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第十八話

39

話はベアーを待つルナに移る――


ベアーが屋敷に入ってからすでに2時間――音さたは何もなかった。さらにはロバさえ戻ってきていない……


『どうしたんだろ……何かあったのかな……』


 ルナがそう思って裏門を見ていると妙に落ち着きのない表情を見せた初老の執事が現れた。キョロキョロと辺りを見回すと執事は神妙な面持ちを見せた。


『おかしい……あの執事……』


何かを探すようなしぐさを見せる執事の行動は腑に落ちない……


ルナは館の中で『何かあった』と判断した。


そんな時である、ザックがポツリと漏らした。


「……あの執事……困ってるね……中で何かあったんだね」


ザックがそう言うとルナが焦った表情を見せた。


「あんたね、ベアーが捕まってるのかもしれないのよ!」


ルナがつっけんどんに言うとザックが落ち着いた表情を見せた。


「捕まってたら、執事は表に出てきてあんな顔を見せないと思うよ」


ザックの思わぬ指摘にルナは『それもそうだ』と思いなおした。


「ねぇ、助けに行く?」


ザックがそう言うとルナがにべもない反応を見せた。


「あんたね、あの堅牢な塀で覆われた館にどうやって入るわけ、無理に決まってるでしょ!!」


ルナが至極当然なことを言うとザックが首を横に振った。


「貴族の館や、城には必ず秘密の入り口があるはずなんだ……外敵から襲われた時に脱出できるようにね、だからそこから行けると思うんだ。」


それに対してルナは平然と答えた。


「じゃあ、あんた、その秘密の入り口を知ってんの?」


言われたザックは情けない表情をみせた。


「そんなに簡単に秘密の入り口なんてわかるはずないでしょ……」


ルナが二の句を告げようとした時である――ルナの中で突然、一つの妙案が浮かんだ。



「そうよ、それよ……秘密の入り口よ!!!」



ルナは小躍りするとその場で手を叩いた。


「マクレーンよ、アイツならこの屋敷の事を熟知してるはず、きっと秘密の入り口も!!」


亡くなったレオナルド家の奥方との怪しげな関係のある庭師であれば秘密の入り口に関しても知識があるのではないかとルナはにらんだ。


『これに賭けてみよう!!』


そう思いついたルナは治安維持官の詰所に向けて走り出した。



40

一方、裏門付近にやって来た執事はベアーがいないか確認した。


『アイツはどこに行ったんだ……』


初老の執事は考え込んだ。


『鍵が外された形跡はない、外には出ていないな……だが館内にもいない……』


突然、姿を消したベアーの行方に執事はその表情を歪めた。すでに排気口や地下室、そして屋根裏部屋とベアーの隠れていそうな場所はくまなく探している。


『……クローゼットにもいなかった……』


館のすべてを把握していると自負していた執事であったが、どうやら自分の知らない空間があるらしい……


『だが、外に出ていなければ助けは求められない……外部に通じる地下道はすでに埋めてあるからな。それに治安維持官はこちらの味方だ、仮に逃げたとしても問題ない』


執事はそう思うと安心した表情を浮かべた。


『見取り図にはない空間がこの屋敷にあるのかもしれんな……奴はきっとそこにいるはずだ。』


初老の執事は不愉快そうな表情を見せたが、それと同時に非人間的な笑みを浮かべた。


『見つけた後は、どうやってばらすかな……』


人を殺めることに何の感慨もない執事の様子をみせると執事は再び館へと戻っていった。



41

ルナは全速力で治安維持官の詰所に向かうと広域捜査官の協力者であるブロンズ像をこれ見よがしに見せてマクレーンの接見にこぎつけた。


そして留置所にダダッと走るとマクレーンに状況を話し出した。


「ベアーが大変なの!!」


ルナは息せき切らせてそう言うと状況を理解したマクレーンが苦虫を潰したような表情を見せた。


「マズイな……」


マクレーンがそう言うとルナが口を開いた。


「あの館に入るための入り口を教えてほしいのよ!!」


ルナがそう言うとマクレーンが首を横に振った。


「外に通じる隠し通路はあるけど……無理だ、あそこはちょっとやそっとじゃわからない……」


隠し通路というだけあってその場所はわかりづらいらしい……


「僕をここから出してくれ、そうすれば入り口を教えてあげられる!!」


切迫した状況を肌で感じたマクレーンは保釈を条件に協力を申し出た。


ルナは即座に条件を飲むと手続きに移った。


                                 *


 だが、ここで別の問題が生じた。詰所の事務官がルナを身元引受人として信用に値しないと判断したのである。


『10歳の子供では無理です』と、


さらに、


『魔女には身元引受人としての資格がない』


と事務官は平然と言いのけた。


ダリスの法律ではルナが身元引受人としてマクレーンを保釈することは不可能だったのである。


「そんな……」


呆然とするルナを見た巻き毛の若い治安維持官(以前、マクレーンを連行してきた)はその顔をほころばせた。


「旅芸人と魔女じゃ、何にもできネェよ!!」


治安維持官が嘲笑するとルナが睨みつけた。


「あんた、マクレーンを連行する時、なぐってたわよね――あれは人権蹂躙よ。横暴な治安維持官として弁護士に告発してもらうんだから」


それに対して若い治安維持官は鼻で笑った。そこには『やってみろ!』という余裕がある。


その表情を見たルナはニヤリと嗤うと58歳の魔女の表情を見せた。


「私の知り合いの弁護士はね、元検察だからね。治安維持官の不正や横暴には厳しいわよ、あんたみたいな木端役人のバッジくらいは簡単に外せるんだから!!」


ルナがバイト先の老婆(ドリトスのチーズ工房経営)に触れると若い治安維持官はその表情を変えた、『元検察』という単語が引っかかったのである。


「………」


ルナは沈黙した治安維持官を細目で見るとさらに畳み掛けた。


「マクレーンはここの治安維持官がレオナルド家と関係があるって言ってたわ。その関係を洗えば何が出てくるんでしょうかね!」


ルナが『袖の下』をにおわすと若い治安維持官は急に声を荒げた。


「公務執行妨害、お前を逮捕する!!!」


意味不明の逮捕理由を述べると逆上した治安維持官がルナの腕をつかんで縄をかけようとした。



42

その時である、思わぬ人物が2人の前に現れた。


「今のやり取り、きかせてもらったわよ」


乾いた声で語りかけてきたのは旅装に身を包んだ美人である。ぴんと張った耳、しなやかな手足、異人種との混血の特徴が見事に現れている。


「誰だ、貴様!」


若い治安維持官が旅装の美人に食って掛かろうとするとその脇から禿げ上がった男が現れた。


「そんな小さな女の子の胸倉をつかむなんて治安維持官として恥ずかしくないのかね」


そう言った男の表情は硬い、そこには横暴を働く治安維持官に対する軽蔑心が浮かんでいる。


「ど素人がすっこんでろ、お前らをしょっ引くぞ!!」


若い治安維持官が声を荒げると旅装の美人が大きく息を吐いた。そして懐から広域捜査官の身分証を提示した。


「ど素人じゃないから、すっこめないのよ!」


身分証を見た治安維持官はその場でその目を点にした。


「その子を放してこの場からは慣れなさい、さもなければ――あなたを懲罰委員会にかけてそのバッジを外してもらうわよ!」


旅装の広域捜査官がそう言うと中年の亜人の治安維持官がその場に割って入った。


「スネイル、放すんだ!!」


上司にたしなめられたスネイルはやっとのことでルナの胸倉から手を放した。


                                    *


解放されたルナは旅装の広域捜査官を見ると泣きそうな声を上げた。


「スターリングさん、それにカルロスさん!!」


思わぬ人物の登場にルナは高揚した。


「ヤバいんです、いろいろヤバいんです!!」


ルナが顔を真っ赤にしてそう言うとスターリングが落ち着くように言った。


「何があったか話してくれる?」


言われたルナは失踪したジュリア、そしてジュリアを探しに行ったベアーがいなくなったことを猛然な勢いで述べた。


                                   *


 ルナの話を聞いたスターリングとカルロスは顔を見合わせた。その表情は凍りついた彫像のようである……


「どうかしたんですか?」


ルナが心配になって尋ねるとスターリングが厳しい表情を見せた。


「ルナちゃん、ベアー君が行ったレオナルド家なんだけど……かなりマズイ人間が館の主なのよ」


スターリングがそう言うとルナが『よくわからん』という表情を見せた。


それを見たカルロスが大きな息を吐いた。


「現在のレオナルド家の当主は少なくとも5人の人間を殺害した嫌疑がある。被害者の戸籍を乗っ取り、成りすましながら生活してきた化物かもしれないんだ……」


カルロスがそう言うとルナは言葉を失った。


「……嘘……マジで……」


ルナが茫然自失となるとカルロスが声をあげた。


「ベアー君がレオナルド家にいるのなら、乗り込みましょう、スターリングさん!!」


カルロスがそう言うとスターリング美しい顔を歪めた。


「……駄目よ……」


言われたカルロスはその目を点にした。


「相手はバカじゃない。中途半端にカマをかけてもシラを切るでしょう。そうすれば館の捜索なんてできないわ。むしろ不当な捜査だと騒ぎ立てるはずよ」


スターリングが広域捜査官らしい鋭い考察を見せるとカルロスが息巻いた。


「ベアー君が捕まってるんですよ、彼のおかげで僕たちだって命を拾われたんだ。ここで我々が動かなければ、何の意味があるんですか!」


カルロスが正論を述べるとスターリングは捜査官としての正論で返した。


「ベアー君が人質になっていることを確認できない現状では動けない。伯爵家に『弓を弾く』なら法的に担保された証拠を突きつけなくては無理よ。ベアー君はただでさえ不法侵入してるんだから……」


 今までの経緯を考慮したスターリングはレオナルド家の館主がしたたかで悪辣であることを認識していた。つまりベアーの不法侵入を逆手にとって自分たちの利益になるようにたち廻ると判断したのである。


「そんな……」


カルロスが情けない声をあげるとルナがそれに対して切り返した。


「秘密の入口があって、そこから館の中に潜り込めます……マクレーンがその入り口を知っています。」


ルナがそう言うとカルロスとスターリングがルナを見た。


「マクレーン、誰の事?」


尋ねられたルナはそれに答えた。


「旅芸人の男です。むかし庭師としてレオナルド家の館で働いていた人物です……」


ルナはそう言うと小声で続けた。


「レオナルド家の亡くなった奥方の『愛人』だと思います」


 言われた二人は打算的な眼を見せた。そこにはディープスロート(レオナルド家の重要情報をにぎった人物)としてマクレーンが機能するという思いが滲んでいる……


スターリングはしばし目を伏せて熟考するとその眼を見開いた。


「マクレーンを保釈するわよ――そして、作戦会議よ」


そう言ったスターリングの瞳には策士としての怪しげな輝きが灯っていた。




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