第二十八話
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女貴族とその一派をとらえた広域捜査官たちが正門から出るのを見届けると、ベアーは残された最後の仕事を済ませるべく一人の青年の前に立った。
「……仇どころか……何もできなかった……」
青年はベアーを見てそう言うと沈痛で陰鬱な表情を見せた。
「これよかったんですよ、マクレーンさん」
ベアーが声をかけるとマクレーンは不服な顔を見せた。
「そんなはずないだろ、セバスチャンとクララの人生を奪った鬼畜だぞ、この手で息の根を――」
マクレーンが息巻くとベアーがそれに答えた。
「あなたの気持ちはわかります。ですが、あなたが人を殺めて道を誤れば亡くなったレオナルド12世の思いが成就できません。」
ベアーはそう言うとマクレーンを正面から見据えた。
「レオナルド12世の嫡子はマクレーンさん、あなたですね」
ベアーがそう言うとその場にいた全員が驚いた表情を見せた。
「地下の秘密の小部屋にあった写実画を見て確信しました。そのナイーブな感じと耳の形……間違いなくあなたは写実画に書かれた少年と同一人物です。」
ベアーがそう言うとマクレーンは『フフッ』と力なく笑った。
「いまさらそんなことがわかってもセバスチャンもクララも戻ってこない。病で死んだ母様も――レオナルド家はもう終わったんだよ……」
マクレーンはそう言うと実に不愉快な表情を見せた。
「あのクソ親父――」
マクレーンと父親にある確執は根深いものがあるのだろう、その表情には憎しみと嫌悪感が滲んだ。
ベアーはそれを見ると秘密の小部屋で読んだレオナルド12世の日記に触れた。
「あなたの父君は日記の中であなたに対する並々ならぬ思いを持たれていました。あなたに厳しく接したことも、将来の当主として一人前にするためです――」
ベアーが続けようとするとマクレーンがいきり立った。
「そんなことは関係ない、殺人鬼に騙されて結婚するような馬鹿に、どうこう言われたくない!」
マクレーンが父であるレオナルド12世をなじると――その頬にベアーの平手が飛んだ。
マクレーンは思わぬ痛みにその眼を瞬かせたが、その眼には一人の少年の真摯な表情が映った。
「あなたは父君がどんな思いで遺言書とメモを残されたか、わかっているんですか?」
少年そう言うとその声を詰まらせた。
「毒を盛られて神経障害を患い、薬物を投与されてまともな思考さえできない状態になっても必死になって遺言書とメモを残した父君の気持ちがわかりませんか!!」
ベアーはその眼に涙をにじませた。そこには両親のいない僧侶の少年だけが見せる熱い思い滲んでいる――
「奥様を亡くされ、あなたがいなくなった父君は鉄仮面という化け物につけこまれました。そしてその結果、殺人鬼と婚姻するという愚行をおかされました。ですが、何とかその呪縛を解こうと命を懸けたんです――その結晶が遺言書とこのメモです。」
ベアーはそう言うと遺言書とともに手にしたメモの最後の一説を見せた。
≪息子よ、すまない≫
「あなたの父上は、己の命が消えようともレオナルド家の家督と財産をあなたに残そうとしたんです。その心意気は推し量ってやるべきじゃありませんか?」
ベアーの頬を涙がつたうとマクレーンが唇を震わせた。そこには見えぬ形で残された父の思いに気付かされた青年の苦悩が滲んでいる。
「……俺は出奔して10年まともに連絡を取っていなかったんだ……戸籍上はすでに死亡したことになっている……どうにもならんよ」
マクレーンが小声でつぶやくとロイドがそこに助け舟を出した。
「遺言書とメモを鑑定したあと、君が生存していることを枢密院に掛け合おうではないか。これだけの事件があったあとだ、枢密院もなおざりにはすまい」
ロイドがそう言うとマクレーンがそれに答えた。
「どうしてそこまでしてくれるんですか?」
マクレーンが尋ねるとロイドが嗤った。
「まだ毛皮の代金を貰っていない――君がレオナルド家の家督を継げば払ってもらえるだろ」
ロイドは打算的な貿易商の表情を見せる一方で、亡くなったレオナルド12世の思いをくみ取る姿勢を見せた――その背中には暖かなオーラが滲んでいる。
それを感じ取ったマクレーンは首を垂れた。
それを見たベアーはマクレーンの肩を叩いた。
「マクレーンさん、レオナルド13世はあなたがなるべきです!」
言われたマクレーンは一瞬無言になったが、ベアーの顔を見るとその体を震わせた。そしてその場に崩れ落ちるとおえつを漏らした。
語られなかった父の愛がその息子へと紡がれた瞬間であった。
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一件が落着し別れの時がやって来た。ベアーとルナとロバは今回の事案で大きな役割を果たした少年に声をかけた。
「すごかったじゃん、ザック、役に立ったよ!!!」
ルナに褒められたザックは照れ臭い仕草を見せた。
「いや、まあ……でも悪い人が逮捕されたのはいいんだけど……ベーコンのお代がもらえなくなっちゃった……」
納品したベーコンの代金が回収できなくなったザックは切実な問題を吐露した。女将に小言を言われ、親方に殴られるのは必至であろう……
それを感じ取ったルナは肩からつるしたポシェットを開くと、そこから財布を出した。
「はい、これ!!」
ザックに提示したのはベーコンの代金の3倍はある
「……えっ……」
ザックが素っ頓狂な表情を浮かべるとルナが魔女の表情を見せた。
「あのことは秘密だからね!」
ルナが火事になったロッジのことを仄めかすとザックはロバを見た。
ロバは泰然とした態度を見せると蹄で地面に文字を書いた。
『あれは、事故』
それを見たザックは大きくうなずくとルナの提示した現金を丁重に受け取った。
「ほんとは放火だけど、事故って言うことですね、わかりました!!」
隣でザックの言葉を耳にしたベアーはギョッとしたが、火事のおかげで窮地を逆転につなげた事実は否めない。
『……聞かなかったことにしよう……』
ベアーがそう思うとルナがニヤリとわらった。
「あんたも共同正犯だからね!!」
言われたベアーは半笑いになると天を仰いだ。
*
この後、暇乞いの時が来るとザックがロバを見て頭を下げた。
「ロバ師匠、お世話になりました。」
ロバに熱い思いを持っているザックは別れを惜しむように言うと直立不動の姿勢をとった。
「人からはウスノロと言われ、愚鈍と言われ、バカだと言われてきました。ですが、今回の出来事では生まれて初めて人様のために役立ったと言われ――とてもうれしく思います。」
ザックは胸を張ってそう言うと二重あごをプルンと震わせた。
「ロバ師匠の飼い主の皆さんには僕の本名をお伝えしようと思います。」
ザックはそう言うと息をのんだ。
「僕の本名はマルスと言います。これ以上のことはわけあって言えませんが……」
ザックはそう言うとぺこりと頭を下げた。
「では、みなさん、また!!」
ザックはそう言うと踵を返して肉屋に向けて走り出した。
*
その背中を見たベアーはザックの言った『マルス』と言う単語に引っ掛かりを感じた。
「マルスって……確か落馬で死んだ第三皇子の名前だよな……」
ベアーが瓦版で得た知識を披露するとルナがそれに答えた。
「単なる同姓同名でしょ」
「いや、帝位につく方の名前は……平民は使えないはずだよ」
ベアーがそう言った時である、肉屋に向けて疾走するザックが石に躓いて転んだ。あまりに無様な姿は失笑ものである……だがその様を見たベアーとルナは顔を見合わせた。
「『落馬で死亡のマルス』……『無様に転ぶザック』……これって何か共通してない……」
ルナがそう言うとベアーが反応する前にロバがいななきを上げた。そして後ろ足で二本立ちするや否や右脚を顔の前に挙げたのである。
『……ロバが敬礼している……』
ロバのザックに向けて敬礼する姿にはノブレスオブリージュにたいする敬意が込められている。
その様を見たベアーとルナは顔を見合わせるとただただ茫然とする他なかった。
了
ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。なんとか最後まで行き着くことができました。無事に終わってよかったです。
正直言いますと、途中でプロットが破断してしまい失踪しようと思っていたのですが、感想をいただいたことでモチベーションが上がり失踪せずに済みました。(感想を送ってくれた方、本当にありがとうございます。)
まだお話は続きますので、これからも読んでいただけるとうれしいです。
次回は9月下旬からを予定しております。(よければこの章の感想など残して頂けるとうれしいです。)
では みなさん またね!!




