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第五話

14

それからさほど時をおかずして――急転直下の事態が鉱山の作業中に生じた。避難指示のベルを鳴らすけたたましい音が鉱山に響いたのである。


掘削作業を行っていたパトリックは『またか……』という思いとともに出口へと向かった。


 作業をしていた少年受刑者は一目散に入口へと殺到する。事故で亡くなる受刑者が後を絶たないため、この時ばかりは皆必死である。パトリックも軽快な動きで鉱山の入り口に向かった。


だがその途中、気になる光景に出くわした。


『……あれは……』


それは食堂でミゲルを嬲ったザイルという少年の姿であった。


『……この緊急時に妙に余裕があるな……』


他の少年が血相を変えて避難する中、頬に傷のある少年だけは異なる様相を帯びていた。


パトリックの中で何かが囁く


『少し様子をみるか……』


そう思ったパトリックは頬に傷のある少年の行動に目をやった。


                                  *


「これでいいんでしょうか?」


頬に傷のある少年、ザイルがそう言うと危険を知らしめるベルを持っていた看守がザイルに近づいた。


そしてその小耳に囁いた。


看守はザイルに何やら指示を出すと何事もなかったかのようにベルを鳴らし始めた。


その様子を確認したザイルは出口に向けてゆっくりと歩き出した。


                                   *


 パトリックはザイルと看守の行動に不審なものを感じた。退避行動を知らしめるハンドベルが鳴り響く中、しっかりとした足取りで歩くザイルの行動は明らかに不自然である。


『……後をつけるてみるか……』


第六感の囁きを胸に秘めたパトリックはザイルの後ろをゆっくりと追うことにした。


                                   *


 ザイルは入り口と掘削地点のちょうど中間部にある坑道の途中で歩みを止めた。3本の道が三又にわかれる分岐点で補強を兼ねた拡張工事を行っている箇所である。


 薄暗いもののランタン灯が吊るされているためザイルの動きは死角に入ったパトリックにもある程度確認できた。


『あいつ、何をやってんだ……』


パトリックはそう思うと避難してくる少年を誘導するふりをしたザイルの行動を観察した。


そして、しばしの後――


 人気がなくなると先ほどの看守が小走りにやって来た。看守は周りをキョロキョロと確認するとザイルの方に指で合図した。避難指示が出ている状態ではありえない行動である。


『なるほど……そういうことか……』


パトリックはザイルと看守が奸計を企てている核心を目撃した。


『避難指示はブラフか、ハンドベルを鳴らして気をひいて、その間によからぬ企みを実行する……』


パトリックは二人がズタ袋の中身を確認する様をその眼にした。


『盗掘か……所詮はクズだな……』


 パトリックは素行の悪い少年と倫理観の欠如した看守を見るとニヒルに嗤った。その笑みの中には二人の人間性が極めて矮小であることを認識する冷静さが滲んでいた……


『さて、どうするか……』


パトリックは二人の行動を軍人たちに報告するか考えた。


『軍人たちと取引する手もあるな……盗掘を報告して刑期の短縮を嘆願するか……』


 パトリックがそんなことを思ってその場を去ろうとした時である、思わぬ事態が生じた。避難誘導の振りをしながら『作業』を行っていたザイルの前に逃げ遅れた1人の少年がやって来たのである。パトリックはその顔を見ると何とも言えない表情を見せた。


『……アイツ……』


なんと奸計を企てる少年と看守の前に現れたのはミゲルであった。



15

人は運悪く『時』と『場所』を間違えることがある、ミゲルの場合はまさにそれであった。運動神経の鈍いミゲルはザイルの前で躓くと体勢を崩してザイルの隠そうとしていたズタ袋の方に手をついてしまった。



「見たな、お前――」


そう言ったのはザイルと看守である。


「………」


ミゲルは二人の作業をその眼にしていたがズタ袋に入った鉱石を目にすると言葉を失った。


「おい、コミュ障!!」


看守が怒鳴るとミゲルは首を横に振った。そこには『見ていない』という意思表示が見て取れる。


だがザイルと看守はそれを鼻で笑った。


「運が悪かったようだな、ミゲル……」


ザイルはそう言うとミゲルに近づいてその胸蔵をつかんだ。


「こっちに来いよ!」


ザイルはそう言うとその手につるはしを握った。ミゲルはそれを見ると本能的に逃げ出そうとした。


だが、その後ろにすばやく看守が廻り込んだ。


「……何も見てない……」


ミゲルがたどたどしい口調でそう言うとつるはしを持ったザイルが嗤いかけた。


「嘘ついてんじゃねぇよ――」


ザイルは意地悪くそう言うと看守を見た。


「どうします、こいつ?」


 尋ねられた看守はザイルを見ると首の前に人差し指を当てて横に一閃した。どうやら『始末しろ』という意味らしい。


ザイルはそれを認識すると看守に話しかけた。


「あとで頼みますよ」


 『頼む』という言い方には含みがある、そこには犯罪者としてすでに一歩を踏み出した人間の見せる凄味があった。すなわち『処理』する代わりに『見返り』をよこせと言う意味だ。


看守は鷹揚に頷くと『処理』を促す視線を送った。


その時である、状況が芳しくないことを悟ったミゲルが突然走り出した。


「待て、知恵遅れ!!」


ザイルはそう言うと看守とともにミゲルを追いかけた。


                                   *


 ミゲルを追いかけたザイルと看守がいなくなると、2人が持ち出そうとしていたズタ袋をパトリックは覗き込んだ。


『は~ん、こんなものを……』


ズタ袋のなかには鉱石がゴロゴロと転がっている、パトリックは鉱物図鑑で見た知識を思い起こした。


『……レアメタルだな』


レアメタルとは希少資源のことである。具体的にはネオジム(永久磁石の原料)パラジウム(合金の材料)タングステン(合金の材料)などだが――レアメタルの中には金や銀よりも値打ちのあるものがある。


『何か種類はわからないが……盗掘の証拠だな』


パトリックがそんな思いを持った時、つるはしが地面にたたきつけられる音がその耳に入った。


『あいつ、事故に見せかけて殺されるかもな……』


パトリックはつるはしを振るったザイルの表情からそう判断した。


『厄介だな……』


 ミゲルはパトリックの人生に役立つような人物ではないがクラスメイトとして手長にしごかれていたため若干ながら情が移っている、


『助けに行くか……』


パトリックはそう思うとその場を離れた。


                                   *


ザイルに追い詰められたミゲルは1分と経たずに追いつめられた。


「落盤事故で死んだことにすればいいよな」


ザイルはそう言うとつるはしを高く掲げた。


「お前が生きていても意味なんてないしな!」


 ミゲルは左手でかばったが、つるはしの柄が手の甲にあたった。ミゲルは痛みのあまり泣くような悲鳴を上げた。


「痛いか、このクズ!!」


 暴行行為に快感を覚えたザイルの表情は実に朗らかである、そこにはザイルの持つ人間としての欠落した部分がくっきりと表れていた。


「お前みたいな奴が、俺より評価が高いなんて許せないんだよ。クズはクズらしく底辺を這いつくばればいいんだよ!」


歪んだ感情をあらわにしたザイルは再びつるはしを振り上げた。


「あばよ、コミュ障、お前の分まで俺が生きてやる!!」


ミゲルはそう言うと頭上に掲げたつるはしをミゲルの脳天めがけた。



16

その時である、ミゲルの背中に声が飛んだ。


「何をやっているんだ?」


坑道に乾いた声が響くとその声を聞いたザイルが血走った表情で振り返った。


「おまえは……」


 言われた少年は美しい表情を変えずに金髪を掻き揚げた。その様は優美でありながら雅さが滲んでいる。殺人が行われようとする現場ではありえぬ余裕があった。修羅場を幾度となく乗り越えたスーパーイケメンの姿はじつに神々しい。


「自分より弱い者を嬲るのか?」


 美しい少年がそう言うとザイルは歯がゆそうな表情を見せた。奸計が露見したことに対して『マズイ!!』と思っているのだろう。だがその一方でザイルの眼には妙な自信がある。人間の卑しさが凝縮したその表情は明らかに普通ではない。


パトリックはそれを見逃さなかった。


そして、その刹那、『ガツン!!!』という金属音が響いた。


坑道の壁面を鉄器が叩く音が響く、その強さは半端ではない。明らかに殺意の滲む一撃である。


だがパトリックはその一撃を屈んでかわすと振り向いた。


「あんたがいることぐらいお見通しだ!!」


パトリックは後ろから一撃くわえようとした先ほどの看守ににらみを利かした。


「たしか、あんたはグレイだったかな」


自分の名を呼ばれた看守はその目を瞬かせた。


「最近は入ったばっかりの新人だろ『外』とのつながりでもあるのかな?」


『外』とは娑婆の事であるが、パトリックの言い方には犯罪組織との関係が示唆されている。


グレイと呼ばれた看守はその表情を歪ませた。


パトリックは看守と非行少年の企みを見破ったことに余裕を見せた。


だが、その一方でその場の空気に何か嫌なものを感じた。


『……この匂い……』


 パトリックは一瞬考えたが本能がそれを拒否する……パトリックは思考よりも本能に身をまかせてその場を離れた。


 そしてそれとほぼ同時に、パトリックとグレイのいた所で何かのはぜる爆発音が響いた。パトリックはこの瞬間、初めて大きな事実に気づいた。


『もう一人、仲間がいたのか……』


パトリックは薄れる意識の中そう思った。




ミゲルを助けるために行動したパトリックでありましたが、想定外の存在の投擲した火薬玉により窮地にいおやられました。


はたしてスーパーイケメンは大丈夫なのでしょうか……

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