第三話
うまくない食事を終えてベアーが大部屋に戻ると夜に備えて天井付近のロープにランタンが吊るされていた。ベアーはその明りをたよりに今日の出来事を記そうと日記帳をバックパツクから取り出した。
その時である、ふと隣の商人から気になる会話が聞こえてきた。
「ポルカにあるフォーレ商会だけどやばいらしいぞ」
「ほんとか?」
「ああ、先物でやらかしたらしい」
先物とは商品をあらかじめ決めていた値段で売買するという取引だ。たとえば来年のどうなるかわからない作物の値段を現時点で決めて、その収穫期に指定した時の値段でその作物を売買するといった具合である。
元来は豊作貧乏や、飢饉から生じる値動きの変動をヘッジ(回避)するために生まれた取引だが、昨今はその投機的な側面のほうに注目が集まっている。つまり上がるか下がるかを予測する丁半博打である。
「フォーレ商会は小麦が高くなるとふんでそっちに賭けたんだけど、実際は豊作だろ、値段が下がったんだよ。」
その会話を耳にしたベアーは豊作貧乏という言葉を思いだした。豊作は一見いいように見えるが作物が取れすぎると市場に出回る量が増え、かえって値段が下がるという現象である。
「どれくらいの損害なんだ?」
「それが……わかんねぇんだよね……」
リスクや損失というのはわかっていればコントロールできるが、見えなくなると疑心暗鬼を引き起こす。疑心暗鬼が周囲に知られると正常な取引さえ行えなくなる。
「えっ、じゃあ、倒産すんじゃねぇの」
「あり得るよな……」
商人たちの会話は徐々にエスカレートした。
「俺、フォーレ商会と取引してんだけど、大丈夫かな…」
中年の商人は大きな声を出した。
「俺もだよ、まだおさめた商品の代金もらってねぇよ」
その声を聴いた他の商人たちも寄ってきた。フォーレ商会と取引している商人たちであろう、不安な面持ちで話しに参加しだした。
ベアーは隣でその話を聞いていたが不穏な空気が漂い始めた。
『フォーレ商会って老舗の貿易商なのに……倒産なんて……とりあえず先物取引って怖いっていうことだな……』
ベアーはとりあえずそうした結論を出した。
*
そんなことを思った時であった、目の前にさっきの女子が現れた。
「あなた二等船室にいたの?」
「あっ、そうだけど、君も?」
「そうよ……あっ……あたしリアン、あなたは?」
「僕はベアー。」
「ご両親と一緒に?」
「いや一人旅なんだけど」
「えっ、一人で?」
「都で貿易商の見習いになるつもりなんだけど、今はその途中なんだ。」
リアンは感心した様子を見せた。
「ところで君は?」
「私は……上級学校に入学なんだけど……」
「スゴいじゃないか、なかなか進学なんてできないよ」
一般的に上級学校に進めるのは成績のいい生徒か裕福な家の生徒だけである。
「でも、あんまり進学したくないんだよね……親は行けってうるさいけど」
「でも本草学とか会計学とかも学べるから……将来つける職が変わるだろうし」
「そうかもね…」
リアンはどうやら親の決めたレールがいやらしい。
「ベアーは上級学校には行かないの?」
「うちは僧侶の家系だから、あまり普通の学校には縁がないんだ」
「僧侶って、魔法を使う、あの僧侶?」
「そうだよ。」
「じゃあ、魔法使えんの?」
「一応ね、でも初級回復魔法だけだから……」
「すごいじゃない」
「でも、食べていける仕事じゃないしね、もう僧侶の学校もないし…」
ベアーはさみしげにつぶやいた。
そんな時である艦内にベルが鳴った。
「就寝時間みたいだね」
22時になると時間を知らせる意味もあり客船ではベルが鳴る。
「じゃあ、また明日」
リアンはベアーの所から離れると振り向いた
「これから二日間は話し相手になってくれるでしょ!」
リアンは笑顔でそう言うと両親のもとに戻っていった。
『あの子、性格よさそうだよな、胸は……そんなに大きくないけど…』
ベアーはそんなことを思いながら横になった。
*
気付いたのは明け方であった、急に船が揺れ出したのだ。風が強くなり波がうねりだしたていた。
『駄目だ……気持ち悪い……』
ベアーは初の船酔いに顔面が青ざめた。想像以上の体調の悪さに動くことすらままならない。ベアーはとにかく外に出て空気を吸おうと思った。必死になってデッキに続く扉を開けた。その瞬間、潮風がベーアを包んだ。
『風、気持ちいい。外の方がいいな…』
外気にあたるといくらか楽になったが胃の中が揺れ動いている感覚は変わらなかった。そのまましばらくデッキで黄昏ているとベルが鳴った、朝食の合図である。
一応、ベアーは中央船室に行って朝食を眺めてみた。
『ポーチドエッグとチーズトーストか……無理だな…お茶だけ飲もう』
そう思うとハーブティーに砂糖を入れてのどに流し込んだ。
ベアーは再びデッキに出て外の空気を吸った。下を向くと船酔いがきつくなるので空を見て気分を変えようとした。
「駄目だ……全然…なおんない」
デッキに置かれたベンチに座って深呼吸した。
そんな時である、リアンがクスクス笑いながらベアーに近づいてきた。
「船酔いしたんだね」
「あっ、君か…」
「最初はみんなそうなるから」
「君は大丈夫なの?」
「何度か船に乗ったとこあるから、私は平気」
「胃の中がぐるぐる回ってるんだよね、何かフラフラするし」
「今朝の時化は結構きつかったから、他の人もみんなつらそうにしてるわね」
ベアーとリアンがそんな会話をしていると波が少しおさまってきた。
「ちょっと楽になってきたよ」
「少し水を飲むといいわ」
そう言うとリアンは水を取りに行った。
『あの子、優しいな……巨乳じゃなくても……いいかも』
ベアーはイソイソと水を持ってくるリアンを見て特別な感情が湧き始めていた。




