第六話
17
鉱山の外でいた少年たちは思わぬ轟音に皆驚きを隠さなかった。
『落盤か……』
『鉄砲水か……』
作業中の事故だと考えた少年たちはいつもの事だとたかをくくったが、ほとんどの少年が避難していたため、みな一様に冷静であった。だが、点呼をして3人の少年がいないことを知ると愕然とした。
『帝王がいない……』
『ウソだろ、パトリック……』
『マジかよ……』
ザイルやミゲルがいないことにはさほどの関心を見せなかった少年たちだがパトリックがいないことには大きな反応を見せた。
『まさか、死んだんじゃ……』
『いや帝王なら、心配ないさ』
『そうだよ、前にも人を助けて出てきたしな……』
パトリックを帝王と呼ぶ少年たちは今回も無事に鉱山からパトリックが出てくると考えた。
だが時がたつだけで――それはなかった。
*
それからしばし――行方不明者の捜索から戻ってきた看守が外で待つ軍人たちに報告を始めた――だがその表情は硬く、状況が悪いこと知らしめている。
整列して事態を見守っていた少年たちは報告する看守を見ると状況が芳しくないことに気付かされた
『マジで、やばいんじゃないのか……』
その少年たちの中で渋い表情を見せたのはガンツである。そこには微塵の余裕もない。
『まさか、ガチなのか……』
今までパトリックとともに時を過ごしてきたガンツには坑道から雄々しく表れるパトリックの姿しか想像出来ない……
だが現実はそうではなかった。
*
報告を受けた軍人は大きな声を張り上げると少年たちに向き直った。
「諸君、現在3名の少年と看守1名が行方不明だ。掘削用の火薬玉が暴発したらしく、その結果――彼らの安否が確認できない状態にある。厳しい状態だが現状は推移を見守るしかない」
状況判断がつかないため手の長い軍人はそう言うと少年たちに自室に戻るように促した。
「本日の作業は中止。各自、部屋に戻り待機せよ!!」
だがその命令に対しガンツが吠えた。
「もう一度捜索するのが筋じゃないんですか!!」
ガンツが食って掛かると手長はにべもない反応を見せた。
「二次災害の危険性が排除できない。安全が確保できるまでは捜索はできない」
軍人は冷静かつ的確な判断を一瞬で下すとガンツに向き直った。
「行方不明者に対する配慮は理解できるが、最悪の事を想定せねばならない。これ以上の被害が生じる可能性が払しょくできない限り、捜索は無理だ!」
手の長い軍人は粛々とそう言うとガンツを見た。
「部屋に戻れ!!」
その表情には感情的な揺らぎはない、ミッションをこなす軍人のオーラはガンツを圧倒するだけの凄味がある。
ガンツは軍人に圧倒されると唇をワナワナと震わせた。
18
その翌日――
パトリック、ミゲルそしてザイルと新人看守のグレイがいなくなった現場では岩盤が崩れて行く手を塞ぎ捜索が困難な状態になっていた。救助活動どころか二次災害の危険性が高く現場に近寄ることさえ禁止される事態が発生していた。
ガンツとアルとミッチはその情報を聞くとうなだれる他なく、救出活動さえできない状態にいら立ちを隠さなかった。
「クソッ……」
ミッチが小さな体を震わせてそう言うとガンツは下を向いたまま言葉を発した。
「軍人と看守の話だとあの岩盤の奥にスペースがあれば生きている可能性もあるらしい。だけど崩れた岩盤を破壊すれば二次災害が起きる可能性が高い……火薬玉を使っての爆破は無理だそうだ」
パトリックたちの消息が不明になって24時間が経っていたが捜索は厳しい状態に陥っていた。
「生きていれば、何らかの反応があるはずだ……それがないとなると……」
ガンツが最悪の想定に言い及ぶとミッチが息巻いた
「生きてるさ、パトリックなら生きているさ!!」
ミッチは声を震わせてそう言ったがその表情は曇っている。ガンツの言動を否定できない現実が目の前に存在している。
「……くそッ……」
ミッチがそう言った時である、アルが思わぬことを二人に述べた。
「さっき、金属のカービングをやってた時なんだけど――パツパツと手長の会話を盗み聞きしたんだ……火薬玉が暴発して落盤が起こったって話――あいつら二人は『そうじゃない』って言ってたな」
ガンツとミッチはアルを見た。
「あれは事故じゃなくて意図的なものじゃないかって。坑道のあの場所で火薬玉を使うような作業はないって言ってた」
アルがそう言うとミッチが知恵を回した。
「看守のやつがやったってことか?」
「看守かどうかはわからないが、意図的に誰かが爆発させた可能性がある……」
アルが耳にしたことを述べるとミッチはスクッと立ち上がり二人を見た。
「探ってくるわ、もし意図的な行為なら――」
ミッチはそう言うといつになく厳しい表情を見せた。そこには明らかに強い意志が宿っている。
それを見たガンツは思った
『看守だったら……ケジメをつけるつもりだな』
ミッチの意図を悟ったガンツはそれ以上何も言わなかったが小さく頷いた。そこにはミッチの行動を肯定する意図がある。
それを見たアルも二人の意図を察した。
「俺も手伝えってことだろ……」
ガンツとミッチはアルを見ると不敵に笑った。
「OK、俺は午後の掘削作業で現場付近に行くから、状況を確かめる。ひょっとしたら……」
アルが希望を込めてそう言うとガンツが声を上げた。
「ビッグティッツ万歳!!」
こうして3人はパトリックの事案についてそれぞれ調査することを心に誓った。
19
さて、その頃……
パトリックたちに火薬玉を投擲した男は職員室で何とも言えない表情を浮かべていた。
『あいつらは死んだはずだ、これで目撃者は消えた……後は盗掘したブツを回収すればいい。』
男はズタ袋に入れたレアメタルの原石を手に入れることを考えた。
『外との連絡ができたとしてもブツを組織に渡すのは今は無理だ。』
ザイルと新人看守のグレイを失ったことで手駒を失った男は気難しい表情を見せた。
『ブツの回収も含めて俺が今動くのは得策じゃない……』
男はそう判断すると頭をひねった。
『少しの間、様子を見るか……』
火薬玉を投げた男は状況を鑑みるという選択を選んだ。
20
あれからどのくらいの時が経ったのだろうか、凄まじい爆音で耳をやられ一時的に難聴になっていたパトリックは暗闇の中で如何ともしがたい状態に陥っていた。
『とりあえず生きているな……』
パトリックはそう思うと怪我の状態を確認した。
『骨折はないな……背中の痛みは打撲だな……』
爆風で飛ばされた結果、坑道の壁面に飛ばされたわけだが、運よく木柱(坑道を支える柱)に衝突したため想像以上に怪我はかるかった。
『たしか火打石があったはずだ』
カンテラに火をともす火打石がポケットにあることを思い出したパトリックは作業着のほつれを八重歯で噛んで繊維に沿って引き裂いた。そして、その布きれに火打石を使って着火を試みた。
暗闇の中の作業は実に難儀したが、10分ほどで引火するとパトリックは礫を使って燃えた袖を器用に持って辺りを確認した。
『ここはどこだ』
パトリックは辺りを確認すると思わぬモノに眼がいった
『……こいつ……』
パトリックは頭部だけ落石で潰された無残な死体をみつけた。
『……ミゲルか……』
パトリックがそう思って確認するとその手足の様子と囚人番号からミゲルではないと確認した。
そしてもう一人、虫の息になった新人看守グレイが横たわっていた。打ち所が悪かったのだろう、口から血泡を吐く姿は内臓に大きなダメージがあることを知らしめている。
「あんたの仲間は俺たちだけじゃなく、あんたも吹き飛ばしたみたいだな」
パトリックはグレイにそう語りかけると、徐々に先ほどの状況を思い出し、火薬玉を投擲した男の顔を思い浮かべようとした。
『駄目だ……顔が見えなかった……』
パトリックはザイルとグレイさえも配慮せずに火薬玉を使った看守の顔を確認できなかったことにした唇を噛んだ。
『ここから出たら、見つけ出してヤキを入れてやる!!』
パトリックはそう思った。
そんな時である、その耳に思わぬ音が響いた。
*
パトリックが音のした方に手にしていた光源を向けるとそこには人と思しきものが現れた。
「……やぁ……」
声をかけてきたのはなんとミゲルであった。片足を引きずっているもののその顔色は悪くない。
「明かりが見えたから……どうやらお互い、助かったみたいだね……」
ミゲルはたどたどしくそう言うと新人看守グレイの腰にあるランタンに目を向けた。
「そのランタン……使える……」
言われたパトリックはミゲルの指摘に『なるほど』と頷くとザイルの腰にあったランタンをベルトから引っぺがした。
「死体から…おいはぐ…気分悪い…だけど、今はしょうが…ない」
どもりながら話すミゲルであったがその状況判断は間違っていない。厳しい状況下で適切な見識を披露するミゲルはコミュ障でありながら頼もしい存在にパトリックには思えた。パトリックはランタンに着火すると大きく息を吐いた。
何者かにより爆殺されれかけたパトリックでありましたが、運よく命をつなぐことができたようです。ですが坑道の状況はあまり芳しいとは思えません……
これから彼らはどうなるのでしょうか……




