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第四話

 リアンが水を持ってきてくれた後は二人で取り留めもない話をしながら時間を過ごした。大して中身のない話だが、同じ時間を過ごすうちに二人の距離は自然と近づいた。


「ねぇ、どんな旅をしてきたの?」


「たいしたことはないよ、バイトしたりとか図書館で職探しの資料を見たりとか……でも一回だけ危ないことがあったけど…」


「どんなやつ?」


「イーブルディアーに襲われたんだ」


「何それ?」


ベアーはモンスターに襲われた顛末を手短に話した。


「へえ、そんなモンスターがまだいるんだ。」


「あとはミズーリって言う街で汁そばを食べたんだけど、屋台の割には美味くて、それに値段も手ごろなんだよね」


リアンは興味津々だ。


「他には?」


「そうだね、魔道書の話は結構面白いかも」


「魔道書って、読めれば魔法が使えるんでしょ」


「読めても使えないんだよ、『詠』めないと」


リアンは不思議な顔をした。


「詠唱するにはセンスが必要なんだ、それに毎日努力しないと。指導者も必要だし…」


ベアーは魔道書を『詠む』ことのむずかしさを説いた。


「じゃあ、普通の子は無理なんだ」


「訓練で何とかなるところもあるけど……無理だね」


ベアーは続けた。


「そうそう、魔道書なんだけど、じつはね骨董屋でボッたくられたことがあって…」


「そうなんだ、それでどうなったの?」


ベアーはルナの裁判の話をしていいのかわからなかったので、そこを割愛してルドルフ伯爵に買い取ってもらった話をした。


「いくらぐらいで買い取ってもらったの?」


「5000ギルダーだね」


リアンは驚いた顔をした。


「闇の魔道書は高く売れるんだ。僕もびっくりしたけど」


ベアーは得意になった。


「すごいねぇ」


リアンはニコニコしながらベアーの話を聞いた。相槌を打ったり、絶妙のタイミングで質問したりと聞き手としては抜群の能力を見せた。


「僕ばっかり話してもしょうがないから、リアンは今までどんなことがあったの?」


「……別に何もないんだよね、今までお父さんの言うことずっときいてたから……」


 リアンは下を向いた。聞かれたくないことがあるのか、言いたくないのかはわからなかったが、ベアーは深く詮索しないことにした。


そんな時である、船内にベルが鳴った。


「夜ご飯だね、私、戻るね。じゃあ、また明日。」


リアンはそう言うと足早にその場を去った。


                               *


 中央船室にはすでに人が集まっていた。どんなメニューが給仕されるのか興味津々なのだろう、船酔いがなおってない客も列に並んでいた。


「今日、何だろうな?」


ベアーがちらりとのぞく鶏肉のトマト煮込みとマッシュポテトが目に入った。


「大丈夫かな…」


ベアーは昨晩の食事があまりうまくなかったこともあり心配だった。それなりの料金を払ったのに飯がマズイとなると腹立たしい。


『はずれませんように』


ベアーはそんなことを思いながら列に並んだ。


昨日とは違い今日は亜人の船員が客の皿に料理を盛っていた。


「料理人が変わっていますので本日の煮込みは美味しいと思います。」


ベアーは一瞬亜人の言葉を疑ったが、席について一口食べると船員の言葉が本当であることが分かった。


「これうまいな…」


 鶏肉は下味をつけたもも肉を一度ローストして焼き目を入れてあった。煮込んだ時の煮崩れを防ぐためだが口に入れると肉の繊維がほどけるようにして広がった。適度な弾力もあり申し分ない。


「このソースすごいな…」


トマトソースはにんにくが強くパンチが効いていたがその複雑な味は数種類の野菜をいためて煮込んでいることは想像に難くなかった。


「こっちはどうだろう」


ベアーはマッシュポテトに手を付けた。


「………何だこれ…」


 今までじゃがいもはかなりの量を食べてきたがこのマッシュポテトは別物であった。裏ごししてなめらかにした部分と食感を残すためにわざと崩さない部分を適度に合わせて演出していた。


「パセリ、効いてんな!!」


 彩だけであまり食べなかったパセリだがマッシュポテトのアクセントとしてこれほどとは思いもよらなかった。コクだしのバターで『キレ』をだし全体にハーブの香りをまとわせるという芸当を見せていた。


『恐るべし……パセリ』


ベアーはハーブの力を思い知らされた。


                                *


 食事の後、ベアーは貨物室にロバの様子を見に行った。貨物室には簡易的な厩が造られ複数の馬や動物が留め置かれている。清潔に保たれていて匂いもあまりしない、ベアーは正直驚いた。


「どうだ、厩は?」


ロバはベアーを見たが大した反応を見せなかった。


「けっこうよさげな感じだけどな」


ベアーはロバが元気そうなのを確認すると背中を叩いた。


「実はさ、金髪の女子と仲良くなったんだけど、明後日の朝でお別れなんだよね。連絡先とか聞いたほうがいいのかな……」


ベアーは聖職についていたので女子の誘い方が今一つ分からない。相談相手がいないのでロバに振ってみた。


「どう、思う?」


ロバはちらりとベアーを見ると鼻で嗤った


「お前、何だ、その態度は失礼だろ!!」


ベアーはムカッときたがロバは泰然とした態度をみせた。


「ああ、そう、そういう態度ですか、わかりました。港町に着いたら売り払ってやるからな!!!」


ベアーは怒りにまかせてそう言うと厩を後にした。


ロバはそんなベアーの後ろ姿を眺めていたが貨物室から離れて見えなくなると、大きなため息を一つついた。


 

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