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第二十七話

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ベアーに遺言書をつきつけられた検察官は裏返った声を上げた。


「駄目だ――駄目だ、鑑定なんて!!!」


その物言いには先ほどの理路整然としたキレはなく、感情面だけが異様に突出ている。


「……許さんぞ、鑑定など!!」


震える検察官の声を聞いたロイドは老獪な表情を見せた。


「鑑定すればいいではないか、筆跡鑑定の料金を私が支払おう」


言われた検察官は血走った眼でロイドを見た。


「何か困ることでもあるのか?」


ロイドはそう言うとニヤリと嗤った。そして検察官に対して間髪入れずに新たな質問をぶつけた。


「この羊皮紙が本当の遺言書ならば、枢密院に提出された相続の書類は一体何なのだろうな――」


ロイドがそう言うと隣に体を寄せたスターリングが声を上げた。


「レオナルド12世の意志を無視して造られた書類なら、それは手続き(プロシージャー)に則っていても効力はないわ。一体、誰がその相続書類を造ったんでしょうね?」


スターリンがそう言うと法律官の表情を読んだカルロスが人差し指を向けた。


「どうやら、それはお前のようだな、検察官――」


図星をつかれた検察官はその顔色を変えた。


「私は男爵といえども貴族だ。貴族の事案に関して異議申し立てができる。この遺言書を鑑定して枢密院に提出したらどうなるかな?」


 ロイドが静かに畳みかけると検察官はその体を震わせた。そして女貴族の方を見ると情けない表情を見せた。そこには『……無理だ……』という思いが浮き出ている。


それを見たベアーはその矛先を女貴族に向けた、


「どうやら、あなたは検察官にねつ造した相続書類を造らせて、レオナルド家の財産を違法に相続したようですね」


ベアーはそう言うと女貴族を睨み付けた。


「隠された小部屋に行きついた僕はレオナルド12世の書いた日記を読みました。そこにはあなたがレオナルド12世に毒を持ったこと、薬物中毒にしたこと、そしてレオナルド12世の体調が急変したことも記されていました。」


ベアーはそう言うと核心をぶつけた。


「レオナルド12世を殺害したのもあなたですね!」


 ベアーが断言すると女貴族の眉が微妙に上がった。そこには明らかに感情の変化が表れている。それを見逃さなかったベアーは怒髪天の表情を見せた。


「もう逃げられませんよ!!」


8人目の被害者がレオナルド12世であることをベアーが看破するとその場の空気が凍りついた。



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ベアーに糾弾された瞬間である、女貴族は隣にいた治安維持官のショートソードを奪った。


「あんたのせいで全部台無しよ。全部、私の人生が全部台無しよ!!!」


怒り狂った女貴族はベアーを睨み付けた。そこには複数の人間を殺めた殺人鬼のオーラが現出している。


「せっかく、これまでうまく隠して通してきたのに……貴族の称号さえ手に入れたのに……」


女貴族は歯ぎしりすると検察官と治安維持官達に目をやってドスのきいた声を上げた。


「こいつらが枢密院に異議申し立てすればどうなるかわかるね――あんたたちはあたしと一蓮托生なんだ。全てが終わっちまうよ」


 袖の下を貰うだけでなく『おクスリ』までもその手にしていた治安維持官達は自分たちの置かれた状況を十分に理解していた。中途半端な姿勢を見せた所で身の破滅は免れないということを……


意を決した治安維持官たちと検察官は女貴族の意を受け止めると静かにショートソードを抜いた。


「皆殺しにして証拠を消すんだよ、そうすれば、こっちの勝だ!!」


執事がそう言うと、状況の推移を吟味していた主任のハーマンがその表情を変えた。


「どうやら、虚言でごまかそうとしていたのはお前たちのようだな。我々に向けて剣を抜いたことが、なによりもの殺人の証左だ。」


ハーマンはそう言うと広域捜査官の連隊に指をあげて指示を出した。


「容赦はせんぞ、悪党ども!!」


ハーマンの怒号が響くと広域捜査官たちは治安維持官と検察官に襲い掛かった。


                                *


 乱戦は20分ほど続いたが、訓練された広域捜査官の連隊は薬物中毒になった治安維持官達をなぎ倒し、ものの見事に女貴族とその一派をとらえた。

 相手側は甚だしく負傷したもののこちら側は誰一人として死ぬことのない完璧といえる捕り物が展開された――


「ちくしょう!!!」


縄をうたれた女貴族は絶叫するとベアーを睨んだ。


「お前を呪ってやる、地獄の淵からでも呪い殺してやる!!!」


 そう言った女貴族の表情は形容しがたい凶悪さを秘めている。人とは思えぬその声はその場の人間に耐えがたい嫌悪感を与えた。


だがそれに対してベアーは何食わぬ顔を見せた。


「8人の人間をその手にかけた鬼畜の呪詛は僧侶には通用しませんよ」


ベアーは涼しい顔でそう言うと祖父の教えを口にした。


「殺された人々の怨嗟はあなたたちを無間地獄にいざなうでしょう。」


ベアーはそう言うと実に気の毒そうな顔を見せた。


「あなたがたの本当の苦役は死罪になった後から始まります。無間地獄に魂の救済はありません――未来永劫、苦しみ続けることになるんです。」


ベアーが僧侶の哲学を説くと縛られて尻もちをついた執事が吠えた。


「笑わせるな、無間地獄なんかあるものか!!」


それに対してベアーは微笑んだ。


「死んだらわかりますよ」


15歳の少年が朗らかな表情をうかべると、それを見た女貴族と執事は言葉を失った。



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ハーマンは賊に縄を打ち終わるとベアーとロイドに深く頭を下げた。


「この事案の解決はあなた方の尽力によりなされました。誠にありがとうございます。」


ハーマンはそう言うと広域捜査官の表情を見せた。


「我々は任務を遂行せねばなりません!!」


ハーマンはカルロスとスターリングに目配せした。


 2人はベアーとロイドを見て小さく会釈すると広域捜査官の隊列に加わった。その表情にはベアーたちに対する感謝の念と事件が落着したことに対する自負と誇りが沸いている。


 それを見たベアーは8人を殺害してその戸籍を乗っ取った女貴族と執事の企みが水泡に帰したことを認知した。


 毛皮の納品から始まり、ジュリアの失踪、続いてベアーの失踪。そして助けに行った広域捜査官のおとり捜査失敗――絶望的な状態が続いた。だが、ルナの機転とロイドの交渉、そしてロバとザックの助けにより窮地を抜けたベアー達は、8人を死に至らしめた犯人を追いつめ、レオナルド12世の残した遺言書でとどめをさしたのである。


『これで……終わりだ』


ベアーがそう思うといつの間にか現れていたルナがベアーの手を握った。その表情には安堵が浮かんでいる。


「さっきの煙で死んじゃったかと思った」


ルナが小声でそう言うとベアーがそれに答えた。


「まだ、死ねないよ」


 ベアーはそう言うとルナの手をしっかりと握った。そこには互いの健闘をたたえる熱い思いがあふれている。心地よい強さを感じたルナは何も言わずに握り返した。厳しい修羅場を越えた二人に言葉は必要ではなかった。




次回で終わりとなります。

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