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第二十話

45

館の中では執事が首をひねっていた。


『何故見つからん……』


館の中で消えたベアーはその痕跡さえ見つからない……


『あやつ、どこに……』


執事がそう思って館の中を徘徊していると冷たい視線を浴びせる存在が執事に声をかけた。


「いつまで探してるの」


その言い方は汚いものを見るような不快感が現れている。


「すまない……見取り図にない空間がここにはあるみたいなんだ……」


執事がそう言うと女は陰険な眼を見せた。


「とろいわね、ほんとに――いざという時は知恵が回らないんだから!!」


女はそう言うと執事を睨み付けた。


「さっさと始末しておきなさい、いいわね!!」


言われた執事は小さくなると恨めしそうな眼を見せた。


『嫌なことがあるとすぐに豹変する……』


執事が館主に対して抗議の眼を見せると館主は執事の頬を引っ叩いた。


「セバスチャン、いえ、ルーカス、殺人鬼が貴族の執事になれたのは誰のおかげ!!!」


女はそう言うと再び手を振り上げた、その形相は非人間的であり、悪鬼さえもお辞儀をしてくる険しさがある。


執事は思わず体をこわばらせた。


「お前の目つきは私をいらいらさせるのよ、このウスノロ!!!」


そう言って女主人が手を下ろそうとした時である、来訪者を知らせる呼び鈴が鳴った。その音を聞いた女は再び豹変すると雅な貴族の表情を見せた。


「どうやら、お客のようね。セバスチャン、さあ、行ってらっしゃい」


言われたセバスチャンは女の眼を見た。


「とんで火にいる夏の虫――手筈通りにやるのよ!!」


女は来客の事を予想していたようでセバスチャンと呼んだ執事のケツを蹴り飛ばした。



46

スターリングが裏門で待っていると初老の執事がやって来た。


「何の御用でしょうか?」


執事がそう言うとスターリングは身分証を提示した。


「広域捜査官のスターリングと申します。実は行方不明者を探しておりまして」


「行方不明者……何のことやら……」


執事は首をかしげた。


「フォーレ商会というポルカの貿易商の使用人が2人ほどいなくなっているんです。」


 フォーレ商会の使用人という言葉に執事は何の感慨も見せなかった。だが、その様子を見たスターリングは『間違いない!』という確信をもった。


「何かお気づきのことはございませんか?」


 言われた執事はすっとぼけた表情を見せると再び首をかしげた。余計なことをしゃべらないことで相手に情報を与えないという戦略なのだろう――それを感じたスターリングは丁寧な口調で話しを進めた。


「少しばかり、お時間をいただけませんか、そちらには迷惑は掛からないようにしますので」


言われた執事は「いいですよ」という言葉をかけた。



47

さて、スターリングが事情聴取をしている頃、すでに庭内に入ったカルロスとマクレーンはベアーとジュリアの痕跡を見つけるべく動いていた。


「人を隠すなら『離れ』のコテージか倉庫のどちらかだと思う」


マクレーンにそう言われたカルロスはその指摘を素直に受け入れ、執事たちの住む離れに向かった。


                                  *


 『離れ』はコテージのような造りで20坪ほどの土地に木造平屋が立っていた。意外に立派な造りで使用人が寝泊まりする宿舎とは思えない……


「誰もいないな……」


人がいないことを確認した二人はコテージの中に入った。


『争った形跡や血痕はない……』


ジュリアかベアーが連れ込まれていれば何らかの痕跡があってしかるべきだがその様子はもない。


『……ここは監禁場所じゃない……』


カルロスはそう思うとその表情を歪めた。


『ひょっとして……もう……殺されて……』


カルロスの中で一抹の不安がよぎった。


そんな時である、突然マクレーンが声を上げた。


「こっち、こっちだ!!」


呼ばれたカルロスはコテージから出るとすばやくその裏側に向かった。


                                  *


マクレーンに呼ばれた場所に行くとカルロスの前には思わぬ存在が現れた。


「おまえっ……ロバじゃないか……」


カルロスがそう言うとロバは前足をあげて呼び掛けに応じた。そして人間とほぼ同じ発言でいなないた。


「よう、ハゲ!!」


ロバの巧みないななきを聞かされたカルロスはすぐさま反応した。


「ハゲは関係ないだろ!!」


 機嫌を損ねたカルロスがそう言うとロバはニカッと笑った。そしてくるりとケツを向けると何事もなかったかのようにして歩き出した。


マクレーンは泰然自若として歩くロバを見て思った。


『このロバ、鋭い突っ込みを――それも絶妙のタイミングで……』


ブサイクなロバが広域捜査官に見せた態度は一流コメディアン並みのキレがある。


『俺より……出来がいい……』


マクレーンはそんな風に思った。


                                  *


マクレーンとカルロスが忍び足でロバの後ろをついていくとコテージから少し離れた古井戸の前でロバが止った。


ロバは二人を見ると『ここだ』と表情で訴えた。


2人は古井戸の上部にかぶされた金属の鉄板を見て、その厳重な蓋の仕方に異様なものを感じた。


「間違いない、誰かここにいるな……」


カルロスがそう言うとマクレーンもうなずいた。


                                   *


2人は幾重にも重なった鉄板を音をたてないようにして一枚一枚どけると井戸の中を覗き込んだ。


「………」


暗い闇によって支配された空間に人と思われる存在が座り込んでいる。それを見たカルロスは唾を飲み込んだ。


『……ジュリアさんだ……死んでいるのか……』


カルロスがそう思った時である、ロバがロープを咥えて二人の前に現れた。


「マクレーン、俺が下りて確認してくる――お前はロープを引き上げろ。」


 カルロスがそう言うとマクレーンは強く頷いた。その表情は真剣で実に真摯である。カルロスはマクレーンを信じると井戸の中へと滑るようにして下りた。


                                   *


 井戸の中では真っ青な顔色のジュリアがいた。明らかに正常ではないジュリアの様子にカルロスは首をしかめた。


「生きている……でも……」


ジュリアの様子は半ば廃人ようである……うつろな目と呼び掛けに応じないジュリアの容態は明らかに尋常ではない。


『薬物だろうな……』


カルロスはそれと同時に井戸の底に散乱している骨に目をやった。


『2体の遺体だな。一体は男、もう一体は女……どちらも年寄りだな……』


カルロスは捜査官として学んだ骨相学(年齢や性別を類推するために必要な学問)の知識からそう判断した。


『頭蓋骨に陥没がある……殺された可能性が高いな…………』


カルロスはマクレーンが言っていたことを思い起こした。


『確かセバスチャンとクララがいなくなったとマクレーンは言った……もしかしてこの遺体は……』


カルロスの捜査官としての勘が囁いた。


『5人が殺されたと思っていたが……7人ということか、なんてことだ……』



48

さて、その頃、屋敷の地下にある秘密の小部屋では――


ベアーがさらに日記を読み進めていた。そしてそこにはレオナルド12世の体調の変化が記されている。


296年 6月某日

『どうも体調が悪い……最近、食欲が落ちている……』


296年 8月某日

『体の動きが鈍い……どうしたのか……医者の話では問題ないとのこと……』


297年 10月某日

『体調はあまり芳しくない……絵をかいて気を紛らわそうと思う……だが筆を執る手に震えがある……』



 明らかな体調の変化がレオナルド12世に訪れている……ベアーのもつ『僧侶の勘』は良からぬ事態がレオナルド12世の身に生じていると囁いた。


『……大丈夫なのか……』


ベアーの不安感は頂点へと上り詰めていく……



298年 1月12日

『新年早々だが体調は悪い……神経障害が生じている……妻のケイトは私のことをどう思っているのだろう……』


同年   1月14日

『描いていた絵が多少なりとも形になった。震える手で書いた作品としては悪くないのではなかろうか……』


同年   1月16日

『食事が終わった後、それとなくケイトを観察した……執事と話し込んでいる……何やら不信感を感じる……』


同年   1月20日

『体調が悪い……ケイトの持ってきた薬を飲むと和らぐが……その後が酷い……喉の渇きがおさまらない……』



ベアーはレオナルド12世の状況が明らかに『マズイ』方向に傾いていると判断した。


『この薬……大丈夫なのか……』


ベアーがそう思って次のページをめくった時である、何も書かれていない白紙がその目に飛び込んできた。



『亡くなったんだ……』



僧侶の勘はベアーにそう告げた。


                                  *


ベアーが大きく息を吐いて精神を落ちつけようとした時である、壁に立てかけてあった絵が目に留まった。


『これ、レオナルド12世が書いた絵だな……本人と奥さん、それから息子だな』


3人の姿が描かれた写実画はたどたどしい線と輪郭からはみ出るようにして色彩されていた。


『神経障害でうまく手が動かなかったんだな……』


決してうまいとは言い難い絵であるが、必死に描いたレオナルド12世の執念のようなものが随所に垣間見られる……


『家族だんらんの絵だな、テーブルを囲んで……きっとこの絵はレオナルド12世にとって一番幸せだった時のことなんだろう……』


ベアーは亡くなった先妻と出奔した息子を描いた絵を見るとそんな思いが込み上げてきた。


『レオナルド12世にとって3人で過ごした時間は大切なものだったんだな』


 鉄拳制裁を厭わぬ人物であっても息子と先妻を思うその気持ちに偽りはない、ベアーは描かれた人物の表情を見てそうおもった。


『鉄仮面にそそのかされて、とんでもない人物を妻として迎え……そして最後は、非業の死を……』


薬物中毒による神経障害は尋常ではない、ベアーはレオナルド12世が殺害されたと確信した。


一方、絵画には気になる点もあった、それは息子の表情である


『……この目元……それに耳……』


ベアーは幼い息子の表情を見ると首をかしげた。


『どこかで見たような……』


 ベアーがそう思って絵に触れようとした時である、ガタンという音がして額縁が外れた。そして絵の裏側から羊皮紙とメモがはらりと落ちてきた。


『何だ、これ……』


ベアーはメモを拾い上げて読んでみた。


                                  *


≪私は近々のうちに殺されるだろう、すでに下半身には力が入らなくなっている、外に助けを求めることさえできない……


だが、このまま終わるつもりはない


奴らはこの部屋の事もこの羊皮紙の事も知らないはずだ。このメモを読んだ人間にすべてを託す。どうかこの羊皮紙を……


そして最後に、


息子よ、すまない≫



ベアーは震える字で書かれたメモを読むと大きく息を吐いた。


『……気の毒に……』


 死期を悟ったレオナルド12世は最後の望みをこのメモの中に残していた。ベアーは息子を思う父親の気持ちをくみ取ると舌唇をぐっと噛みしめた。そしてやおら羊皮紙に手を伸ばしその文言を確認した。



『……マジかよ……』



羊皮紙の内容を確認したベアーは言葉を詰まらせた。


驚天動地という言葉があるが羊皮紙に記された文言はベアーの心に激震を引き起こしていた。



秘密の部屋でレオナルド13世の日記を読んでいたベアーですが、彼の書いた絵から何やら不可思議なモノを偶然見つけます。


果たしてこの後、どうなるのでしょうか?

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