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第二十三話

54

執事が正門の前に立つと好々爺と思える身なりのいい人物がいた。


「どちら様でしょうか?」


尋ねられた人物はにこやかな表情を浮かべると自己紹介した。


「フォーレ商会のフォーレ ロイドと申します。毛皮の案件で伯爵様に御目通りいただきたい。」


思わぬ人物の到来に執事はその眼を丸くした。


「毛皮の事ですか……ああ……」


執事が対応しようと口を開くとそれを制してロイドが先に話しかけた。


「うちの人間が『粗相』をしたようで伯爵家には迷惑をかけたと思っております。ぜひ直接お話をさせていただきたい。」


ロイドは門前払いを食わないように執事に考える暇を与えなかった。慇懃でありながら相手に選択肢を与えない交渉術である。


『クソ、こんな時に……』


ロイドの接見を断るつもりだった執事にとって目の前の老紳士は実にやりにくい。


『……邸内に入れたくないな……ベアーとかいう小僧が出てくると厄介だ……』


執事はポーカーフェイスで苦慮を隠すと適当な理由を述べた。


「実は現在、お館様は外出中でして在宅しておりません――フォーレ様が来訪されることをお手紙で知らせて頂ければこちらも対応できたのですが……」


執事はアポを取らなかったロイドの姿勢を遠回しに非難して断ろうとするとロイドが先んじて動いた。


「問題ありません、待たせていただければ結構です」


ロイドはそう言うとズカズカと門の内側へと足を踏み入れた。


それを見た執事は急いで止めようと声を上げた。


「勝手に入られては困ります!!」


執事が声を荒げると突然ロイドは一喝した。そして執事を睨み付けると陰険な表情を見せた。


「伯爵家の執事といえども所詮は平民、貴族の称号を持つフォーレに命令するのか?」


 ロイドの口調は静かであるが反論させぬ凄味がある、修羅をくぐった老紳士ならではの圧力があった。それに気圧されたレオナルド家の執事は声を詰まらせた。


「さあ、案内したまえ」


ロイドがさらなる圧力をかけると執事は渋い表情を見せて歩き出した。



55

さて、その様子を門外から見ていたルナはタイミングを見計らうと邸内に侵入した。


『うまくいったわ』


ルナはそう思うとタタッと小走りに進み、離れのコテージの方に向かった。そして辺りを見回した。


『いたわ!』


目あての存在は『離れ』の木陰でのんきに蝶と戯れていたが、ルナを見ると不細工な顔を見せて片足を上げた。


「カルロスさんを救出するわよ!」


ルナがロバに声をかけるとロバは困った表情を見せた。


「何かあるの?」


ルナがそう言うとロバが厳重に蓋をされた井戸のほうに顎を向けた。


『マジか……こんなの開けられん……』


金属の蓋には針金が幾重にもまかれて固定されている――少女とロバでどうにかなるとは思えない……


『どうしよう……』


『一難去ってまた一難』とはいったものだがルナとロバの置かれた状況はまさにそれであった。


だが、その状況を打破する人物が木陰から現れた。


                                   *


「……ザック……」


どうやらルナの後をついてきたようでザックも邸内に侵入していた。


「あんた、不法侵入なんだよ……勝手に入っていいわけじゃないんだからね」


ルナがそう言うとザックがポツリと漏らした。


「ベーコンのお代を貰ってないから……」


ザックは納品したベーコンの代金回収に来たようだが、厳重に針金のまかれた蓋を見ると腰のポーチを指差した。


「蓋なら開けられるかもよ」


ザックはそう言うとポーチから何やら取りだした。


「ハムを麻縄で縛るときに使うんだけど、この鋏は良く切れるんだ」


ザックはどもりながらそう言うと針金の細い部分に鋏の刃を当てた。


そしてパチンという金属音がすると針金が切れた。


                                 *


 針金を切って重たい金属の蓋を取っ払うと、3人は井戸の底を眺めた。そこではカルロスが泣きそうな顔をして見上げていではないか。


ロバはそれを見るとニヤリとした。


「よう、ハゲ」


ロバが本日、二度目のいななき(ほぼ人の発音と同じ)をあげるとカルロスが涙目で訴えた。


「速く、助けろよ!」


カルロスがそう言うとザックがロープを垂らして引き上げた。


                                     *


引き上げられたカルロスはザックとルナの二人に感謝するとすぐに現状を類推した。


「俺が井戸に閉じ込められたってことは……計画は失敗したのか」


カルロスはスターリングのプランが破たんしたと肌で勘付いた。


「どうしよう……」


カルロスが苦虫を潰したような表情を見せると、ロバが蹄で地面に≪スターリング≫と記した。


それを見たカルロスは血相を変えた。


「そうだ、スターリングさんだ――」


カルロスはそう思うとロバを見た。


「どこにいるんだ、スターリングさんは!!!」


言われたロバは自信を見せた。


『スターリングの匂いを忘れるはずないだろ!!』


ロバはそんな表情を見せるとついて来いと示唆した。



56

さて、館の中に通されたロイドだが――


執事が紅茶とビスケットを持ってくるとそれを手で制した。


「いらっしゃるのだろ、レオナルド13世は?」


ロイドは館の主がいることを看破してそう言うと執事が嫌な顔を見せた。


「無駄な時間を過ごすのは互いに無益だ。さっさと済まそうじゃないか」


ロイドがそう言うと執事は言葉の意味を悟って静かに応接間を出た。


                                  *


『……さて、向こうがどう出るか……』


ロイドはルナとの会話の中で執事とその主人が尋常ならざる人物であることを認識していた。


『なんとしてもベアーとジュリアを助けねばならない……だが下手に動けば二人が殺される……』


老練したロイドであるが相手が人を殺すことを厭わぬ人物だけに一瞬の油断もできないと判断していた。


ロイドはティーカップに手を付けた。


『……飲まん方がいいだろ……』


ロイドがそう思った時である,正装に身を包んだ女が応接間に入ってきた。


                                     *


「これはこれは、港町からわざわざご足労で」


女は丁寧でありながら男爵という格下の貴族を卑しむように言った。それに対してロイドは心得た反応を見せた。


「御目通りいただきありがとうございます、こたびの毛皮に関する案件、ご迷惑をかけまして」


ロイドがそう言うと女主人がニコリと微笑んだ。いかなる意味があるのか計りかねる笑みである。


「早速、毛皮の件を処理したいのですが、どのようにされますか?」


ロイドが格上の貴族のメンツを立てるようにしてへりくだると女貴族、レオナルド13世が答えた。


「そうね、納期までにお願いするわ」


女貴族がロイドを困らせるようにしてそう言うとロイドが答えた。


「わかりました」


ロイドが平然とした態度を見せると女貴族は表情を変えた。


『……納期までに間に合わないんじゃ……』


 女貴族はフォーレ商会が代替品の毛皮を用意できないと見越してそう言ったのだが、ロイドの様子からは狼狽は見られない。


『どういうこと……』


女貴族がそう思った時である、ロイドが口を開いた。


「うちの人間が二人、こちらに来たはずですが――何か知りませんかな?」


そう言ったロイドの顔は好々爺とはかけ離れている。女貴族はそれを見ると不愉快そうな表情を見せた。


「そちらの使用人など知りませんよ」


女貴族がにべもない反応を見せるとロイドが底意地の悪い表情で切り返した。


「本当ですかな?」


言われた女貴族は機嫌を損ねると声を荒げた。


「田舎町の男爵ふぜいが伯爵家を疑うのか!」


激高するような物言いで女貴族が言うと後ろに控えていた初老の執事がロイドの前に立った。


                                  *


さて、その様子を応接間の真下にある空間から聞いていたベアーであるが――


『ロイドさんがきたのか……』


交渉にたけた貿易商の到来により状況は変わっている、ベアーは率直にそう思った。


『ここから出て、あの場に行ければあの夫婦の横暴を直接問いただせるな。』


ベアーは懐に入れた羊皮紙をもう一度確認した。


『これがあれば……』


ベアーはそれと同時に1人の人物の顔を思い浮かべた。


『……死ぬなよ……マクレーン』


ベアーはそう思うと出口を探すべく、再び地下の空洞を引き返した。


                                  *


 初老の執事はロイドの前に立つと喜怒哀楽の欠如した表情を見せた。常人にはない異様な雰囲気が醸される。


それを見たロイドはフフッと笑った。


「お前のその白髪は染めたものだな。自分で染めたのか、根元の染めが甘いようだな」


ロイドは続けた。


「それにお前の皺――その皺は無理やり造ったものだろ」


ロイドは執事に向かって意図的に初老を装っているとほのめかした。


「お前の肌の質感は年寄りには思えん――20はサバを読んでいるな……まだ40代かな」


執事の額にうっすらと浮かんだ皮脂からロイドが類推すると執事は口角を上げた。


「鋭い考察ですな――齢をとっているだけのことはある」


その表情は明らかに尋常ではない、


「地が出たようだな、人殺しの」


ロイドがそう言うと執事が微笑んだ。


「何のことでしょうか?」


それに対してロイドは淡々と答えた。


「いろいろと話は聞いている――たしか『背のり』だったかな」


ロイドがおもわせぶりに言うと執事がその表情を変えた。


「どうやら、ポルカに帰還することはできなくなりそうですね」


執事がそう言うロイドが嗤った。


「いや、帰るよ、二人を連れてな!!!」


ロイドはそう言うとトラベルジャケットのボタンをはずして水平二連式の銃を見せた。


「人殺しとやりあうのにまともな手段はとらんよ、さあ、2人を返したまえ」


ロイドの涼しげな声が響くと応接間に緊張の糸がピンと張りつめた。





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