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第九話

28

一方その頃、


坑道に取り残されたパトリックとミゲルは外部から漏れる作業音に安堵の表情を浮かべていた。


「助かりそうだな……」


 パトリックがそう言うとミゲルが嬉しそうな顔を見せた。そこには再び外の空気が吸えることに対する歓びがある。


 だが、その一方で気がかりもあった。爆風で飛ばされた新人看守のグレイである。すでに死に向けてのカウントダウンを始めている。パトリックたちを見る目は既に光を失いかけていた。


「遺言ぐらいは聞いてやるぞ!」


 自分たちを嵌めようとした人間であるが、主犯に裏切られ爆殺されそうになったことは若干ながらであるが気の毒である。パトリックはグレイに声をかけた。


「あんたにも家族はいるだろう、最後の言葉を残すなら記憶にとどめておくぞ」


パトリックが貴族としての懐の深さを見せると血泡を口から吹かせた看守は真っ青な顔で答えた。


「……嵌められた、畜生……鉱物を運ぶのを手伝えば……金を……」


パトリックは新人看守のグレイが答える姿に何とも言えないものを感じた。


『金で釣られた末路がこれか……』


パトリックがそう思うとグレイがその眼を瞬かせた。


「アイツのせいだ、あいつに騙された……」


パトリックは火薬玉を投擲した人物に触れようとするグレイの言動に耳を傾けた。


「アイツとは誰のことだ?」


パトリックがその耳をグレイの口元に近づけた。


グレイは血を吐くと必死になった。


「あいつだ、金をかけたカードゲームで嵌めたんだ。わざと俺が負けるように……」


震えるグレイの言葉を聞いたパトリックはなるほどと思った。


「新人の看守をギャンブルで落として、危ない仕事をやらせる。そして自分は危険な安全な所から差配する……性質の悪そうな人間が考え付きそうなことだ。」


パトリックがそう漏らすとグレイは突然その体を痙攣させた。


『惨めな一生だな』


パトリックはグレイの死に顔を見ると素朴な感想を持った。


『賭けで負けて嫌な『仕事』を押し付けられる。末端のごみとして坑道で死亡……何のために生まれてきたんだ』


パトリックがそう思った時である、ミゲルが突然、素っ頓狂な声を上げた。


「水が……あふれてきた……」


ミゲルの言った通り、足元から透明な液体がじわじわと沸き出しはじめている。


『マズイな』


惨めな一生を迎えるのはグレイだけでなく『自分も同じだ』と一瞬にしてパトリックは覚らされた。



29

作業の進捗は一進一退であった。


「せっかく天井を固めたのに……」


 坑道を塞いだ岩には変化はないが、周りの足場は徐々にぬかるんでいく……外で雨が降り始めたのであろう。地下大河の増水が現実のものとなりつつあった。


「あの岩を何とかできれば」


 パトリックの閉じ込められた場所には大きな岩が鎮座してその行く手を阻んでいる。アルはその岩を見るとどこかに隙間はないかと覗き込んだ。


「垂直方向に持ち上げるには揚力装置ジャッキをいくつか仕込むんだ。」


パツパツの指示を受けたアルはカンテラで塞いだ岩と地面の接触面を丁寧に目視した。


「地面を少し掘ってそこに揚力装置を入れる隙間を造れ」


パツパツにそう言われたアルはいくつかポイントを見つけるとつるはしを持った。


そして気合のこもった一撃を地面に打ち落した。


                                  *


「これで最後だ!!」


岩下を掘っていれたアルは揚力装置を仕込む空間を作り上げて揚力装置を置くとパツパツに合図した。


パツパツは坑道の状況を考え見ると一つ決断を下した。


「外で雨が降ってきている、地下水の湧き出る量も増加している。次の作業で何が起こるかわからない。」


パツパツはそう断言すると避難指示を出した。


「余計な人間を巻き込むわけにはいかん、最悪を想定して必要最小限の人員で作業を行う」


パツパツはそう言うとアルの肩を叩いた。


「よくやった!!」


パツパツはアルにそう声をかけると避難するように言った。


「ここからは俺の仕事だ!!」


 だが、アルはそれを聞かなかった。自ら揚力装置の一つに取り付き作業を始めたのだ。それを見た軍人はいかんともしがたい表情を見せた。


『……何がこいつを動かしているんだ……』


 看守でさえも恐れてまともな作業ができない中、率先してリスクをとるアルの姿には驚くべきものがある。


『受刑者を助けるために……命を懸ける……そんなことありえるのか……』


 パツパツは作業を手伝うことで刑期短縮を狙っているのだろうと考えていたが、アルの行動はその考えを真っ向から否定していた。


                                 *


 3台の揚力装置をゆっくりと動かすと坑道を塞いだ大岩がわずかながら3cmほど持ち上がった。パツパツはその隙間に向かって声を上げた。


「聞こえるか!!!」


パツパツの声がパトリックとミゲルに届く。


すぐさま反応がある、


「聞こえるぞ!!」


パトリックの雄々しい声が響く


「ザイルと新人看守のグレイは死んだ。俺とミゲルは生存している!!」


極めて苦しい状況下ではあるがパトリックが現状を的確に述べるとアルがそれに答えた。


「大丈夫か。パトリック!!」


アルが鼓舞する意味を込めてそう言うとパトリックがそれに答えた。



「ビッグティッツ万歳!!!」



 この状況下でもユーモアを忘れぬパトリックの一言が返ってくるとその場に明るい雰囲気が生まれた。帝王の持つカリスマが作業をしているアルたちを逆に鼓舞した。


「もう少しだ、気張れ!!」


 パツパツがそう言うといつの間にか現れていたガンツと手長が4台目の揚力装置ジャッキを岩下に入れていた。


『これでいけるぞ!!』


 揚力装置ジャッキにハンドルをかませると4台目が稼働し始めた。バランスよく配置された揚力装置により岩が持ち上がり始めたのである。


そんな時である、避難を知らせるハンドベルがけたたましく鳴った。


                                    *


「とりあえず退避だ。ジャッキを上げるにはまだ時間がかかる。」


 坑道の状況を見ながらの作業のため、一進一退になると判断したパツパツと手長は避難という選択を選んだ。


 アルとガンツは不愉快そうな表情を見せたが軍人の真摯な態度にほだされると一時撤退という構えをとった。



30

作業音が止ると同時に、避難を知らせるハンドベルの音がその耳に聞こえてきた。パトリックは鉄砲水を知らせる指示だと思ったが、どことなくその音色の中に不審なものを感じた。


「あの時も避難指示のベルが鳴った……」


パトリックは火薬玉が投擲された時の事を思い出した。


「あいつらは避難指示をブラフとして使っていた……この避難指示は……妥当なのか」


 パトリックがそう思った時である、妙な匂が鼻を突いた。それは明らかに導火線に引火した縄の燃える匂いである……そして、それと同時に嫌な声が聞こえてきた。


「悪いな、お前たちが生きていたら困る人間もいるんだよ。」


聞き覚えのある声がパトリックの耳に届く……


「補強した柱の根元に火薬玉をしかけた。この量なら爆発も小さい。誰も気づかんはずだ」


火薬玉と導火線を設置した男は満足げに言い放った。


「じゃあな。クソガキ」


導火線に火をつけた看守はククッと笑うとその場を鮮やかにその場を離れた。


                                   *


 避難指示のベルを鳴らした作業着を身にまとった男は避難してゆくガンツやアル達を見ると計画がうまくいったと考えた。


「馬鹿どもめ」


 新人看守のグレイとザイルを使ってレアメタルを盗掘させていた男は自信をにじませた。


『これで、俺の計画は完遂される。あとは『外』にレアメタルを流せば……』


看守の男はほくそ笑むと自分の計画が完遂されたと悦にいった。


                                   *


状況は一瞬にして最悪へと変転した。生存への希望がなくなったのである。


『クッソ……』


パトリックが『このままでは死ぬ』と確信した。


「これで終わりなのか……』


 パトリックが血がにじむほど強くした唇をかんだ時である、ミゲルがグレイの死体に近寄り、地図を手に取った。


「……道を……探すんだ」


 パトリックはミゲルの思わぬ言動に驚いたが、この状況を打破しようとするミゲルの落ち着きには目を見張った。


『……コミュ障……』


パトリックはそう思うと地図にカンテラをかざした。


『職員用の地図は坑道の細部についても記されているのか……』


 受刑少年たちには知らせないものの、職員たちの地図には事細かに地形の特質や坑道の構造など記されている。そしてそこにはリスク情報の詳細も載っている。


パトリックは手長の授業で習った地理と地質学の知識を念頭に入れて地図を読み込んだ。


『この空間は地下河川だ……つまり俺たちのいる所は地下大河の真上になるのか……』


パトリックは手長の授業の中で触れられた一説を思い起こした。



≪鉱山では地下水があふれることがよくある。一番多いのは雨水だ。これが岩石によりつくられた水だまりにたまって作業中に現出する。そしてもう一つは河川だ。掘削している途中に地下にある河川の支流とぶつかる時がある。これは大変危険だ。支流の流れが強い場合は一瞬にして鉄砲水が起こりあたりを飲み込むだろう。≫



パトリックは自分たちの閉じ込められた空間が地下大河の支流の近くではないかと類推した。


「濁水が坑道の壁面全体かられ溢れてきているということは……大量の水がある可能性が高いな。そうなると……」


 パトリックがそう言うと地図を読んでいたミゲルが一点を指差した。パトリックはそこに目をやると閃いた表情を見せた。


「ミゲル、このままなら俺たちは死ぬことになる。勝負してみないか?」


言われたミゲルは口角をあげて唇を震わせた、そこには恐怖心がありありと浮かんでいる。


「このままじゃ、俺たちが生き残る可能性はない。」


 パトリックが確信に満ちた表情を見せるとミゲルが鼻息を荒くした。そして先ほど指差した地図上の点を体全体を使って強調した。


「掘るぞ、ミゲル!!」


パトリックはそう言うとつるはしを握った。


火薬玉を投擲した男の奸計により再び窮地に追い込まれたパトリックたちですが、ミゲルの指摘により光明を見出します。


本当に彼らは助かるのでしょうか……それとも……

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