第二十四話
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さて、その頃――
街道まで出たウィルソンは幸運にも駅舎につめていた広域捜査官の主任(スターリングの上司)と会うことに成功していた。そしてルナの持っていたブロンズ像を主任に見せると現在の状況をつまびらかに説明した。
*
話を聞いた主任は立ち上がると部下に目配せした。
「了解した、すぐに応援の準備に入る!!」
主任は血相を変えてそう言ったがその動きは鈍い。ウィルソンがそれ察すると怪訝な表情を見せた。
「腰が重そうですが……」
言われた中年の主任、ハーマンは渋い表情を見せた。
「貴族の敷地には我々では入れない。向こう側の許可がなければ無理なんだ。もしくは枢密院の許可がいる……」
それに対してウィルソンが大声を上げた。
「あんたね、うちの人間だけじゃなくて、お宅らの身内も捕まってるんだよ、速くいかないと皆殺しだよ、相手は普通の奴らじゃないんだ!!!」
ウィルソンが大声を上げて抗議するとハーマンは額に指を当てて苦悩した。
「わかっている……だが越権行為は許されない。手続きやルールを無視して行動してもその行為自体が問われるだけだ。特に貴族の世界は我々では無理だ。何かきっかけがあれば別だが……」
ハーマン主任はそう言うと渋い表情で言った。
「館の近隣までは馬を進めることができる――そこで様子を見よう」
ウィルソンは納得しがたい表情を浮かべたが広域捜査官がスターリングとカルロスを救出するミッションに自発的に動くとは思えなかった……
『そんな、簡単にきっかけなんて……みつかんねぇよ』
ウィルソンはそう思うと腕を組んで途方にくれた。
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さて、その頃ベアーは――
応接間でロイドと執事との間に一触即発の状態が展開する中、ベアーは出口を探すべく先ほどの道を戻ると二股に分岐したもう一方の道へと足を進めていた。そしてうねる道を進んで前方に梯子らしきものを確認した。
『……あれを登ろう……』
ベアーが手をかけるとさび付いた梯子が嫌な音をたてた。
『頼む、もってくれ……』
ベアーが軋む梯子を用心しながら登ると、頭上に金属製の蓋が現れた。ベアーはそれを開けると暗闇の中にその身をもぐりこませた。
『狭い……』
ベアーがそう思った時である、さびた梯子が崩れた――退路が立たれたのである――だがベアーはそれを気にせず前進した。
『いまさらビビッてもしょうがない!』
執事に追われて殺されかけたことで腹が据わったベアーは光の漏れている方向に足早に進んだ。
『なんだ、これ?』
光の漏れる壁を触るとそれは煉瓦であった。そしてその煉瓦壁はベアーが押しただけでいとも簡単に崩れ落ちた。
『よし、進めるぞ!!』
ベアーがそう思って崩れた空間から身を乗り出した時である、思わぬ光景が目に入った
なんとベアーの視界に銃を構えるロイドと身動き取れなくなった執事の姿があったのだ。
「……えっ……」
ベアーが出てきた空間は応接間にある暖炉の床下に続いていたのである。
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一方、まさかの存在が暖炉から這いずり出てきたため、その場にいたロイドと執事、そして女主人はその眼をしばたたかせた。
張りつめいていた緊張の糸が切れる――
この状況を制するために先に動いたのは執事であった。
*
執事は軽い身のこなしでロイドに襲い掛かるとその手にしていた銃を奪おうと試みた。一方ロイドはそれをさせまいと抗う――だが70代と40代では体のキレと力が違う、ロイドは抵抗むなしく銃を奪われてしまった……
一瞬にして形勢が逆転、ベアーとロイドは死の淵に追いやられた。
『ヤバイ、マジでヤバイ!!!』
ベアーはそう思ったが――時すでに遅し――執事は素早く撃鉄を起こすと銃口をロイドに向けた。
「クソジジィ、死ね!!!」
執事は紅潮した顔でそう言う引き金を引いた。
だが――
なんと弾丸が飛ぶどころか銃声さえしない。
執事は躍起になって再び引き金を引いた。
だが――
カチッというハンマーが落ちる音だけで弾は発射されない。
ロイドは狼狽する執事を見るとニヤついた。
「最初から弾など入っておらんよ、貴族が人様の家でドンパチするほど無粋だと思ったか?」
ロイドはそう言うと厳しい表情を見せた。
「貴族に向けて平民が銃口を向ける意味が分かっているのか?」
ロイドの言い方には毒がある。そこには禁忌を侵した人物に対する強い非難と、厳しい刑事罰が科せられる未来への示唆が滲んでいる――
「お前の殺意、しかと見届けたぞ、この人殺しが!!」
ロイドの発言を耳にするとベアーは息を飲んだ。
『ロイドさんは最初からこれを狙っていたのか……』
弾の入っていない銃を用いて交渉を有利に進め、状況が一転しても身の安全を担保する。さらには自分に銃口を向けさせることで執事の殺意を立証するという一挙両得ならぬ一挙三得の手法を展開したのだ。
『すげぇわ――ロイドさん……』
手練手管と入ったものだが修羅場をくぐった貿易商の見せた老獪な手法はベアーの想像をはるかに超えていた。
*
だが、その一方、ベアーの思いをよそに執事は驚く様子など微塵も見せず、性質の悪い笑みを浮かべた。そして突然、括目すると非人間的なオーラを放った。その背中からは7人の人間を手にかけた怪物の片鱗が滲んでいる……
「もう、めんどくせぇ、お前ら――殺してやる」
静かに断言した執事は懐から刃物を取りだすとロイドに向けて走り出した。
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と、その時であった、応接間と廊下をつなぐ扉が大きな音を立ててバタンと開くとそこからカルロスとスターリングが飛び出してきた。
「今の会話、聞かせてもらったわよ!!」
スターリングがそう言うや否やカルロスがロイドに襲い掛かる執事にタックルをかまして転倒させると、その手に持っていた刃物を叩き落とした。
「観念なさい、もう逃げられないわよ!!」
スターリングがそう言うとカルロスが続いた。
「お前たちが使っていた治安維持官は既に拘束したぞ。尋問すれば何でもしゃべるだろうな、麻薬によって禁断症状の出た人間の精神はもろいぞ!!」
ロバの案内により地下貯蔵庫に向かったカルロスは治安維持官達に不意打ちを食らわせて昏倒させるとスターリングだけでなくその場にいたジュリアとマクレーンも救出していた。
そして現在――タイミングを見計らった彼らはベアーたちを助けるべく応接間に突入したのである。
「古井戸で2体の白骨死体も見つけた、お前たちの蛮行はすでにわかっている!!」
セバスチャンとクララの遺体を確認したカルロスがそう言うとその場の雰囲気が変わった。状況は一変してレオナルド家にとって不快な状態が展開する――
執事が唇を噛んで体を震わせるとスターリングが自信のある声を響かせた。
「デール夫妻を殺害してその戸籍を乗っ取り、ミズーリではユミールとケイトになりすまし、そしてサングースではレオナルド12世の後妻と執事におさまった。だけど7人を殺めた事実は隠せないわ!!」
スターリングがそう言うとカルロスが怒鳴った
「さあ、おとなしく縛につけ!!!」
カルロスの声を聞くと執事が不愉快な表情を浮かべた。多勢に無勢、自身の置かれた状況がきわめて不利であることを悟っている
ベアーは思った、
『やった、勝ったぞ!!!』
甚だしい悦びが内面からあふれてくる、毛皮の案件から生じた一連の事態は収束するとベアーは確信した。
だが、その思いを打ち破るけたたましい笑い声がその場に響いた。
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「笑わせるじゃないか!!」
そう言ったのは女貴族である、その表情は自信に持ち満ちている。
「外を見てみろ、この屑ども!!」
言われたその場の人間が窓を見ると外には複数の治安維持官達がいるではないか――その隊列には武官ではなく文官もいる……
それを見た執事がホッとした表情を見せた、
「どうやら検察官もいるようですな」
執事がそう言うと女貴族がケタケタと声を出して笑った。
「不法侵入のガキと、おとり捜査に失敗した広域捜査官――法的にはどのような結論が下されるかな、ここは伯爵家の支配する敷地だ。お前たちの言動など蟷螂の斧にしかならんよ」
女貴族はそう言うと異様に赤い唇を舐めた。
「サングースの治安維持官は全てが私の駒だ、お前たちの望み未来などありえんぞ!!」
勝負は『勝ったと思った瞬間が一番危ない』と言われるがベアーはその言葉通りの状況を経験していた。
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蟷螂の斧:『何の役にもたたないモノ、無駄なこと』という意味です
逆転したのも束の間、ベアーたちは再び相手にとって有利な状況に追い込まれました。
この後、どうなるのでしょうか?
(書き溜めていたストックが完璧になくなってしまいました……ヤバイ……何とか頑張りますが、若干うpが遅れるかもしれません。 ごめんやで!)




