第八話
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パツパツの報告により救出活動が口火を切ったが、その作戦会議は困難を極めた。
「あの坑道を塞いだ岩を砕けば、上部が崩れる。そうすれば岩の向こう側も崩れる――いや天井全体が落ちるだろう……」
「下から人の通れるスペースを掘るのはどうだ?」
「あそこは地下水が漏れやすいところだ。少しでも水が出てくれば終わりだ」
作戦はいくつか練られたが芳しいものはない……
「厳しいな……あの岩盤をくり抜くか、持ちあげるかのどちらかしかないな」
「くり抜くのは難しいぞ……大きな振動が岩目につたわれば崩れる……そうすれば結局、天井が落ちる」
様々なプランは出るものの状況を打開する策は乏しい。火薬玉の炸裂により坑道の状況が変化したため壁面が全体的にもろくなっている。救出作業自体が危険な行為になっていた。
「支柱を入れたくても、その作業の途中で天井が崩れる……」
手長とパツパツが万策尽きたという表情を見せると二人のもとに館長であるラインハルトがやって来た。
「糊だ。グルーで坑道上部の崩れそうな壁面を固めてそこに支柱をいれろ。そうすれば岩盤の掘削は可能になるやもしれん。」
「グルーですか……壁面を固めるとなるとかなりの粘着力がないと……それに今からグルーを取り寄せるとなると時間的に厳しいかと……」
手長がそう言うとラインハルトは谷あいのゴミ捨て場の方を指差した。
「あそこに繁茂している木が何かわかるか」
言われた二人は不必要な鉱物を捨てる谷間に生える枯れ木を思い出した。
「そうか、あの木の根は……」
「ああ、粘りのある樹脂だ――水に溶けない。」
2人は館長に指摘されるや否や、挨拶さえせずにその場を走り出した。
その場に残されたラインハルト館長は不思議な表情を見せた。
『監督責任を糾弾されることを恐れたというよりも受刑少年に対する情が移った行動だな……』
ラインハルトは二人の動きからそう判断すると口ひげに手をやった。
『この後どうなるかな……』
ラインハルトは不敵な笑みを浮かべた。
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救出活動の手順が軍人たちにより職員室で知らされると1人の男は唾を飲んだ。
『あいつら生きてるのか……』
火薬玉の爆発で落盤が起こり、それでパトリックたちをあの世に送ったと安心していた男は救出作戦の概要を知らされると背筋が凍りついた。
『あいつらが生きていれば……バレル……』
事の真相を知るパトリックたちの生存は自分の人生を狂わせるもの以外の何物でもない。
『奴に顔は見られていないが……声は聞かれた……ヤバいぞ……』
男は軍人の説明をポーカーフェイスで聞きながらも服の下では滝のような汗を流していた。
『この救出活動で奴らが助かれば……俺は終わりだ。』
男は知恵を回した。
『もう一度だ、もう一度、事故を起こせばいい』
男は糊で固められた壁面を支える補強工事の途中で意図的な事故を装うと考えた。
『うまくタイミングを計れば……何とかなる。それに坑道に隠してあるレアメタルもその時に回収すればいい。これはチャンスなんだ!』
男はそうおもった。
*
一方、パトリックの救出活動を説明していた手長とパツパツは職員たちの動向に目を光らせていた。
『この中の誰かが火薬玉を使って落盤を起こした可能性が高い……』
2人は秘密裏に看守の事を調べていたが犯人と思しき連中の絞り込みには難儀していた。
『誰が犯人か……未だ見当がつかん』
看守たちは赴任した軍人を嫌がっているようで、うわべこそ繕っているが、その心中は甚だしく非協力的である。軍人たちに有益な情報をもたらすような人材は皆無であった。
面従腹背と言う言葉があるが彼らの誤魔化しながらサボタージュしようとする姿勢は最底辺の官吏の姿が凝縮していた。
軍人たちは看守の中にある性質の悪さの根本が人間性そのものにあると考えたが、同時にそれが矯正できないものであると看破していた。
『犯人探しは後にして、今は救出を急がねばならない……』
2人は気持ちを切り替えると再び説明を続けた。
『安い給金で従事する官吏が危険な作業を行うとは思えない、適当な処理をして誤魔化す可能性がある……』
『こいつらを救出活動に使っても成果は得られんだろう……』
そんな風に手長とパツパツが思って職員室を後にすると、彼らの眼前に2人の少年が現れた。
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「お前達……」
職員室の外にいたのはガンツとアルであった。
「手伝いますよ、看守なんて信用できない」
そう言ったのはガンツである、その表情には決意がみなぎっている。
「危険な作業だ、職員がやる!」
手長がそう言うとガンツが厳しい表情で答えた。
「おれたちは汚職で手の汚れた看守たちとやりあってきました、監督能力のない看守のせいで死んだやつらもこの目で見ています。今回の救出作戦に看守の奴らがまじめに取り組むとは思えません。」
アルがそれに続いた、
「ここで働く看守たちはまともな授産授業さえできない人間です。彼ら自体が危険な作業に対応する術は身に着けていないと思います。」
ガンツとアルの発言は看守を的確に分析していて軍人たちは沈黙した。
『やる気のない看守を作業に従事させるより、こいつらを使った方が作業は捗るな……』
手長とパツパツはそう判断すると大仰な口ぶりで回答した。
「いいだろう、その心意気を買おうではないか」
手長がそう言うとガンツとアルは『望むところだ!!』と言わんばかりの表情を見せた。
こうしてパトリックたちの救出作業は有志の少年たちと一部の看守によって行われることになった。
*
一方、その頃――ミッチは看守の動向を探っていた。
『どいつが火薬玉を投げたんだ……』
ミッチはそれとなく看守の活動を見守ったが、怪しんでいた新人看守のグレイが事故に遭遇していたため目ぼしい人間を失っていた。
「アイツと関連のある看守……新人の教育係……それ位しか思いつかない」
グレイを教育していた人物は複数いたが。どの人物も事故が起こった時には坑道にいなかったことが分かっている。医官のネイトの漏らした情報を鑑みた結果はそう示していた。
『どいつもこいつもアリバイがある……となると……あとは』
ミッチの脳裏に1人の人物が浮かんだ。
『こいつは、あの時フリーだった人物だ。こいつが……』
ミッチは1人の人物に的を絞った。
『裏をとってやる!!』
ミッチはそう思うと深く潜ることを決意した。
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有志の少年と看守の連合隊の前に立ちふさがった岩盤はものの見事に坑道を塞いでいた。岩と壁面の隙間には湧水と泥の混じった混合物がはりつき、音を遮断すると遮蔽物として完璧に機能していた。
完璧に寸断された坑道は前日よりも状況悪くなっている……
「これで向こう側の音が遮られたのか……」
ガンツがそう言うと手長が状況を判断するためにカンテラであたりを照らした。
「下から水が湧き出ているな……」
状況は以前よりも悪くなっている、地下水が湧き出た所では濁った水たまりができていた。
『作業を急ぐ必要がある……』
手長はそう思うと作業開始の合図を手で示した。
*
救出作業は糊を使った崩れそうな天井部分の補強から始まった。白い粘り気のある樹液を塗料のようにして岩や礫の合間に塗り込み、支柱で支えるための工事に耐えられるようにしたのである。
作業に慣れない少年たちに対して指示を出しながら手長とパツパツは工事の進捗状況を監督した。
『水が漏れだしたな……』
鉄砲水の可能性が高まってきたため作業は困難を極めている。
『二次災害の可能性が……』
眼の前にある岩盤を掘削するには天井を含めた坑道を補強する必要がある。だが、坑道の壁面の隙間からはチロチロと地下水が湧き出ていた。
『ここは地下大河の近くだ。雨でも降ればどうなるかわからん……時間との戦いだな……』
軍人の二人は的確に指示を出しながらも周りの環境を気にかけた。
『厳しいぞ……』
状況は刻一刻と厳しいものへと変わっていった……
有志の少年と軍人たちによりパトリックたちの救出作戦がはじまりました。ですが状況は悪いようです。さらにはパトリックたちに向かって火薬玉を投げた『男』はさらなる奸計を企てています。
この後どうなるのでしょうか……




