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第二十六話

66

煙に巻かれて庭に非難した女貴族と治安維持官達は目の前に現れた広域捜査官の連隊に驚きを隠さなかった。


「ロッジが燃えていますが、何かあったのですか!!」


庭内に入ってきた広域捜査官の連隊長ハーマンがそう言うと女貴族がそれに答えた。


「わかるはずないでしょ、速く火を消して!!」


 女貴族は絶叫するように言ったが、その内心は甚だしい不安感が押し寄せていた。火事と言う想定外の展開と広域捜査官の登場に平常心を失ったのである。


「とりあえず消火活動を、それから状況確認を!!」


ハーマンがそう言うと燃え盛るロッジの消火活動がその場の全員で始まった。


                                 *


 ロッジは全焼したが、そのほかは煙の被害だけで煤だらけになったものの誰一人として負傷者はいなかった。


状況を鑑みたハーマンはすぐさま事情聴取を始めようとした。


だが、これに異を唱えた人物が声を上げた。女貴族の懐柔を受けた検察官である。


「もう結構だ、貴族の敷地の中の事である。帰ってくれ」


 余計なことを知られたくないと思った検察官は事情聴取を拒否しようとした。そこには自分たちの奸計が明るみになることを恐れる保身がありありと浮かんでいる。


「火の不始末があっただけだ、他には何もない!!」


検察官がそう言うとハーマンがそれに不服そうな顔を見せた。


「この館で、不審なことが起きたという証言があるのだが?」


言われた検察官は素知らぬ顔をした。


「そんなことはない。中途半端に勘ぐるのであれば枢密院に報告するぞ」


枢密院と聞いたハーマンはその表情を歪めた。


「消火活動を手伝ってくれたことはありがたいが余計な配慮はお前たちの査定に響くだけだ。『ここでは何も起こっていない』と上司には報告しろ!!」


「しかし……」


ハーマンが食い下がろうとすると女貴族が口を開いた。


「火の後始末はこちらでやります。上役の方には『小さな火事があった』とお伝えください。」


 女貴族はそう言うと反論を許さぬ口調で『ご苦労様』と言い放った。貴族に対する捜査権が広域捜査官にないことを熟知した女貴族は有無を言わせずハーマンたちを一蹴したのである。


ハーマンが如何ともしがたい表情を浮かべると女貴族と執事はその顔をほころばせた。


『煙にまかれ、あいつらも死んだのだろう――もう誰も恐れる必要はないわ!!』


 女貴族が安心してそう思った時である。その耳に聞き覚えのある声が響いてきた。女貴族が後ろを振り返ると、その視野には晴嵐の空下にたたずむ5人の姿があった。



67

「『何も起こってない』どういうこと?」


そう言ったのはスターリングである、その眼は怪しく輝いていた。


「煙に巻かれて死んだと思ったのか――残念だったな!」


続いたのはカルロスである、その表情はイキイキとしていた。


 スターリングたちはベアーが誘導して暖炉の床下の空間に避難すると、煙がおさまるのを待っていたのだ。そしてロッジの消火活動が終わるや否やその身を現した。


カルロスはハーマンに目配せするとセバスチャンとクララの眠る枯れ井戸の方を指さした。


「あそこで眠っている骨には陥没骨折の後がある、殺人の証左だ。誰が二人を殺めたのかな!!」


カルロスが自信のある声をあげるとスターリングがそれに続いた。


「ジュリアさんと薬物中毒に陥った治安維持官の証言もあるわ、あなたたちにとっては厳しい状態よ!!」


スターリングがそう言うとサングースの検察官が吠えた。


「不法侵入した捜査官の言質など、裁判では証拠にならんぞ。」


それに対してスターリングは今まで調べ上げた事実をかいつまんで主張した。


「背のりして手に入れた偽りの生活はもう終わりよ、あなたたちの過去は既に分かっているわ!!」


スターリングがそう言うと検察官が揚げ足を取った。


「たとえ、お前たちの言うことが事実であったとしても、貴族の世界に平民が物申すことはできない。レオナルド様はきちんと前当主の御威光を受けて13世になられた方だ。お前たちのようなダボハゼにいらぬ嫌疑をかけられる立場ではない。」


検察官はそう言うとハーマンを見た。


「お前の部下を訴える、レオナルド13世を殺人犯に仕立てようとしたその行為、許しがたい!!」


法的知識と貴族の特権を利用した検察官は大声をあげた。


「枯れ井戸の死体もお前たちがでっちあげたことだろう、我々に与太話は通用しない。」


弁舌巧みな検察官はおとり捜査の失敗を糾弾しつつカルロスとスターリングの捜査自体を否定する見解を見せた。


「ここにいる治安維持官達はお前たちの横暴を証言するだろう、裁判では重要な証人になる。」


検察官は横柄な態度をとるとその場にいた治安維持官達にアイコンタクトした。そこには『口裏を合わせろ!!』という暗黙の指示がある。


 正義、公正といった概念の欠如した検察官の言動は衝撃的であるが、治安維持官達が居直って口裏を合わせてしまえば、カルロスとスターリングの証言も無為になるだろう。むしろおとり捜査の失敗だけが浮かび上がる――


検察官がそれを分かって圧力をかけるとハーマンは冷や汗をかいた。


「さあ、どうする、広域捜査官のハーマン主任?」


検察官の表情には『この勝負、勝った!!』と言う確信が浮かんでいる。



68

その時である、その状況を一変させる一言が少年から発せられた。


「あなたの言動はまったくもって間違っています。」


そう言ったのはベアーである、検察官を見ると落ち着いた口調で意見を述べた。


「貴族の世界に平民や広域捜査官が関われないことは認めますが、それはあくまでレオナルド13世が『本当の貴族』であった場合です。」


ベアーの言動の意味が分からぬその場の人間はベアーに注目した。


「その女性は本当にレオナルド12世の後を正式に継承された方なんですか?」


ベアーがそう言うと検察官が鼻で笑った。


「このお方は正式にレオナルド13世と認められている。枢密院からのお墨付きもある」


検察官が居丈高に応えるとベアーがそれを鼻で笑った。


「本当に?」


その表情は陰険で悪意が滲んでいる、僧侶が見せる表情には思えぬものであった。


「どういう意味だ、小僧!!」


検察官がそう言うとベアーは懐にしまっていた切り札を高らかに掲げた。


「この羊皮紙に書かれた文言――法律に詳しいならお分かりになりますよね?」



羊皮紙の一行目、タイトル部分に書かれた文字は読んだ検察官はその眼を大きく見開くと絶句した。


『……遺言書……』


ベアーは微動だに出来なくなった検察官を見ると口を開いた。


「この遺言書は私が執事に追われて殺されかけた時に偶然、見つけたものです。そしてこの遺言書の最後にはこう記してあります。」


ベアーはそう言うとハーマンに向けて遺言書を見せた。



≪家督および財産は妻には譲らず、嫡子である長男にすべて譲る。なお、嫡子が死んでいた場合は国家に寄付する。』



ベアーはハキハキトした口調で語ると女貴族を見た、


「あなたは、レオナルド13世にはなれないんですよ、どうやってもね!」


それに対して検察官が再び声を上げた。


「不法侵入者の手に入れた書類など、何の価値もない。その遺言書は無効だ!!」


 検察官がそう言うとベアーがもう一枚のメモを見せた。それは遺言書とともに写実画の納められた額からおちてきたものである。


「このメモには羊皮紙に関しての処理を発見者に託すと言う文言があります。仮に私が不法侵入者であってもあなたの意見には耳を貸せません。」


ベアーははっきりと言い切るとメモをハーマン主任に見せた。ハーマンはメモの内容を確認するとその表情をかえた。


「その遺言書とメモは本物なのか?」


ハーマンが素朴な疑問をぶつけるとベアーが朗らかな表情を見せた。


「鑑定すればいいんじゃないですか?」


一堂の間に異様な空気が沸き起こる、この場を支配していた検察官の表情が変わった。




終わりに目途がつきました……(よかった)、あと2回ほどでラストまで行けると思います。


もう少しお付き合いください。



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