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外伝3章 第一話

 ブーツキャンプ、そこは罪を犯した少年たちが収監される鑑別所である。かつては北方の蛮族の侵攻を防ぐ砦としてその名をはせたが、現在は外部からの侵入を許さぬ牢獄に姿を変えていた。草も生えぬ赤茶けた大地に根を下ろすキャンプは少年受刑者たちに不快感と恐怖を与えるシンボルとしてそびえている。


 多発する落盤事故、マズイ飯、役に立たない基礎教育、そして少年グループの覇権を巡る諍い――腐ったキャンプの環境は少年たちを矯正することなく心身を疲弊させ、未来への希望を断ち切った。さらには素行の悪い看守によりいたぶられた少年たちは信頼という精神性を失い、その心に歪みをもたらされた。


 非行に走った少年たちは善人に変わるどころか『キャンプ帰り』と呼ばれ、悪人として『箔』をつけることになるのである。


 だが、その腐ったキャンプに彗星のごとく現れた美しい少年はその状況を一変させた。その少年は看守の横暴をあばき、採掘した白金の盗掘事件を外部に知らせて犯罪の連鎖を断ち切ったのだ。そしてその結果、キャンプの食事環境を変転させるとベーコンという武器を勝ち取っていた。


 さらには、出世欲に彩られたバラク館長と裏切ることしかできない受刑少年の奸計を打ち砕くと、彼らの企んでいた横暴を告発してキャンプの実情を都の査問委員に知らしめるという荒業も披露した――


腐ったキャンプに現れた美しい少年はその環境を激変させたのだ。



そしてその結果――



キャンプの少年たちは彗星のごとく現れた美しい少年を『帝王』としてその頂に置いた。



                                  *


「おい、パトリック」


 筋肉隆々のいかつい少年(少年には到底見えない)が声をあげると美しい少年は特に反応もせずベーコンの入ったスープを口に運んだ。その所作は平民にはない上品さがある。優美であり落ち着きがある――


「新しい、連中が来るらしい」


いかつい少年がそう言うとその横から小柄な少年が声を上げた。


「今度の奴らは文官じゃない、軍人だって」


どこでその情報を手に入れたかわからないが小柄な少年はしたり顔を見せると自信を滲ませた。


「軍人か……今までとは違う手合いだな」


美しい少年はその眼を細めると二人を見た。


「最初は様子見だ。そこからどうなるか判断する」


美しい少年は翳りのある表情を見せた。そこにはキャンプの行政官に対する諦めと厭世観が滲んでいる。


「どんな奴らかはまだわからん、だが『まとも』でなければ処理するだけだ」


美しいだけでなく凄味を見せた少年はそう言うと再びスープを口に運んだ。


いかつい少年と小柄な少年はその様子を見ると立ち上がった。


「ビッグティッツ万歳!!」


2人は声をそろえてそう言うと、食堂を離れた。



翌日の午後、小柄な少年の言った通り新たな行政官がキャンプに赴任してきた。そして食堂に集められた受刑少年たちと看守、雑務をこなす庶務役は新任の行政官の挨拶にその耳を傾けることになった。


「このキャンプでは立て続けに問題が起きた。その結果、館長、看守ともに監督者として不適正であると都の委員会で判断された。」


 食堂に現れた軍服に身を包んだ老人は壇上に上がるとハキハキとした口調で少年たちに語りかけた。さほど大きな体ではないがその立ち姿は美麗であり、軍人としての雰囲気が醸されている。


「行政官として赴任してきた文官の横暴は我々も承知している、諸君たちに対する矯正教育をなおざりにしたこともだ。」


老いた軍人はそう言うとその胸を張った。


「たが、これからは違う――我々がこのキャンプに来たからには諸君たちの将来を明るいものにしたい――」


 訓辞と言うのは決まり文句がつづくのだが、軍人の言葉もそれと同じで大して意味があるわけではない。話を聞いていたパトリックは眠たげな表情を見せた。


 そんな時である少年の1人が指笛を吹いた。二の句を告げようとしていた軍人の腰を折るタイミングは絶妙である。一方、軍人にとっては実に不愉快なタイミングであり、水を差すような口笛は実に不愉快である。


老いた軍人は咳払いを一つすると再び口を開いた。


「礼儀を欠く人間がいるようだが、諸君たちはまだまともな教育やしつけを受けた経験もなかろう、今のは挨拶として受け取っておくが明日からの授業はそうはいかない」


にこやかな微笑を見せた軍人は少年たちにそう語りかけると周りにいた看守たちに目をやった。


「我々は少年たちの矯正教育をおざなりにする看守は容赦しない。今までの経緯から諸君たちの上官たちが起こした負の連鎖は容認しがたい。」


軍人は少年たちの前でそう言うと看守たちの方に目をやった。


 看守長ニールセンをはじめとした看守たちと雑務役(調理人含む)は何のことかわからず首を傾けたが、軍人はそれに構わず一人の看守を指差した。


「貴様、前に出ろ!!」


言われた30代後半の看守は何のことかわからず怪訝な表情を見せた。


「かつて白金を盗掘し、それを犯罪組織に横流しした人物がいた。その関係者は逮捕され一件落着へと事件は導かれた。」


軍人はそう言うと前に出た看守に厳しい視線を送った。


「だが、その白金の一部は未だこのキャンプに残されていると聞く」


 言われた看守は『何のことかわからない』という仕草を見せた。軍人はそれを無視すると淡々とした口調で続けた、


「職員の荷物の中から微量の砂金が見つかってな――それを調べたんだが――その持ち主が判明した。」


言われた看守はその眼を大きく見開いた。


「うまく隠したつもりなのだろうが、バレバレだ。」


 老いた軍人がそう言うといつの間にか現れた別の軍人が看守の後ろから近寄りその太ももを警棒で殴打した。


 看守は痛みのあまりひざまずいたが、忍び寄った軍人はそれに構わず再び殴打した。嫌な音が食堂に響く――すでに看守の太ももは骨折しているだろう。


少年たちに訓辞を垂れていた老いた軍人はにこやかな表情を見せて少年たちに語りかけた。


「このような看守のようにならないように!! では、諸君、明日は遅刻などしないように――散開!!!」


そう言った軍人は殴打される看守に目もくれず、少年たちに声をかけると食堂を立ち去った。


その後ろ姿を見たパトリックは思った。


『……厄介な奴らが来たな……』


美しい少年は新たに赴任した軍人が只者ではないと看破した。



翌日からの授業は今までと異なり一変した。少年たちの能力を鑑みたクラス分けがなされ、初級クラス(読み、書き、計算)と中級クラス(初等学校高学年の授業)と特別クラスが設けられたのだ。少年たちは掲示板に張り出された内容を確認すると今までとは異なるカリキュラムに首をかしげた。


「どう思う、パトリック?」


声をかけたのは小柄な少年、ミッチである。その表情は軍人たちの意図を計りかねている。


「まだ、わからん……」


パトリックはそう言うと掲示板の張り紙に記された自分の名に何とも言えないものを感じた。


『……特別クラスか……嫌な響きだな……』


特別クラスには2人の名が記されているが、他の生徒の名はない。


「昨日の事と言い、このクラス分けと言い、なんか変だよね……」


ミッチがこれまでの監督者と異なる軍人のやり方に首をかしげるとパトリックが答えた。


「最初の一週間は様子見だ。相手の出方を見る――問題を起こさずにするんだ」


パトリックはそう言うとミッチの肩を叩いて特別クラスと銘打たれた教室へと向かった。


                                   *


 特別クラスと題された環境は屋根裏部屋のような場所であった。軋む床と窓のない空間には3つの机と板書するための黒板しか置かれていない。


 パトリックは窓のない息の詰まりそうな小部屋に足を踏み入れると先に部屋に入っていた少年受刑者に目をやった。


『……こいつか……』


 席についているのはミゲルという少年である――言語障害と落盤事故で右手が不自由になっていて、お世辞にも健康優良児とは言い難い。


 ミゲルはパトリックを見ると小さく会釈した。そこにはベーコンを勝ち取ったパトリックに対する敬意が滲んでいる。障害のある少年もパトリックを帝王として認知しているらしい。


パトリックはそれに対してとくに応えず隣の席に着いた。




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