされた。二人は軍人に首根っこを押さえつけられると引きずられるようにして退避させられた。


                                *


 翌日、講堂に集められた少年たちはパトリックたちが鉄砲水にのまれた事実を聞かされた。救出作業は失敗し、如何ともしがたい惨状がさらされたことが報告された。


「あの状況では助かる見込みはない。死体が見つかることもないだろう」


 ≪帝王が死んだ≫という事実はあまりに重く少年たちは言葉を無くした。美しき少年が金髪をなびかすことが2度とないことを知ったのである。パトリックに敵対する少年たちでさえもその顔色は悪い。少年たちの間に虚ろな空気が流れた。


『……パトリック……』


 軍人たちの話が終わるとガンツとアルが俯いたまま大きな息を吐いた。そこには明らかな絶望が込められている。


そんな時である、2人の前にミッチが現れた。


「まだ、終わりじゃない……けじめがある」


 ミッチの眼には涙があふれている、そこにはパトリックを失った哀しみが凝縮していた。だが、ミッチはその涙を振り払うと平常心を装った。


「救出活動が行われているときに、怪しいヤツを見つけたんだ。奴はズタ袋を運んでいた。」


言われたガンツとミッチはその表情を変えた。


「誰なんだ、そいつは!!」


アルとミッチが興奮した面持ちで尋ねるとミッチはニヤリと嗤った。


「ニールセンだ、間違いない。」


ミッチが自信を見るとアルがそれに反応した。


「間違いないのか?」


言われたミッチは二人の眼を見て頷いた。


「看守長は作業着に腕章をつける。あの時、俺が見た看守の腕にはえんじ色の腕章があった。」


ミッチがそう言うとガンツが『なるほど……』という表情を見せた。


「看守長なら荷物検査もすり抜けられるだろうしな……ズタ袋を外部の連中に流すのも簡単なはずだ。」


ミッチは地道な観察作業によりパトリック爆殺の犯人を目撃すると息巻いた。


「パトリックの仇を取るぞ!!」


3人はそれぞれの顔を見合わせると大きく頷いた。



32

さて、その頃、館長室では手長とパツパツが精気のない顔でうなだれていた。


「ミッションは失敗したようだな」


館長であるラインハルトは二人を見てその眼を細めた。


「失敗した理由は何だと思う?」


言われた二人はただ俯いた。


「最近の軍人は、自己分析も出来んのか?」


ラインハルトの物言いには半ばあきらめのようなものがある。


「避難を知らせるハンドベルが鳴り、お前たちは退避行動を優先した。その選択は間違いではない。だが、岩の向こうにいる少年たちに生き残るチャンスを与えることも重要な要素だ。」


言われた手長とパツパツは舌唇を噛んだ。


「多少なりとも生きる希望を与えるのが務めだろう」


ラインハルトはそう言うと二人の軍人を見回した。


「現在、ダリスの軍人は300年という泰平になれ親しみ危機的状況での判断にゆるみがある。お前たちの今回の判断もそうではないのか?」


ラインハルトの物言いはまるでパトリックたちを救出できたかのような口ぶりである。


「それからもう一つ、あの避難ベルを鳴らした人間はどういった人物か調べたのか?」


ラインハルトは手長とパツパツを見据えた。


「あれほど都合よく鉄砲水がおこるのは、なぜなんだろうな?」


 ラインハルトは意味ありげにそう言うと二人に下がれと合図した。そこには二人の調査の甘さを示唆する匂いがあった。


                                   *


ラインハルトは怪訝な表情を浮かべて二人が出ていくと軽快な動きで立ち上がった。


「さて、あの状況をアイツは切り抜けられるかな……」


ラインハルトはそうひとりごちると机の間に広げた精緻な地図に目を落とした。


「坑道を造るときに生じた裂けクレバスと地下大河――その関係が地図上で読み取ることができればさほど難しいことではない。あそこには『アレ』がある。」


 ラインハルトは懐から真鍮製の容器を取りだすとそのふたを開けた。そして口をつけると中に入った琥珀色の液体ウィスキーを煽った。


「見せてみろ、お前の生存本能を!」



33

看守長であるニールセンは立て続けに起こった事故でザイルと新人看守グレイが死んだことに頭を痛めていた。


『火薬玉の保管について責任を問われるだろうな、降格かな……だがパトリックの救出活動の責任者は俺じゃない、あくまで軍人たちだ。』


 特に能力のないニールセンは不祥事の生じたキャンプでスライドするようにして出世したのだが、他の看守ににらみを利かせる能力はない。ただ安穏とした日々を過ごせればそれでいいと考えるタイプであった。


『平穏にいってくれればよかったのに、あんな事故が起こるなんて……』


 ニールセンは賭けポーカーやブラックジャックが横行しているのを知っていたが黙認していた。注意して報復を受けるのを恐れたこともあるが、かつて自分自身も参加していたためである。


『とにかく休暇だ、後のことは俺じゃどうにもならん。』


ニールセンは面倒くさそうな態度をとるとさっさと荷物をまとめた。


『家族の顔を見れば気も晴れるさ……』


 ニールセンは事故のことなど他人事で死んだ少年たちに思いを寄せることなど微塵もない。そそくさと外部に通じるゲートに向おうとした。


『貴族といえども前科もんだ、そんな奴が死んでも世間は誰も顧みない……』


ニールセンがそう思った時である、赤茶けた大地の上で小競り合いをする少年たちの姿が目に入った。


『面倒なガキどもだ……』


ニールセンはそう思うと目に入った看守に顎で指示を出した。


「腐ったガキどもめ!!!」


 近くにいた看守たちが少年たちの取っ組み合いを止めに行くと汚いものを見るような目でその様を眺めた。


『さあ。俺は休暇だ……』


ニールセンがそう思った時である、そのみぞおちに衝撃がはしった。


                                  *


ニールセンが気付くとその眼前には3人の少年が立っていた。


「腐ったガキで悪かったな」


ガンツがそう言うとミッチがニールセンを睨んだ。


「あんただろ、事故の原因を造ったのは!」


ニールセンは何のことかわからず3人を見た。


「何なんだ、お前達!!」


 ニールセンはそう言うと先ほどの少年たちの小競り合いが意図的に仕組まれたものだと今になって気付いた。


「お前たち、まさか俺をたばかったのか!」


ニールセンが息巻くとミッチが涼しげな顔で答えた。


「賭けポーカーにご注進の奴らが周りに気を配るはずネェだろ、お前の部下がバカだから気付かねぇんだよ!」


ミッチがそう言うとガンツがそれに続いた。


「あの時、ズタ袋を坑道から運んでいたらしいな」


言われたニールセンはその眼を大きく見開いた。


「何のことだ!!」


それに対してミッチが反応した。


「しらばっくれやがって!!」


ミッチはそう言うとニールセンに詰め寄った。


「パトリックを殺した後、ズタ袋を坑道から運び出そうとしていただろ、俺はそれを見ているんだ。看守長のつけるえんじ色の腕章を付けた看守を見てるんだよ!!!」


ミッチはニールセンの胸倉をつかんだ。


「どうする、ゴミ捨て場から身を投げるか、それとも罪を認めて懺悔するか、どちらか選べ!!」


 ミッチの物言いは実に厳しい。パトリックを失った哀しみとニールセンに対する怒りが抱合されたその表情は鬼気迫るものがある。


「なんのことかわからん……」


ニールセンが口をアワアワさせながらそう言うとアルがニールセンに近づいた。


「ズタ袋の中には何が入っているんだろうな、俺たちがそれを直訴状に書いて都に知らせれば――あんたはどうなるんだろうな……」


言われたニールセンはその表情をこわばらせた。


「ズタ袋なんか知らんぞ……」


ニールセンがそう言うとミッチが凄んだ。


「白を切るつもりか。それなら……」


ミッチはそう言うとゴミ捨て場に隣接した崖にニールセンを追いやった。


「ここから飛び降りて自殺しろ。汚職に関連した看守長が自責の念に駆られたってことにしてやる。」


ミッチはそう言うと間合いを詰めた


「サヨナラだ、おっさん!!」


ミッチは殺意に彩られた目でニールセンに近づいた。そこには脅しではない殺気が滲んでいた。




 地味な観察作業を続けた結果、看守長が犯人だと思ったミッチはニールセンを追い込みます。パトリックの敵を討つためです。


果たしてこの後どうなるのでしょうか?

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