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第二十二話

52

馬の手綱を取っていたウィルソンは林の中から出てくる少女を見ると大声を上げた。


「ロイドさん、ルナちゃんです!!」


 馬車の中で腕を組んでいたロイドはそれを聞くとすぐさま馬車を止めさせた。そして窓から顔を出すと走ってくるルナを確認した。


『やはり、何かあったようだな……』


 ベアーからの速達を受けてジュリアが失踪したことを知ったロイドは自らサングースまで赴く決断をしていたが、想像以上の事態が生じていることに気付かされた。


「さあ、ここから乗りなさい!!」


ロイドが馬車のドアを自ら開けると息せき切らせたルナが飛び乗ってきた。


「どうしたルナちゃん?」


ロイドに声をかけられたルナはその声を詰まらせた。その表情は絶望感に満ち満ちている……


「みんな捕まっちゃったんです……ベアーもジュリアさんも……カルロスさんもスターリングさんも……」


ルナはそう言うとスターリングからもたらされた事実と現状を伝えた。


                                 *


 ルナの状況説明を聞いたウィルソンは絶句した。レオナルド家で生じた事態は修羅場を経験した貿易商でさえも沈黙させる衝撃がある……


「そんな……レオナルド家の当主と執事が……戸籍を乗っ取った殺人犯だなんて――おまけにサングースの治安維持官はその犯人と手を組んでる……どういうことなんだ……」


ウィルソンが顔を真っ青にしてそう言うとロイドは顎髭に手をやりしたたかな表情を見せた。


「なるほど、レオナルド家の動向がおかしかったのはそのためか……」


ロイドはルナの話を認識すると事件の背景にレオナルド家の新しい当主の異常性が滲んでいると感じた。


「寄合(貴族の集まる会合)でもキャンベル海運とともにトネリアのパストールと組んだ人物だ。人を殺して平然としているなら、国を売ることも厭わんだろう」


ロイドはレオナルド家の現当主、レオナルド13世が非人間的な人物であると看破した。


「ウィルソン、お前は街道に出て広域捜査官の所に向かえ、そしてスターリングのおとり捜査が失敗したことをつたえろ」


言われたウィルソンはロイドを見た。


「大将はどうするんですか?」


言われたロイドは飄々と答えた。


「レオナルド家に挨拶しに行ってくる」


さしものウィルソンも『えっ……』と言う表情を見せた。


「現状は向こうも混乱しているはずだ、広域捜査官が忍び込んだ状況で客が来るとは思うまい」


ロイドはレオナルド家が動く前に波乱起こしたいと考えた。


「一人じゃ無理ですよ、ここの治安維持官達もグルなんですよ!」


ウィルソンがそう言うとロイドは即座に反応した。


「もたもたしていたら、みんな殺されてしまう。それでは意味がない!」


ロイドはそう言うと座っていた場所から腰を動かして背もたれを外した。


「これがあれば向こうも話を聞くだろう」


背もたれを外した空間からは鈍く黒光りする『モノ』が現れた。


「若い頃に手に入れた舶来品だ。」


ロイドはそう言うとソードオフ(銃身を切断)した2連式水平銃をウィルソンに見せた。


「老いぼれ1人で屋敷に乗り込んでくるとはまさか向こうも思うまい――だがそこが勝機を生み出すはずだ!」


ロイドは静かに貿易商の哲学を述べるとそれに対してルナが鼻息を荒げた。


「私も行きます!!!」


ルナが元気な声をあげるとロイドが嗤った。


「いいだろう、魔女の力も借りようではないか!」


ロイドはそう言うと実に不遜な表情を見せた。


「急ぐぞ、向こうが手を打つ前にこちらが動く!!」


ロイドがそう言うとルナが怪しげな笑みを見せた、そこには明らかに魔女の醸す雰囲気がある。


老練した貿易商と58歳の魔女の二人が織りなすハーモニーはこの先いかなる事態を呼び込むのだろうか……



53

さて、驚くべき内容が書かれた羊皮紙を手に入れたベアーはそれを懐に忍ばせると、灯りとなった魔導器の杖を手に取り出口を探すべく辺りを見回した。


『落ちた所から戻っても、あの執事に見つかるかもしれない……別のルートはないだろうか……』


そう思ったベアーは執務机の下に何やら蓋のようになったタイルを見つけた。


『コレ、開くんじゃないのか……』


ベアーは思い切って陶器のタイルを引っぺがしてみた。


『やっぱり……地下に続いているんだ……』


そう思ったベアーは杖を持って据え付けられた、梯子を下りた。


                                  *


下りた空間は洞穴のようでいたるところに鍾乳石が連なっている


『どこに通じているんだろうか……』


ベアーが腰をかがめながら狭い空間を進んでいくと行き止まりにぶつかった。


『ここで終わりか……』


ベアーがそう思って壁面を確認すると何やらレバーのようなものがついている。


『引いてみるか……』


ベアーがレバーを引くと洞穴の一部と思っていた所がカチッと音をたてた。


『岩じゃなくてドアだったんだ……』


妙な仕掛けを外してベアーがさらに奥に進むと洞穴の路が二股に分かれていた。


『どっちにいくか……』


ベアーは若干悩んだが、路の広い方を選んだ。


『歩きやすそうだしな』


単純な理由だがベアーはそう判断すると緩やかなのぼり道を進んだ。


                                   * 


 2分ほど歩くと何やら話し声が聞こえてきた。どうやら上方からの音が地下空間に響く構造になっているようで、はっきりとした音声がベアーの耳に届いた。ベアーは壁面に耳を傾けた。



≪おい、マクレーン、どこにあるんだ、入り口は!≫



聞いたことのある声が壁面の上方から聞こえてくる、ベアーは思った。


『これはマクレーンを連行していた治安維持官の声だな……マクレーンもここにいるのか?』


ベアーがそう思うと再び治安維持官の声が聞こえた。



≪話さなければ、体にきくまでだ!!≫



巻き毛の若い治安維持官の吠えるような声が地下に響く。


≪さっさと吐け、この野郎!!≫


ベアーはあまりの怒声に驚きを隠さなかったが状況を確認するべく耳を澄ました。


                                    *


 嬲られる打撃音と罵声が続いたが、治安維持官の尋問から状況が徐々に明らかになるとベアーは現況をおぼろげながら把握することができた。


『……俺とジュリアさんを助けるためにカルロスさんたちとマクレーンが来たのか……』


『……でも、どうやら失敗したみたいだな……』


結局、マクレーンはレオナルド家の息のかかった治安維持官につかまったわけだが、その心意気は決して悪いものではない。


『何とかしないと……それに……あの絵画の男の子……確かめたい』


ベアーの脳裏に先ほど見た絵画の少年の顔が浮かぶ、ベアーは嬲られているマクレーンを助けたいと思った。


そんな時である、ベアーの耳にあの執事の声が聞こえてきた。


                                    *


≪お前たちの、やり方は手ぬるい――拷問はこうやるんだよ≫


執事は淡々と言うとマクレーンの指に手を置いた。そしてその爪の間に針のようなものを突き刺した。


凄まじい絶叫が館の応接間に響く。


≪小僧が逃げた秘密の場所を教えろ――≫


言われたマクレーンが再び絶叫を上げる。


≪無駄な抵抗は意味がないぞ≫


執事は虐待する愉悦に浸ると破顔した


≪どこだ、あの小僧が逃げ込んだのは?≫


執事は呻ると再びマクレーンの爪の間に針を突き刺した。


                                    *


マクレーンの叫びを聞いたベアーは背筋が凍った。


『あの執事……ほんとにクソだな』


 拷問する執事の声には淫虐心が灯っている。苦しむマクレーンの姿に興奮を覚えているのだろう、ベアーは上方から聞こえるマクレーンの叫びに心が砕けそうになった。


『このままじゃ、マクレーンが廃人にされる……』


そう思った時である、思わぬ事態が生じた。ベアーの耳に大きなチャイム音が聞こえてきたのだ。


ベアーは思った、


『誰か来たのか…………』


                                    *


一方、来客を告げるチャイム音はマクレーンを拷問する執事たちにもさざ波を起こしていた。


「こんな時に来客とは――誰だ!!」


執事は不愉快な表情を見せるとその場にいた治安維持官を見た。


「この男を地下の貯蔵庫に連れていけ、なんとしても吐かせろ!」


執事がそう言うとスネイルとナバールが何とも言えない表情を見せた。そこには何かを要求する眼差しがある。


「クスリか?」


言われた二人は大きく頷いた。


『指先に震えがある――禁断症状が出ているな……』


執事はそう判断すると懐から小分けされた薬袋(粉末を包んである)を投げ捨てた。


『ゴミどもが!』


執事は内心そう吐き捨てると来客に対応するべく応接間を後にした。




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