第七話
21
ランタンの灯りを頼りに周りを見た二人は自分たちの置かれている環境が極めて悪いことに気付かされた。自分たちのいる場所が完璧な閉鎖空間だったためである。
パトリックは目の前にある坑道をすっぽりと覆った岩を見ると如何ともしがたい表情を見せた。
「この岩が行く手を阻んでいる……だが……」
パトリックは坑道の天井部分に目をやった。
「ひびが入っている、この岩に衝撃を与えれば天井部分が崩壊する可能性がある。」
パトリックは深く入った亀裂が今にも崩れそうなことを指摘した。
ミゲルはカンテラで照らされた亀裂を見ると息を吐いた。
「行く手を阻んだ岩が、ちょうど支えになってる、これがなくなれば崩れる。仮に岩目を読んで岩盤を割っても支えをなくせば上部の壁面がもたない……」
火薬玉の爆発により坑道はもろくなっていた、特に天井部分はいつ崩れてもおかしくない。偶然にも道を塞いだ岩が支えとなって坑道を崩さずにキープしているのである。
「だが、この岩をどかさない限りは……俺たちは出られない」
パトリックがそう言うとミゲルが下を向いた。そこには『無理だ』という意志がありありと窺える。
「この岩…持ち上げない…と…無理」
ミゲルの指摘はなるほどその通りであったが、岩を垂直方向に持ち上げるのは不可能に思えた。
「てこの原理……あれでも無理だな……」
パトリックは状況を鑑みるとてこになる素材がないことに気付かされた。
『垂直方向……岩を持ち上げるのは不可能だ……』
パトリックは別の角度から思考を展開した。
『助けを呼ぶか……だがこの密閉空間で声が届かない……』
パトリックがそう思った時である、ひじがランタンにぶつかり明かりが消えた。辺りが一瞬にして闇に閉ざされる――
パトリックは何とか灯りをつけなおそうとした。
その最中である、明らかな奇声がその耳に響いた。そして間髪入れず、肉と骨が何か堅いものにぶつかる音が断続的に続いた。
パトリックは背中に嫌な寒気を感じた。
『どうなってんだ……』
*
パトリックが暗闇の中で何とかランタンの灯をつけるとその眼には思わぬものが映っていた。それは体を震わせながら岩盤に体当たりしているミゲルであった。その眼は血走っていて尋常ならざる表情である。額からは異常に発汗していた。
パトリックはそれを見て本能的な恐怖を感じたが、カンテラの光がミゲルを照らすと、ミゲルは突然その場にへなへなとへたり込んだ。
パトリックはその様子を見て医学事典あった単語を思い出した。
『暗所恐怖症か……』
暗所恐怖症とは暗闇に対して異常な恐怖を抱き、その結果、様々な身体的な異常が生じる疾患の事である。幼いころのトラウマや自律神経の異常で生じると言われるが、根治することは難しいと考えられている。
ミゲルはへたり込んむと何やら呟いた。
「俺は……やって……ない、やってないんだ」
相変わらずどもっているが眉間にしわを寄せた表情は鬼気迫っている
それを見たパトリックはミゲルの中に眠るすさまじい憤怒の感情に気付かさた。
パトリックはミゲルの肩を強く掴むと睨み付けた。
「落ち着け!!」
パトリックは一喝するとミゲルに問いかけた。
「話してみろ、何があったんだ……」
言われたミゲルはパトリックを見ると口から泡を吹きながらかつての事を語り始めた。
22
ミゲルの話は実に不愉快なものであった。その内容を耳にしたパトリックは大きなため息をついた。
「お前……冤罪なのか」
ミゲルは傷害事件の犯人とし仕立てられ、二人の人間の証言により無実の罪を着せられていた。
「簡易裁判……俺が上手く話せないのをいいことに……傷害…事件の犯人に。証拠……ない。俺を嵌めようとした…奴らの証言で……」
ミゲルの物言いは吃音が酷い。聞いている方は聞きづらく、簡易裁判での心象は悪いだろう。一方で二人が組んではめたとなれば、偽りの証言であったとしても信ぴょう性が生じるだろう。
「あいつら……あいつら……」
かつての事件を思い起こしたミゲルの表情は苦悶に満ちている、冤罪でキャンプに送られたことに対する負の感情が炸裂していた。
パトリックは大きく息を吐くと素朴な疑問をぶつけた。
「お前を嵌めたやつはどんな奴なんだ?」
言われたミゲルは即答した。
「車いす…のやつ……金持ちの…息子……もう一人…左目の見えない……やつ」
それを聞いたパトリックはその耳を疑った。
「車いすと……目が見えない奴って……障害があるのか?」
「そう……だよ」
パトリックはそれを聞くと何とも言えない表情を見せた。ミゲルを嵌めた相手が同じく障害を持つ人間だったためである。
「そんなこともあるのか……」
パトリックが内心驚くとそれを見透かしたようにミゲルが答えた。
「障害があっても…悪人は…悪人…なんだ」
ミゲルはそれ以上言わなかったが、障害を持つミゲルの発言には妙な重みがある。パトリックは息を吐くと自分の持っていた道徳観が崩れるのを感じた。
*
それからしばし――
パトリックたちは脱出方法を考えたが、眼の前にある岩をどける方法がないことに臍を噛んだ。
「坑道の天井部分を崩さずにこの岩をどけるには持ち上げる他ない。」
万策尽きたパトリックは燃料の少なくなるカンテラを見つめた
「下手に動いても死ぬだけだ……ここは『待ち』だ。調査するために必ず誰か来るはずだ。」
パトリックはそう決断するとその場に寝そべった。
その時である、2人の耳にコツコツと言う振動音が聞こえてきた。それは行く手を防いだ岩からであった。
23
岩を叩いているのはアルであった、立ち入り禁止区域になっている場所であったがパトリックの安否確認のために訪れていた。
『……生きているのか……パトリック……』
絶望的な環境であるがパトリックが死んだという確認はとれていない。薄い望みでありながらも生存の可能性はある。そう思ったアルは目の前にある岩盤をつぶさに見た。
アルは小石を拾って道を塞いだ岩盤を叩いてみた。
『やっぱり駄目か……』
アルは反応がないことに厳しい表情を浮かべた。
『もう二日目だ……無理かもしれん……』
そう思った時である、アルにむかって怒声が飛んできた。
「何をやっている貴様!!」
怒鳴りつけてきたのはパツパツと名付けられた軍人であった。太っていながらも軽快な動きでやってくるとアルの前に仁王立ちした。
「二次災害の危険がある現場で何をやっている、小さな振動でも事故を引き起こすトリガーになるんだぞ!!」
怒鳴られたアルは渋い表情を浮かべたが、正直に答えた。
「生きているかもしれません」
アルがそう言うとパツパツは苦い表情を浮かべた。
「それはない……これだけの爆発で岩盤が崩れたんだ……」
パツパツは火薬玉が炸裂した地点を指差した。
「もともと、もろい空間だ。支柱がない状態では奇跡でもない限りは……生存は不可能だ」
それに対してアルが素朴な疑問を呈した。
「そんな危ないところでどうして火薬玉が使われたんですか?」
尋ねられたパツパツはいかんともしがたい表情を浮かべた。そこにはアルの疑問に対する解答がないことが滲んでいる。
「火薬玉は職員しか持てません、それに坑道で火薬玉を使うのはきちんとした指示があるはずです。」
アルの指摘はその通りで、坑道で爆破作業があるときは手続きに則る必要がある。暴発という事象事態がありえぬことであった。
「現段階では事故としか言いようがない……」
パツパツが意味深にそう言った。
その時である、2人の前にある岩盤の奥から小さな音が断続的に聞こえてきた。
2人はその音を聞くとその眼を大きく見開いた。
「生きてるぞ、生存者がいるんだ!!!」
血相を変えたパツパツは踵を返すと入口に向けて走りだした。
アルと軍人はパトリックたちが生存していることに気づいたようです。
さて、無事に救出されるのでしょうか?




